19 それぞれの選択
冬休みが明けた。
だが、学院の雰囲気は、依然としてスフィアには厳しいものだった。いや、正確に言うと事態は悪化している。
スフィアは呼び出された校舎裏で、無表情に相手の女子生徒達を見つめる。
「今までは、アルティナ嬢と仲がよろしいから大目に見ていたけど……どうやら、アルティナ嬢はもうあなたとは関わりたくないご様子」
どうやら彼女達は三年生のようだった。
大方、尾ひれのついた新年会の話でも聞いたのだろう。チラホラと新年会でアルティナを連れ去った令嬢の顔も見える。
「それはお姉様が自ら言われたのですか? 私とはもう関わりたくないと」
「まあっ、図々しい! 彼女がそんな品のない物言いをするはずないじゃない。そういうところを察せない時点で、アルティナ嬢の傍にいるのも、令嬢としても失格なのよ!」
「つまり先輩方が、私がアルティナお姉様に近寄るのを気に食わないということでしょうか」
直接的な言い方をすれば相手は多少の怯みを見せたが、しかし相手は多勢。先頭でスフィアを咎めている女子生徒はすぐに気を取り直し、キッとスフィアを睨み付ける。
「――っそうよ! いつも彼女の周りをチョロチョロとしていて目障りだったのよ。所構わず彼女に抱きついたり、名前を呼んだり、恥じらいもなく好きだ好きだと……奥ゆかしさの欠片もない」
「あなたみたいな人がいると、それだけで貴族の品位が落ちますの」
「アルティナ様は口にはされないけれど、私達と同じ思いに決まってますわ!」
隠す必要がなくなったのか、ここぞとばかしに言いたいことをのたまう女子生徒達。
「どうせ新年会では、周囲の同情を買うためにわざと階段から落ちたのでしょう?」
「そんなことはありません」
だって、そこの、後ろでほくそ笑んでいる彼女に突き落とされたのだから。
しかし、彼女達は聞く耳を持たないのだろう。間髪容れずスフィアを鼻で笑った。
「実際、グレイ殿下が駆けつけてきたと言うじゃない。どうせそこも織り込み済みだったのでしょう? ハッ、浅ましいこと」
これは何を言っても無駄だ。
――まあ、彼女達になんと思われようが、どうだって良いんだけど……。
しかし、こうしてアルティナへの壁が強固になっていくのは本意ではない。
ただでさえ、溝ができはじめているのだ。このままの関係でいるのは得策ではない。
――何より、そんなの私が耐えられないわ。
スフィアは、手っ取り早く場の収束をはかることにした。
「私の今までの行動が先輩方に不快な思いをさせていたのなら、申し訳ございませんでした。今後は気をつけます」
謝意のない謝罪を述べ、スフィアが頭を下げれば、多少なりとも彼女達の怒りも引いたらしい。
「分かればいいのよ」などと、引き上げ時お決まりの台詞を口にして去って行った。
「……はぁ」
スフィアは、白い空に溜息を吐いた。吐息は白くなり、そのまま空の白さに滲んでいく。
「このままお姉様は卒業してしまうのかしら……」
学院では彼女達のガードがかたくて、アルティナに近づけないままでいる。
しかし、今の自分には彼女の家を訪ねていく勇気さえない。
「このまま関わらないほうが彼女にはいいのかも……そうすれば、悪役令嬢になりようがないんだもの」
自分が我慢すればいいだけだ。
◆
アルティナが一階へ下りていくと、廊下の隅でエノリアが手紙を読んでいた。
「あら、手紙? そんな隠れて読むだなんて、恋人からかしら?」
揶揄って言えば、彼は照れたように苦笑しながら手紙を折りたたんだ。
「違いますよ。ちょっと手紙のやりとりをしている人からで」
「あら、じゃあ良い感じの人ってところかしら。あなたも隅に置けないわね、エノリア」
「もう、揶揄わないでくださいよ、お嬢様」
「こんなところで、そんな嬉しそうに手紙を読んでいるあなたが悪いのよ」
楽しそうに笑いながら去って行くアルティナ。その背に、エノリアが躊躇いがちに声をかけた。
「お嬢様、新年会では……騒ぎがあったようで」
ピタリとアルティナの足が止まる。
「申し訳ございません、お側にいることができず」
「別に……あなたのせいではないわ。それに、騒ぎってほどでもないし」
そう。一人の令嬢が誤って階段から落ちかけただけ。怪我もなかったし、その後は何事もなくダンスが行われ、終わる頃には誰もスフィアの名前を出さなくなっていた。
「ただ……」
「ただ? 何か思うことでもありましたか、お嬢様」
「…………いえ」
何でもないわ、とアルティナは頭を振って、頭に響く友人達の声をかき消す。
「お嬢様、火のない所に煙は立たないと言います」
「――ッエノリア」
せっかく消したばかりの雑音が蘇り、アルティナの顔は苦痛に歪む。彼がどこの火事を指しているのか、聞かずとも明白だろう。
「信じすぎるのも、ご自分の首を絞めるだけですよ。あなたを心配しているのは何もひとりだけではありません。公平な目で見るべきですよ」
「……っ」
「差し出がましいこと、申し訳ございませんでした」
革靴の踵が床を蹴るコツコツとした足音が、次第に遠ざかっていく。
「逃げることは許されない……のね」




