表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化】ごめんあそばせ、殿方様!~100人のイケメンとのフラグはすべて折らせていただきます~  作者: 巻村 螢
第五章 それでも愛しています

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

192/227

10 年上の男について

 顔を見ただけで彼が攻略キャラだと分かったのは、彼の容姿によるものが大きい。

 本来ゲームが始まるのは、デビュタント後――スフィアが十八歳になってからだ。そのため、画面の中で見てきた者達の容姿は皆、二十歳前後のものばかりで、本来学生である十代の姿など、スフィアには知るよしもないのだ。

 そのような中でも、スフィアは幾度となくゲームをやりこんで獲得した記憶力で、名前と面影で攻略キャラかどうか判断してきた。


 しかし今回のアルハバルは、既に成長を止めた年である。ゲームの中の姿とほぼ変わりない。

 それに、その容姿がまた他より目立つのだ。

 頭の高い位置で結われたアッシュブロンドの髪は背中まであり、男にしては珍しく、片耳に赤い派手なタッセルピアスをしている。


「光栄だな、俺の名前を知ってくれているなんて。俺の授業はとっていなかったはずだが?」


 スフィアの腰を支えていたアルハバルの手の力が増す。グッと一層引き寄せられると一緒に、スフィアの眉間の皺が増える。


「もう一度言います。アルハバル先生、離してください」

「さすがは貴幼院で『棘の薔薇姫』と言われただけはあるな。この程度では、おちてはくれないか」


 スフィアは鼻から薄い溜息をつくと、するりと妖しく彼の胸に手を這わせた。つま先立ち、アルハバルの耳元に口を寄せる。


「――というより、人目がある場所で、教師と生徒がこのようなことはいけませんわ。ね、先生?」


 スフィアがチラと目の動きだけで、背後のリシュリーのことを示せば、彼もなるほど、と満足げに口端をつり上げ、ようやくスフィアを解放した。


「では、スフィア嬢。好い時を選んで、また改めて声を掛けよう」


 腰を折り、そっと耳打ちしたアルハバルは、スフィアの返事も聞かずに颯爽と立ち去った。

 恐らく彼の中では、スフィアの言葉は「人目のないところでならいい」と誤変換されているのだろう。


 ――まあ、どのみちやることは変わりないからいいけど。



「ちょっと、あれが本当に先生なの!?」


 さて、どうやって引導を渡してやろうかと考えていると、リシュリーが鼻息荒く声を上げた。


「ニア=アルハバル先生ですよ。確か経済学の」

「経済ぃ!? じゃあ知らなくて当然だけど、どうしてスフィアが知ってたの?」


 経済学は、将来宮廷官として働こうとする者がとるような授業であり、自ずと男子生徒が多くなる。稀に、後継者として領地経営に携わることになる令嬢も受けたりするが、微々たるものである。

 だから、リシュリーの疑問は至極当然だった。

 多くの先生が在籍する貴上院では、授業を選択しなければ会えないまま卒業ということもある。


「特徴的な先生ですから。たまたま印象に残っていただけです。それに、確かカドーレが授業をとっていたはずですから」


 ギュッとリシュリーの腕が、背後から肩口に回される。


「……本当にそれだけ? 覚えてたってことはちょっとは興味あったんじゃないの?」

「あら、リシュリー。私が誰かと付き合うと思います?」

「思わないわね」


 つい先ほどまで拗ねて尖っていたリシュリーの口が、一瞬で元に戻った。するりと腕が外される。


「じゃあ、スフィア。もしかして、先生にもいつも通りってことかしら」

「当然ですよ」

「あたしに手伝えることは、あるかしら」


 どことなく楽しそうなリシュリー。笑顔が悪いことを企んでいるときのものだ。


「ありがとうございます、リシュリー。でもこのくらい、私ひとりで大丈夫ですから」


 そういうスフィアも、リシュリーへと向けた顔は不敵なものだった。




        ◆




「まさか、本当に誘いに応じてくれるとは思わなかったな」


 王都の通りを歩きながら、アルハバルは隣で並んで歩くスフィアに笑みを向けた。


「先生ったら、私が嘘を吐くような生徒だと思ったんですか?」


 スフィアがムゥと片頬を膨らませれば、アルハバルは切れ長な目元をふっと和らげる。


「いやいや、そんな嘘だとは思わないが……君はどんな男も相手にしないことで有名だから。ほら、棘の薔薇姫なんて呼ばれた生徒は君くらいのもんだし」

「それですが……よく貴幼院でのあだ名のことをご存知でしたね。同年でも、他の貴幼院出身の方達は知らないというのに」

「貴上院に入るとき、各院から入学生徒について内申書が送られてくるから、そこにな」

「そう、なんですね?」


 何故、一個人の異名が内申書に書かれているのか。誰だ、書いた教師は。絶対に面白がって書いただろう。


「ところで、本当に王都で良かったんですか。生徒と先生が二人きりで歩いていたとなると、問題にはなりませんか?」

「そこは問題ない。生徒と先生で許嫁関係というものもあるし、さすがに学院ではあれだが、学院外ではそこまで問題にはならないさ。むしろ――」


 一旦言葉を切ったアルハバルは、腰をかがめてスフィアの赤髪を掬い取ると、口づけを落とした。


「俺は、そういう(・・・・)噂が立ってくれればと思うがね」

「あら、既成事実を作ろうとされるだなんて……存外先生ったら、女性を扱うのが苦手なんです?」


 スフィアは跳ねるように一歩先を行き、くるりと身を翻す。アルハバルの手の中にあった赤髪はするりと逃げ、持ち主の元へと戻っていく。

 意味深な笑みを浮かべたスフィアを見て、アルハバルは一瞬だけヒクッと口端を引きつらせた。肩を竦め、掌を上向けてやれやれとばかりに首を横に振る。


「はは、そう思わせてしまったのは俺の落ち度だな。……しかし、今のは良くないなスフィア嬢。年下でしかも女が、年上の男を侮るような発言をしては」

「あら、すみません先生。そういえば、先生ってお若いようですがおいくつなんですか」

「二十五だが、年上は嫌いか?」

「いいえ、そんな事はありませんよ。年上の方はその分だけ知識も人生経験も豊富で、尊敬すべきところが多いですから。懐の大きな方って好ましく思いますよ」


 スフィアは『一般的な年長者』を褒めただけだったが、どうやらアルハバルは、スフィアの示す者の中に自分も含まれていると思ったようだ。満更でない表情で、一歩先にいるスフィアを迎えに行く。


「だったら、俺みたいなのは特にかな。これでも上級貴上院で若くして教鞭を執っているんだ。そんじょそこらの男達に負ける気はしないな」


 アルハバルの手がスフィアを肩を抱き、くるりと反転させた。彼はスフィアの肩に置いた手を離すことなく、引き寄せるようにして一緒に歩き出す。


「今日はたっぷりと大人の男の魅力を教えてやるよ」

「それはとっても楽しみです」


 下から見上げるようにして目を細めた笑うスフィアに、アルハバルは内心で舌なめずりした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ