21・三者三様! 心理戦の行方は……
【テトラside】
「こんにちは、テトラ」
友人と談笑していれば、突然見知らぬ令嬢が僕に声を掛けてきた。
珍しい真っ赤な髪の可愛らしい人だった。胸の校章を見れば黄色で、僕より一つ年上だと分かった。
そのエメラルドの瞳をまじまじと見つめれば、彼女はスカートを広げ綺麗な礼をとった。
「ごめんなさい、いきなり。……はじめまして、スフィア=レイランドですわ」
「あ、あぁ! レイランド侯爵家の!」
レイランドといえば、つい最近もそこの令息とグリーズ王子が共に領地の狩り場に来ていた。
なるほど。きっと彼女はその挨拶に来てくれたのだろう。
「失礼しました。改めまして、テトラ=バートです」
きっちりと礼を返せば、彼女は花が綻ぶようなふわりとした笑みを浮かべた。
「よろしければ一曲お相手をお願いしてもよろしいですか?」
「え! そんな、年下の僕なんかで……」
「いつも父や兄がお世話になってるんですもの。こちらからお願いしたいくらいですわ」
そう言って差し出された手は白く小さく、先輩だというのに僕はその愛らしさに既に心を奪われかけていた。
彼女の手を取った時、ちょうど次の曲がホールに鳴り始めた。
「さあ、行きましょう! テトラ」
手を引っ張って楽しそうにホールに進み出る彼女は、無邪気な笑みで僕を釘付けにする。
曲に会わせて手を取り、足を動かせば、そこは彼女と僕だけの世界になった。
「お上手ですね、テトラ」
「スフィア先輩こそ、とても……その、キ、キレイ……です」
背丈が同じくらいな為、密着すると真正面から顔を突き合せる事になる。
僕は正面から彼女を見る事が出来ず、思わず俯いてしまった。自分でも顔に熱が集まっているのが分かる。
曲はいつの間にか終わりがみえ始めていた。
「あ、の……もしよろしければ、今度僕の家に――」
この一曲で彼女の手を離すのが惜しくて、つい僕は彼女を誘う言葉を口にした。が、その時、僕の言葉に被さって聞きたくもない声が僕の耳に飛び込んできた。
「失礼、レディ。次の一曲は是非私と踊って頂けませんか?」
気取った物言いをする嫌な声――兄のルシアスだった。
何が「私」だ。いつもはがさつな声で「俺」って言うくせに。
「ルシアス=バートと申します。コイ……この者の兄です。お名前を伺っても?」
僕と彼女の手を離さんが為、兄は無理矢理彼女の手を取った。彼女は一瞬目を丸くしたようだったが、すぐにあの愛らしい笑みを兄にも向ける。
「はじめまして。スフィア=レイランドですわ。ルシアス先輩にも父や兄がいつもお世話になっております」
「ああ、なんだ! ジークハルト卿の妹君だったのですか。ならば是非、今後ともスフィア嬢含め仲良くしていきたいものです。いかがです? 親睦の意味も込めて、次の曲は是非私と」
紳士の仮面を被った兄が腰を折り、彼女に手を差し出す。悔しいが四年生の兄は僕と違って背も高く、彼女の手を引く姿は僕よりも画になった。
二人はそのまま再びホールへと足を向け、僕はまた友達との談笑に戻った。
◆
【ルシアスside】
アイツのあの顔。実に悔しそうで見物だったな。
テトラが歓迎パーティでどうしているか冷やかしついでに来てみれば、美しい赤髪の可愛らしい令嬢に手を引かれているではないか。
弟と同じ位にまだ幼げな少女だったが、その幼さの残る顔でも十分に美しかった。
ホールで真っ赤な髪が揺れる姿は、とても周囲の目を惹いた。
小さい二人が踊る姿は実に微笑ましかったが、それは彼女の相手がテトラでなければの話だ。
テトラのくせに、下級生でこんなイイ女を連れているのが我慢ならなかった。
「スフィア嬢。やはりダンスは、これくらいの身長差がある方が踊りやすいと思いませんか?」
「ええ、踊りやすいですわ。と言うより、ルシアス先輩のリードがとてもお上手で……」
「はは、嬉しい事を仰る。こんなに美しい令嬢にその様な事を言われては、のぼせ上がってステップを忘れてしまいそうですよ」
「ふふ、それは困りますわ。そんなに早く終わりたくはありませんもの」
実にイイ女だ。
まだ二年生だが、あと数年もすれば間違いなく男達が群がるようになるだろう。
彼女の腰に置く手に力を入れ身体を一層引き寄せれば、視界の端でテトラが歯痒そうに顔を顰しかめていた。
「スフィア嬢、今度是非私の家にいらっしゃいませんか?」
女を口説く時は、こうやってダンス中に口説くんだよ。
ダンスが終わって誘いを掛けるなんて、バカのすることだ。テトラの。
「とても魅力的なお誘いですけど、殿方のお家に行くのはまだ父と兄が許しませんの」
予想外の返事だった。流石に父兄を出されたらそれ以上無理に誘う事も出来ない。
「けれど学院で……放課後でしたら……。もう少し、ルシアス先輩とお話出来たらと……思います」
彼女の頬が僅かに上気していた。
勝った!
テトラは彼女にこの言葉をもらってはいないだろう。
「勿論ですとも、スフィア嬢。光栄です。私も貴女との親交を深めたいと思っていたところです」
そしてその輝くような美貌の花を咲かせる時、彼女は俺の妻となる。間違いなく彼女は、その髪色の如く皆の目を惹く妻になるだろう。
今から唾付けとくのも当然だ。
家柄、容姿、そしてこの清純な従順さ。テトラには勿体ない。俺にこそ相応しい女だ。
「では後日、改めて貴女をお誘い致します。待っていて下さい、レディ・スフィア」
曲の終わりと共に耳元で囁けば、彼女は恥ずかしくて顔が上げられないのか、俯いたまま小さく頷き、足早にホールから去ってしまった。
そしてずっと歯噛みしていただろうテトラの様子を確かめれば、案の定ヤツは嫉妬の目で俺を見ていた。
ざまあみろ。お子ちゃまには、そこらの嬢がお似合いなんだよ。
俺よりイイ女を連れることは、弟であるお前には許されないんだからな。
◆
【スフィアside】
とても最後は顔が上げられなかった。
失礼とは分かってはいても、礼もそこそこに逃げるようにホールから去ってしまった。
「だって、あまりにも可笑しくて――」
気が緩んだのか、思わず口から笑いが漏れてしまう。
ダンスの時は両手を封じられていたから、ニヤつく口元を隠すのも一苦労だった。
「実にこの顔は使いようがあるわね」
流石、百人の男達を虜にする予定のヒロインだ。
「この顔はこの世界ではほとんど無敵なのよね」
本当、全くもってありがたくない話なのだが。
元はと言えば、半分以上はこの顔のせいで男達が寄ってくるのだから。正直迷惑でしかない。
「あーあ、この顔がアルティナお姉様にも通用したら良いのに……」
しかし愚痴っていても始まらない。与えられてしまったものは仕方ない。最大限に利用するとしよう。
「百人の男達は、私をスフィアとして転生させたどこそこの神を恨んでちょうだい」
さて、明日から髪を丁寧に結い上げる為に早起きしなくては。
「さあ……しっかりとこの顔に惚れなさい」
◆
「今、すっごい悪い顔してたよな」
「僕は何も見てないよ」
「……俺も、やっぱ何も見てないわ」
歓迎パーティは、恋の芽を二つ芽生えさせて終曲した。
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