13 お姉様の思いが知りたいの
「はぁ……まさか学院に行くよりも、冬休みを待ち遠しく思う日が来るなんて」
昨日で学院は一旦終わり、今日から三週間ほどの冬休みだった。
昨日までなら、今頃は支度をして学院へ向かう馬車の中の時間。スフィアはまだ、夜着姿のままでごろんとベッドに寝転がっていた。本来ならば、朝をゆるりと楽しめる時間だというのに、スフィアの口から漏れるのは溜息ばかり。
せっかくアルティナと同じ学院に通えるようになったというのに、そのアルティナと離れられて少しホッとしている自分が嫌だった。
「お姉様は悪くないのに……」
スフィアは顔を覆った腕の下で唇を噛んだ。
夏休み明けから始まった、元カノ持ちの男子生徒からの連続告白。
やはり、それがきっかけだったように思う。
もしかしたら潜在的に以前から自分を良く思っていない者達はいたのかもしれない。しかし、それを表だって出す者は少なかったように感じる。しかし、ひとりでは無理でも、集団になればどうか。
『彼氏が強引に別れを切り出し一年の赤髪に告白している』という境遇を持つ者が他にもいれば、同士と思うだろう。みんなで渡れば怖くないという心理と同じだ。
おかげで、日に日に学院でのスフィアに対する女子生徒からの視線は厳しくなり、男子生徒からも下卑た好奇の目で見られるようになった。
しかし、それだけならばスフィアは余裕で耐えられた。外野の声など、スフィアにとっては雨音を聞くのと同じ程度だ。
「……お姉様……っ」
そんな状況の中でも、確かに自分を信じてくれていたアルティナ。
だが、それもアルハバルの一件で分からなくなってしまった。
アルハバルを褒め殺したあの日を、学院の生徒に見られていたらしい。別にやましいことも、やらしいこともしていないのだが、状況が悪かった。ただでさえ男遊びをしていると言われている中で、男の教師と二人きりというのは確かに誤解をうむ状況である。
もし、直接何か言われたのなら説明もできたが、陰口や噂は一方的な思い込みで広がっていくもの。理由や事情など関係なしに、スフィアが男と二人きりでいた――それだけでもう充分に罪なのだ。
おかげで、男子生徒では飽き足らず、今度は男性教師にまで食指を伸ばし始めたのね、と言われる羽目になった。
より厳しくなった周囲の視線。
そしてとうとう、アルティナがスフィアに声を掛けることもなくなった。
正確に言うと、彼女は自分を見ると何か言いたそうにするのだが、彼女の周囲にいる学友が自分がいることに気付くと、有無を言わさぬ早さでアルティナの手を引いて行ってしまうのだ。
チラチラとこちらを気にしたようにアルティナは振り返るのだが、学友達はそれすらも許せないようで、視線を阻むようにアルティナからスフィアを隠した。去って行く時に聞こえた、誰かの「関わらないほうがよろしいですよ」という言葉。それにアルティナがどんな反応を返したのかは見えなかった。
「お姉様、何を思ってらっしゃるの……」
次にアルティナに会えるのは、冬休み明けだろうか。
この冬休みで、生徒達の自分への興味が少しでも薄れてくれればと願う。
「あ、いえ……それよりも前に会う機会があったわね」
冬休みの最中、新年を迎えてすぐに王宮で催される『新年会』があった。
様々な貴族達が来るし、いつもはアルティナの周りにべったりとくっついている学友達も、その日は自分の社交で忙しいかもしれない。
「お姉様とゆっくり話せる時間があるかもしれないわ」
久しぶりにアルティナと言葉を交わせると思ったら、沈んだ気分も少しは浮上する。
「そうと決まれば、どのドレスを着ていくか決めないとだわ。久しぶりにお姉様の前に立つんだもの、可愛い妹って思ってもらえるように気合い入れて選ばなきゃ!」
たくさん話したいことがある。
色々説明したいことがある。
彼女は『やっぱり、そんな事だと思ったわよ』と苦笑してくれるだろうか。
「……お姉様」
彼女さえ分かってくれていたら何も怖くない。
◆
生徒達は大方下校してしまい、校舎内は寂しさを感じるほどに静かだった。
「やっと明日から冬休みですね」
「あら、カドーレ。どこかホッとした様子ね」
空き教室で、リシュリーとカドーレは向かい合っていた。
ただ、二人の間に横たわる距離は、向かい合うと言うには少々遠すぎる。教室の入り口を背にカドーレが立ち、リシュリーは反対側にある窓辺に背をもたれさせて立っていた。普通の音量で喋っても聞き取れない距離だが、二人はまるで一歩分の距離しか空いてないかのように、通常と変わらぬ大きさで言葉を交わしていた。
窓から射し込む夕日でカドーレの顔は照らし出されているが、窓を背にしたリシュリーの顔は影が落ちて表情が曖昧になる。
「……リシュリー、まだやるつもりですか」
「あら、やってるのはあたしじゃなくて、カドーレ、あんたじゃないの」
「……っ」
カドーレは奥歯を噛み、リシュリーの視線から逃れるようにふいと顔を背けた。
「僕は……好きな人が悲しむ顔を見たいとは思いません」
「カドーレはね。あたしは違うの。全部見たいの。全部欲しいの」
その感覚だけは、どうしても分かり合えない。
「それに、今更やめたところでもう手遅れなのよ、カドーレ」
コツ、コツ、と足音が近付いてくる。
足音が止まると顎を掴まれ、背けていた顔を無理矢理正面へと――彼女を見るように向けられた。
開いた細い目の間から向けられる瞳は笑っている。
「ここでやめたところで、あんたがやって来たことが許されるわけじゃないのよ」
「――っ分かってますよ!」
「ふふ、そんな怒らないでよ。あたしは助かったんだから……あんたが彼女持ちを狙って良いように吹き込んでくれて。それにしても男って単純ねえ? 見ず知らずの生徒が『スフィアが気になっているらしい』って伝えただけで、綺麗に踊らされるんだもの」
リシュリーは愉快そうにクスクスと肩をふるわせていた。しかし、カドーレの顎を掴む手は外れない。
カドーレは目の前で、目元を赤らめて楽しくて仕方ないとばかりに笑う幼馴染みを、苦しそうに目を眇めて眺めているしかなかった。
「……僕も、あなたに踊らされている馬鹿な男の一人ですか……」
ピタリと笑声がやんだ。
「カドーレ、あたしから離れるなんて許さないから……まだ」
リシュリーはカドーレから手を離すと、邪魔だとばかりに彼の背を横へと押しやり、ドアを開けて無言で去って行った。
「まだも何も……もう手遅れなんですよ、やっぱり」
カドーレは、壁を背にズルズルとしゃがみ込んだのだった。




