15 あなたの妹です
彼女も案外すんなりと見つけることができた。
二階への階段の麓。男女問わず若い者達の人だかりの中心にいる、大きく広がった金色のウェーブ髪がゴージャスな後ろ姿。
いつもであれば、すぐにでも声を掛けに行くのだが、今日は少しだけ時間を置く。
しばらく彼女の後ろ姿を眺めていると、次第にパラパラと人が減り、彼女の全身が見えるようになった。
彼女が大好きな深紅色のドレス。形は毎回違うのだが、深紅であるという部分は変わらない。当然今日も深紅色のドレスであり、形は見ることが多いプリンセスラインではなく、彼女にしては珍しいマーメイドライン。
――ああ、やっぱり何を着てもお姉様は立派に着こなされるのね。
立っているだけで品がこちらまで漂ってくる。堂々と、気高く、汚れなく真っ直ぐに。それは、まるで野畑にひとつ咲いた大輪の薔薇。
スフィアは香りに引き寄せられる蝶のように、ふらりとアルティナへと近付いた。
「ごきげんよう、お姉様」
いつもより少し控えめに声を掛ければ、アルティナがゆるりと振り向く。そうしてスフィアを視界に捉えれば、彼女の猫のような目が僅かに見開いた。
「ス、スフィア……」
スフィアはドレスの裾を持ち上げ、綺麗なカーテシーをきめる。
「アルティナお姉様、あけましておめでとうございます」
「……そうね、あけましておめでとう」
二人の間にぎこちない空気が流れる。
そんな中、先に声を発したのはスフィアだった。
「なんだか、こうしてお姉様とお話しするのは久しぶりに感じます」
「そうね。学院では……めっきり会わなくなってしまったものね」
言葉の間に挟まった間は彼女の優しさだった。会わなくなった、とスフィアに責任を被せない言い方に、スフィアは内心でほっと息を吐く。
――やっぱりお姉様は、根っから悪役令嬢なんかじゃないのよ。こんなに優しい気遣いをしてくれる素敵な人なんだから。
「はは、困っちゃいました。色々と勘違いされてしまっているようで……」
眉を下げて頬を掻きながら苦笑するスフィアに、アルティナも同じく眉を下げて「そうなのね」と小さく首を傾けた。
「あなたったら本当、いつでもどこでも騒ぎを起こすんだから。それより……そのドレスは……」
アルティナはスフィアの全身を眺めると、いつもと違う部分――ドレスの色に言及する。いつも青いドレスばかりだったスフィアが、初めて選んだ深紅のドレス。たちまち、スフィアの表情が「気付いてくださったんですね!」と晴れやかになる。
「お、お姉様と一緒の色を着たくて、そのっ、隣に並んだ時にこれなら少しは妹っぽくみえるかな~なんて……」
改めて口に出して言うと照れくさいものがある。
へへっ、とはにかみながら、スフィアは気恥ずかしさに視線を足元でうろうろさせていた。
「そうなのね。似合っているんじゃなくて」
聞こえたアルティナの声に、スフィアの顔もパッと上がる。
「あ、ありがとうございます、お姉様!」
似合っていると言われ、スフィアは頬が勝手に緩むのを両手で押さえて隠した。
――やったぁ! もうこれで今日一日何があろうと幸せだわ。だって、お姉様に褒められたんだもの!
「それにしても、お姉様はいつも人気者ですね。さっきだってたくさんの方々に囲まれて、しばらく近づけなかったんですから」
「そうねえ、確かに今までで一番多いかしら」
「お姉様ももうすぐで社交界入りですもんね……っていうことは、あと数ヶ月で……ご卒業なんですよね……」
せっかく上がったテンションが、自分が口にした『卒業』という言葉で下がっていく。
「……ねぇ――」
「あっ、そういえば――」
アルティナが口を開こうとしたとき、タイミング悪くスフィアの言葉が被さってしまった。お互い顔を見合わせ苦笑する。
「すみません、お姉様」
「スフィアから話してちょうだい。私のは大したことないから」
それでは、とスフィアは口を開く。
「以前、お姉様が良い感じだと言ってらしたフェイツ……様でしたか? その方との進展はどうなんですか」
「っそ、それは……」
アルティナはビクッと肩を揺らし、視線をあちらこちらへと彷徨わせる。もしかして聞いてはまずかっただろうかと後悔するも後の祭り。
「彼とはご縁がなかったみたいでね……」
――やってしまったあああああ!
アルティナに悲しい顔をさせてしまったのだ。
しかも彼女の様子からするに、振った側というわけではなさそう。
――お姉様に辛い過去を思い出させてしまったわ! えっと、何か……何か、話題を明るい方へ!!
「あっ! では、新たに誰か気になっている殿方がいらっしゃるとか!」
瞬く間にアルティナの顔が色づく。好き。
「お姉様ったら、分かりやすすぎますよ。で、どちらの殿方なんです? 今日は来られてます? あ、もしかして先ほど挨拶をしていた方々の中に!」
「なっ、なんでそんなに知りたがるのよ!」
顔を赤くして焦るアルティナの可愛いこと可愛いこと。こちらが当方自慢の推しです。
「お姉様が好きだから、お姉様の全てが知りたいんですよ~」
という理由もあるが、本当は彼女の好きな人という地雷を踏まないようにするための防衛策である。
「お姉様が好きな方と添い遂げられるように、全力でサポートしていく所存でございます」
「どこの立場にいるのよ、あなた……」
「ファンです」
「…………」
アルティナは『引くわ』とばかりに目の下を引きつらせていたが、その表情すらも久しぶりでご褒美でしかない。まあ、彼女の表情ならば、すべからくご褒美なのだが。
あまりにも真っ直ぐなスフィアの視線を受ければ、アルティナも溜息を吐いて折れるほかなかった。
「あちらの」とアルティナが目線で示す。その先には、ボトルグリーンの上着がよく似合う金縁眼鏡の男性がいた。他の貴族と話しており、会話こそ聞こえはしないが、表情や仕草を見るに、物腰の柔らかさと知的さうかがえる。
「今、専属で私のダンス講師をしてくださっている、シネル先生よ」
「なるほど……ダンスの練習で差し出される手が優しく、しかし意外にも腰に添えられた手は力強くそこに男らしさを感じつつ、眼鏡の奥から微笑みかけられる柔らかな眼差しに大人の色気を感じてしまいときめいてしまったんですね」
「どうして今のでそこまで読み取れるのよ……」
しかも間違ってないのが怖いのよ、とアルティナはまた口端をひくつかせていた。
――『シネル』って名前は攻略キャラ辞典にもないし……顔も見覚えはないわね。
ということは、ひとまずは安全人物である。
すると、シネルがこちらの視線に気付いたようで、顔を横向けると、こちらに軽く手を上げて挨拶をしてきた。
隣を見れば、アルティナはやはり顔を今日イチで真っ赤にして、「きゃー」と小さな悲鳴を上げて手を振り返していた。
スフィアはというと、なるべく二人の世界を邪魔しないよう、小さなカーテシーのみを返す。
「さて、それじゃあそろそろダンスの時間かしら」
「お姉様は踊られるので?」
「私はいいわ。今回は上から見てるだけにするつもりよ」
「だったら私も一緒に――」と、そこまで言った時、見覚えのある令嬢達が、アルティナを素早くスフィアから引き離した。
それは、学院でよくアルティナの傍にいた学友達。
戸惑いを見せるスフィアとアルティナをよそに、彼女達はアルティナを隠すように囲む。
「さぁさ、アルティナ嬢、わたくし達と行きましょう」
「実は上でも、見えにくい場所と見やすい場所があるんですのよ。ご案内しますわ」
「え……」と困惑の声を漏らすアルティナの意思など置いて、囲んだ令嬢達は彼女を二階へと引っ張っていく。
「アルティナ様、付き合う方は選ばないといけませんよ」
あっという間に引き離される二人。
――なんか…………嫌……。
「――っお姉様……!」
思わずスフィアも一緒に階段を駆け上がったのだが――。
「しつこいわよ!」
「――――え」
ドンッという衝撃のあと、スフィアの身体は宙に浮いていた。




