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【書籍化】ごめんあそばせ、殿方様!~100人のイケメンとのフラグはすべて折らせていただきます~  作者: 巻村 螢
第五章 それでも愛しています

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8 ライノフの密談


「ねえ、いい加減、集まる時間を見直さない? 毎度毎度夜に招集掛けられて、あたしの玉のような肌が荒れたらどうするのよ」

「誰もお前の肌になんか興味ないから安心しろよ、ブス」

「黙んなさいよ、劣等生物」


 薄暗い部屋の中で、エノリアとリシュリーの間で青白い火花がバチバチと弾ける。

 その火花を、盛大な溜息で消した男がひとり。


「お前達は顔を合わせる度にそれだな。やり合うんなら勝手にやってくれても構わないが、私の見えないところでやれ。醜いものは視界に入れたくないからな」


 赤褐色の髪は後方になでつけられ、露わになった顔貌には髪色と同じ色の瞳が、鋭い目の中でギラついている。左頬には薄紅色になった傷跡が入り、彼の紳士的な顔立ちに陰惨とした雰囲気を与えていた。


 彼――レニは、若くしてライノフ家の家督を継いだ男である。

 しかし、正確に言えば引き継いだという表現は正しくなく、有り体に言えば、彼は前当主であった父親の失態をあげつらい、責任と称して無理矢理父親から家督を奪い取ったのだ。用意周到に、あらかじめ他の一族の当主達にも根回しして。

 頬の傷は、その際に激高した父親の鞭によってできたものだ。

 レニはこれ幸いと、感情にまかせて息子の顔に傷をつけるという父親の蛮行を、親族たちの前で悲痛に訴えた。結果、父親は危険人物とみなされて領地の片田舎に押し込められ、レニは新当主となった。


 これが昨年――レニが若干十九歳の時の出来事である。

 ライノフ家の前領地であったパンサス。そこで前当主であった父親は海賊を雇い入れ、荷駄の横領や煙草葉の密貿易で懐を肥やしていった。事は全て上手くいっていた。多少怪しいだのと噂を立てられようが、証拠を掴まれることは絶対にないと自分含めて誰もが思っていた。

 しかし、その『絶対』はふらりと現れた、たかだか九歳の少女に打ち砕かれることとなった。


 少女の名は、スフィア=レイランド。

 宝石すら霞ませるほどの鮮やかな赤髪と、緑色の瞳。類い稀なる美貌は、まだ少女と言える年でも遺憾なく魅力が発揮されており、当時から将来を有望視されていた。


「私は、お前達に痴話喧嘩を見せに来いと言った覚えはないんだがな」

「はあ!? こいつと夫婦扱いだなんて、おぞましすぎること言わないでよ!」

「そりゃ、こっちの台詞だよ! お前と夫婦になるくらいなら豚と結婚するね! 主も、なんでそんなこと言うの、ひどいよ~」


 噛みつく矛先が自分に向いたことに、レニは鬱陶しそうに舌打ちをする。


「口答えするな。私が欲しいのはスフィアの情報だけだ。これ以上無駄な会話をさせるんであれば、今すぐ腕輪を剥奪してやってもいいんだぞ」


 たちまち、エノリアとリシュリーは静かになる。

 腕輪の剥奪とはつまり、一族の会議に出る資格を失うということ。それは、当主資格を奪われるよりも一族の間では恥ずべきことであり、二人は大人しく口をつぐむしかなかった。

 場が静かになったことで、ようやく本題に入れるとレニの目が、まずリシュリーへと向けられる。


「あたしの方は滞りなくよ。カドーレにも手伝ってもらってるから、今のところあたしは悟られることなくスフィアの傍にいれるし」

「カドーレ……ああ、ブリュンヒルト家の犬か」

「もう、主ったら。確かにピクシー家はそうだけど、カドーレは別にそんなんじゃないわよ。とっても優秀なんだから」


 カドーレを庇うようなリシュリーの言い方を、レニは鼻で一笑した。


「ちゃんと手綱を握れているのならなんだって良いさ。それより本当に学園内のことは任せて良いのか。手が足りないようなら、エノリアを教師として入れるが」

「やだやだ、そんなの入れないで。入れられたほうが邪魔よ」

「オレもそこには同意~。毎日、主の好きなスフィアちゃんが近くにいるってなったら、うっかり味見とかしちゃいそうだもん」


 リシュリーを向いていたレニの目が、矢を射るより早くエノリアを射殺す。痛みさえ感じてしまいそうな鋭い視線を受け、エノリアは「ほら」と渋るように笑った。


「ね。オレはまだ主に殺されたくねーし」


 エノリアの発言が本気でないと分かり、レニは目から殺気を消して自らの左頬にある線を指でなぞった。


「私から全てを奪った女だ。であれば、彼女を奪っても良いのは私だけだろう」


 スフィアは、全てを自分から奪っていった。

 家の財産も、領地も、優等生という評価も、自分の楽勝だと思っていた未来も。

 落胆したこともあった。

 憎悪したこともあった。

 得体の知れない恐怖を感じたこともあった。

 彼女との縁が切れ、安堵したこともあった。

 しかし、すっかりただの跡となってしまった傷が、彼女を思い出す度に疼くのだ。


「この傷は、スフィアが私につけたものだ。ならば、やはり彼女に傷を付けるのを許されたのは私だけだ」


 傷跡を何度もなぞりながら、恍惚とした笑みを口元に浮かべるレニを見て、リシュリーとエノリアは顔を見合わせ肩をすくめた。

 彼は自分たちを変態だのなんだのと言うが、彼こそ本物の変態だと二人は目配せで頷きあう。この件に関しては珍しく、二人はいつも意見を一致させている。


「私ならば、無理矢理彼女をさらうこともできたが……それを、自分に任せてくれと言って止めたんだ、リシュリー」

「ええ、分かってるわよ。そんなに待たせるつもりはないから」


 それに、そんなにもう待てなさそうだものね、とリシュリーはレニを見て、口の中で呟いた。


「ならば良い……エノリアはどうだ」


 エノリアは男にしては長めの髪を、指先にクルクルと絡めながら「大丈夫大丈夫」と、気の抜けた声を出す。


「ていうか、オレも結局はリシュリーの介助みたいなもんだから。どうするかある程度聞いてるし、臨機応変にやるよ」

「まあ、お前は命令通り動かされるより、ある程度放し飼いにしていたほうが上手く動くからな」

「なぁに、主。オレを放し飼いにする気? ちゃんと手綱握っててくれないと逃げちゃうよ、オレ」

「お前は、手綱がちぎれても勝手に戻ってくるだろうが」


 あら、とエノリアはどこか嬉しそうに目を細めていた。


「ただ、動きも少ないし、ちょっと暇なことが多いからオレはオレで勝手に遊んでるよ。いいよな、リシュリー」

「気取られない程度にならね。あんたの遊びで計画邪魔されちゃ堪ったもんじゃないし」

「はいはい、安心しろって。むしろ、お前の役に立てると思うよ」

「へえ、それは楽しみだわ。役に立ったらご褒美を上げるわね。犬の餌でも」


 ガタッ、とエノリアが膝の裏で椅子を蹴って立ち上がるのを見て、レニは頭を抑えた。眉間の深い皺からは「またか」という気持ちが、ありありと表れている。


「滞りなく進んでいるんだったらいい。ほら、さっさと帰れ。お前達の玉の肌が荒れたら大変だ」


 騒がしくされる前に、レニは微塵も思っていない言葉を口にし、手払いの動きで二人に解散を伝えた。二人もこれ以上は同じ空間にいたくないと、先を争うようにしてばたばたと部屋を出て行った。最後の最後まで騒がしい者達だ。



 部屋にひとりになったレニは、再び傷跡に指を滑らせる。

 酒に酔った父親から、彼女の身に王家直系の血が流れていると聞いて、運命だと思った。

 この秘密を知る者が自分だったことに。そして、自分と彼女との間には、因縁という縁があるということに。


「スフィア……その身も血も全て私のものだ」


 愛憎は紙一重だ。



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― 新着の感想 ―
[良い点] めっちゃ、面白くなってきました! 毎日更新してくださるので話の内容を忘れずに読み続けられて感謝です。 書籍で続きが出れば嬉しいんですが。 応援しています!
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