20・ターゲット・ロックオン!
スフィアの胸に輝く校章も青から黄に変わった。
ただ二年生になっても彼女の隣に居るのは、相変わらずの顔――ガルツとブリックだった。
「ねえ、バート兄弟に出会える機会が欲しいんですけど。どうしたら良いと思います?」
唐突に振られたその話題に、ガルツとブリックは瞼を重くしてスフィアを見た。
「また、お前……良からぬ事考えてんだろ」
「次から次へと……スフィアは一体何がしたいんだよ」
二人は未だ見ぬ次なる犠牲者に哀悼の意を込め、窓の外に広がる清々しい青空に溜め息を流した。
「何かしたいわけじゃなくて、何もさせない為に行動してるんですよ」
「そいつ等が何をするってんだよ?」
「それは、秘密です」
人差し指で口にバツを作り蓋をすれば、ガルツもブリックも下手な詮索は身の為にならないと判断したのか、「あっそ」とそれ以上の興味を示す事はなかった。
――彼等が何をするかですって?
彼等は私に恋をする。
何ともキャッチーな台詞だが、全く以てキャッチしたくない。
自分の目標はアルティナであって、それ以外から寄せられる好意は邪魔にしかならない。
「ルシアス=バート――ねぇ」
ブリックの机に腰を下ろしていたガルツが、ポツリと溢した。
「バート侯爵家っていやぁ、あそこの兄弟仲はちょっと変わってるで有名だよな」
「ええ、ガルツの手紙にもそう書いてましたね。『兄弟仲はあまり良くない』って」
冬休みの宿題でガルツから返ってきた手紙にも、バート兄弟の仲の悪さについては触れてあった。
「へえ。でもそれって、歳の近い兄弟が居る家では当たり前なんじゃないの?」
ブリックが「それのどこが変わってるのか」と、首を傾げる。
「あそこはな普通の仲が悪いって感じじゃねぇんだよな。何にでも『張り合う』って感じだな。しかもその意地が並大抵じゃなくてよ……。狩りでも、自分の方が大物を狩れるまで、朝から晩まで張り合うって聞くしよ。ちょっと対抗心が異常だぜ」
片手をひらひらさせ、ガルツが理解できないとでもいう様に苦笑する。話を聞いたブリックも、呆れた様な表情になる。
「狩りで丸一日ってすごいね……引き分けとかじゃ駄目なのかな」
「まあ、駄目だから異常に仲が悪いんでしょうね」
思わず三人の溜め息も重なる。
「で、そんなバート兄弟に近付きたいと?」
ガルツが片眉を上げてスフィアに問いかければ、スフィアは小さく頷く。
「それなら今度の『歓迎パーティ』にお前も出れば?」
「歓迎パーティ?」
「ああ、昨年スフィアは出てなかったもんね。新入生歓迎を目的にはしてるけど、実際は小さな社交界って感じだよ。今年は来月一日の放課後にあるよ」
そういえば昨年は突然朝に、ジークハルトから「今日は授業が終わったら、すぐに帰ってくる事!」と言われ、訳も分からず了承した覚えがある。
結局言われた通りに帰ったものの、彼と一緒にお茶とチェスをしたくらいで、特に用事もなく頭を捻った覚えがある。理由を聞いてもジークハルトは笑うばかりで、最後まではぐらされた。
成程、このパーティに出席させたくなかったわけだ。
――一年越しで伝わるシスコンの狂気的過保護が重いわ。
「殆どの新入生は出るだろうし、弟のテトラが出るなら兄のルシアスも出るだろうよ」
確かに、この機会を使わない手はないだろう。
「そうですね。今年は私も出ようと思います」
そこで一つの疑問が浮かぶ。
「小さな社交界って言うくらいなんで、もちろんダンスもあるんですよね?」
「あー、あるねー」
二人は暇なのか、じゃんけんをしながらスフィアの問い掛けに気のない相槌を打つ。
「ガルツとブリックは昨年どなたと踊られたんです?」
二人のじゃんけんが止まった。
――あ、あいこだ。
「どちらの令嬢と――」
「別に……無理に踊る必要はないからな」
「元々ダンスとか嫌いだし」
「あっ……」
全てを察したスフィアは口を閉ざした。
◆
さて、待ちに待った歓迎パーティの日。
ジークハルトの言葉は無視してきた。
昨年貴上院を卒業してから、ジークハルトは父のローレイと一緒に領地の視察等、侯爵家としての仕事を手伝っている。おかげで以前よりスフィアに構う事ができなくなり、今朝も「絶対今日は! 直帰するんだぞ!?」と叫びながら、ローレイに引きずられ仕事に出て行った。
――黙っていたら良い男なのに。
シスコンをこじらせた兄が不憫で、スフィアは一人気の重い溜め息を吐いた。
「おい、そんなしけた面してんじゃねぇよ」
壁を背に立っていれば、隣に居たガルツに肘で軽く突かれる。
「ほら、あそこの端で友達と喋ってる青い髪の奴がテトラだ」
ガルツに促され視線を上げれば、目の前のホールでは様々な学年の男女が楽しそうにダンスを嗜んでいた。
その奥に目を向ければ、自身と変わらない位の背丈の少年が友達と談笑していた。
「そして、あっちのが兄のルシアスね」
ガルツとは反対側に居たブリックが、スフィアの袖を引っ張ってルシアスの場所を教える。
指で示された方を見れば、テトラより少し深い紺色の髪をした少年が居た。確かに、面立ちが良く似ている。ルシアスの胸には白い校章が飾ってあり、彼が四年生だという事を示していた。
「ねえ、ガルツ。私がテトラに話し掛けたらルシアスは気付きますか?」
腕を組んで、面白くなさそうにホールを見ていたガルツにそう聞く。
するとガルツはスフィアを一瞥して、鼻を鳴らした。
「そりゃ、そんな赤毛がうろちょろしてたら嫌でも目立つだろうよ」
それを聞くとスフィアは口端をにんまりと上げる。
「ふふ、じゃあこの綺麗な赤髪に感謝しないとですね!」
彼女はとても楽しそうに、一人、ホールへと踏み出して行った。
その後ろ姿を、ガルツとブリックは口を揃えて「あーあ」と、気の毒そうな声を上げて見送った。
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