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【書籍化】ごめんあそばせ、殿方様!~100人のイケメンとのフラグはすべて折らせていただきます~  作者: 巻村 螢
第一章 ヒロイン転生したので、フラグ刈りを始めたいと思います。

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21・三者三様! 心理戦の行方は……

【テトラside】


「こんにちは、テトラ」


 友人と談笑していれば、突然見知らぬ令嬢が僕に声を掛けてきた。

 珍しい真っ赤な髪の可愛らしい人だった。胸の校章を見れば黄色で、僕より一つ年上だと分かった。

 そのエメラルドの瞳をまじまじと見つめれば、彼女はスカートを広げ綺麗な礼をとった。


「ごめんなさい、いきなり。……はじめまして、スフィア=レイランドですわ」

「あ、あぁ! レイランド侯爵家の!」


 レイランドといえば、つい最近もそこの令息とグリーズ王子が共に領地の狩り場に来ていた。

 なるほど。きっと彼女はその挨拶に来てくれたのだろう。


「失礼しました。改めまして、テトラ=バートです」


 きっちりと礼を返せば、彼女は花が綻ぶようなふわりとした笑みを浮かべた。


「よろしければ一曲お相手をお願いしてもよろしいですか?」

「え! そんな、年下の僕なんかで……」

「いつも父や兄がお世話になってるんですもの。こちらからお願いしたいくらいですわ」


 そう言って差し出された手は白く小さく、先輩だというのに僕はその愛らしさに既に心を奪われかけていた。

 彼女の手を取った時、ちょうど次の曲がホールに鳴り始めた。


「さあ、行きましょう! テトラ」


 手を引っ張って楽しそうにホールに進み出る彼女は、無邪気な笑みで僕を釘付けにする。

 曲に会わせて手を取り、足を動かせば、そこは彼女と僕だけの世界になった。


「お上手ですね、テトラ」

「スフィア先輩こそ、とても……その、キ、キレイ……です」


 背丈が同じくらいな為、密着すると真正面から顔を突き合せる事になる。

 僕は正面から彼女を見る事が出来ず、思わず俯いてしまった。自分でも顔に熱が集まっているのが分かる。

 曲はいつの間にか終わりがみえ始めていた。


「あ、の……もしよろしければ、今度僕の家に――」


 この一曲で彼女の手を離すのが惜しくて、つい僕は彼女を誘う言葉を口にした。が、その時、僕の言葉に被さって聞きたくもない声が僕の耳に飛び込んできた。


「失礼、レディ。次の一曲は是非私と踊って頂けませんか?」


 気取った物言いをする嫌な声――兄のルシアスだった。

 何が「私」だ。いつもはがさつな声で「俺」って言うくせに。


「ルシアス=バートと申します。コイ……この者の兄です。お名前を伺っても?」


 僕と彼女の手を離さんが為、兄は無理矢理彼女の手を取った。彼女は一瞬目を丸くしたようだったが、すぐにあの愛らしい笑みを兄にも向ける。


「はじめまして。スフィア=レイランドですわ。ルシアス先輩にも父や兄がいつもお世話になっております」

「ああ、なんだ! ジークハルト卿の妹君だったのですか。ならば是非、今後ともスフィア嬢含め仲良くしていきたいものです。いかがです? 親睦の意味も込めて、次の曲は是非私と」


 紳士の仮面を被った兄が腰を折り、彼女に手を差し出す。悔しいが四年生の兄は僕と違って背も高く、彼女の手を引く姿は僕よりも画になった。

 二人はそのまま再びホールへと足を向け、僕はまた友達との談笑に戻った。




       ◆




【ルシアスside】


 アイツのあの顔。実に悔しそうで見物みものだったな。

 テトラが歓迎パーティでどうしているか冷やかしついでに来てみれば、美しい赤髪の可愛らしい令嬢に手を引かれているではないか。

 弟と同じ位にまだ幼げな少女だったが、その幼さの残る顔でも十分に美しかった。

 ホールで真っ赤な髪が揺れる姿は、とても周囲の目を惹いた。

 小さい二人が踊る姿は実に微笑ましかったが、それは彼女の相手がテトラでなければの話だ。

 テトラのくせに、下級生でこんなイイ女を連れているのが我慢ならなかった。


「スフィア嬢。やはりダンスは、これくらいの身長差がある方が踊りやすいと思いませんか?」

「ええ、踊りやすいですわ。と言うより、ルシアス先輩のリードがとてもお上手で……」

「はは、嬉しい事を仰る。こんなに美しい令嬢にその様な事を言われては、のぼせ上がってステップを忘れてしまいそうですよ」

「ふふ、それは困りますわ。そんなに早く終わりたくはありませんもの」


 実にイイ女だ。

 まだ二年生だが、あと数年もすれば間違いなく男達が群がるようになるだろう。

 彼女の腰に置く手に力を入れ身体を一層引き寄せれば、視界の端でテトラが歯痒そうに顔を顰しかめていた。


「スフィア嬢、今度是非私の家にいらっしゃいませんか?」


 女を口説く時は、こうやってダンス中に口説くんだよ。

 ダンスが終わって誘いを掛けるなんて、バカのすることだ。テトラ(バカ)の。


「とても魅力的なお誘いですけど、殿方のお家に行くのはまだ父と兄が許しませんの」


 予想外の返事だった。流石に父兄を出されたらそれ以上無理に誘う事も出来ない。


「けれど学院で……放課後でしたら……。もう少し、ルシアス先輩とお話出来たらと……思います」


 彼女の頬が僅かに上気していた。

 勝った!

 テトラは彼女にこの言葉をもらってはいないだろう。


「勿論ですとも、スフィア嬢。光栄です。私も貴女との親交を深めたいと思っていたところです」


 そしてその輝くような美貌の花を咲かせる時、彼女は俺の妻となる。間違いなく彼女は、その髪色の如く皆の目を惹く妻になるだろう。

 今から唾付けとくのも当然だ。

 家柄、容姿、そしてこの清純な従順さ。テトラには勿体ない。俺にこそ相応しい女だ。


「では後日、改めて貴女をお誘い致します。待っていて下さい、レディ・スフィア」


 曲の終わりと共に耳元で囁けば、彼女は恥ずかしくて顔が上げられないのか、俯いたまま小さく頷き、足早にホールから去ってしまった。

 そしてずっと歯噛みしていただろうテトラの様子を確かめれば、案の定ヤツは嫉妬の目で俺を見ていた。

 ざまあみろ。お子ちゃまには、そこらの嬢がお似合いなんだよ。

 俺よりイイ女を連れることは、弟であるお前には許されないんだからな。




       ◆




【スフィアside】


 とても最後は顔が上げられなかった。

 失礼とは分かってはいても、礼もそこそこに逃げるようにホールから去ってしまった。


「だって、あまりにも可笑しくて――」


 気が緩んだのか、思わず口から笑いが漏れてしまう。

 ダンスの時は両手を封じられていたから、ニヤつく口元を隠すのも一苦労だった。


「実にこの顔は使いようがあるわね」


 流石、百人の男達を虜にする予定のヒロインだ。


「この顔はこの世界ではほとんど無敵なのよね」


 本当、全くもってありがたくない話なのだが。

 元はと言えば、半分以上はこの顔のせいで男達が寄ってくるのだから。正直迷惑でしかない。


「あーあ、この顔がアルティナお姉様にも通用したら良いのに……」


 しかし愚痴っていても始まらない。与えられてしまったものは仕方ない。最大限に利用するとしよう。


「百人の男達は、私をスフィアとして転生させたどこそこの神を恨んでちょうだい」


 さて、明日から髪を丁寧に結い上げる為に早起きしなくては。


「さあ……しっかりとこの顔に惚れなさい」




       ◆




「今、すっごい悪い顔してたよな」

「僕は何も見てないよ」

「……俺も、やっぱ何も見てないわ」


 歓迎パーティは、恋の芽を二つ芽生えさせて終曲した。



お読みいただき、ありがとうございました。


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