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【書籍化】ごめんあそばせ、殿方様!~100人のイケメンとのフラグはすべて折らせていただきます~  作者: 巻村 螢
【幕間2】

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◆グレイとレイランド兄妹

 少しスフィアと話したいと思い、訪ねたレイランド家。あらかじめ連絡を入れると逃げられる可能性があったから、いきなり来てみたのだが。通されたサロンで迎えてくれたのは、スフィアではなく、その兄で……。


「あの、スフィア嬢は?」

「残念だったな。僕の愛しの天使は留守だ。さっさと帰れ」


 確かに、確認せずに来た自分が悪いのは百も承知だが、ただ悪口を受けに来ただけかと思うと気が滅入る。というより、腹が立つような気もする。


「あら、珍しい来客ですね、兄様。家の中で猟銃はぶっ放さないでくださいね」

「今日も可愛いねスウィーティ」

「兄様自重」


 サロンの前を赤髪の美女がさら~っと通り過ぎていった。


「………………え?」


 ジークハルト卿に驚きの目を向けると、彼は緩みきった顔で赤髪が消えていった方へと手を振っている。


「……あの……今、スフィア嬢を見ましたが……?」

「ああ、僕も見たな。相変わらず女神が顕現したのかと思う神々しさだったな」

「え……留守と……」

「ああ、留守だな」


 彼は、しれっとして水の入ったグラスに口を付けていた。

 彼と自分との間にあるテーブルに置かれているのは、紅茶ではなく水。

 来客に対して茶ではなく水を出したのだ、この目の前の男は。

 さっさと帰れというあけすけな意思が、ガンガン伝わってくる。仮にも俺は王子なのに!


「……なるほどなるほど」


 腹が立つような気がするんじゃなくて、はっきりと腹が立つ。


「どうあってもジークハルト卿は、私をスフィア嬢には会わせたくないと……」

「スフィアは留守だ。悪いな」

「ちっとも悪いだなんて思ってませんよね!」

「アハハハハハッ!」


 許嫁という立場を手放し、一人の男としてその他大勢と一緒のラインまでさがったんだ。約束のデビュタントまで、あと三年もない。そろそろ、この最強の鉄壁であり最大の難関である堅物の妹溺愛者を、どうにかしなければならない。


「わかりましたよ」


 グラスの水を一気に飲み干し、カンッとテーブルに置くと一緒に立ち上がる。


「ジークハルト卿、勝負しましょう!」

「ほう……」


 にやり、と彼の片口が上がった。


「銃でも剣でも。彼女に堂々と求婚するためにも、いつまでも侮られたままではいられませんので!」

「言ったな? ……王子様ガキが」

「いい加減、その子供扱いも止めていただきたいところでしてね。私ももう今年で二十一になりますし」


 彼は鼻で一笑すると、「いいだろう」とゆっくりと腰を上げる。


「分からせてやるよ……身の程ってやつを」


 やってしまったかも、と少しだけ後悔した。




        ◆




「ギャアアアアアアアッッッ!」と、窓の外から、首を絞められた鶏のような悲鳴が聞こえる。


「あら、兄様ったら……自重と言ったのに」


 大方、とても高貴な鶏と戯れているのだろう。まあ、気にしないに越したことはない。

 しばらく、パンッパンッという銃声と悲鳴が聞こえていたのだが、フッと静かになった。


「あら、絶命でもしたのかしら」


 そう思って、私室の窓を開けようと近付いた瞬間――


「ぎゃっ!?」


 血相を変えた美青年が、窓にべたっと張り付いた。


「び、びっくりした……グレイ様!?」

「頼む開けて入れて助けて」


 外側から鍵を指さす彼は、命からがらといった感じだ。さすがに見殺しにするのも可哀想だから、窓を開けて部屋の中に入れてやった。




「ここ二階なんですが……どうやって上ってきたんです」

「命の危機を感じれば、豚でも木に登るもんだよ」


 なんか絶妙に違う気がするが、まあ状況は察した。

 彼のいつもの装いは、ところどころ土に汚れ、すり切れたりしている。話を聞けば、どうやら私への求婚を認めさせるために、兄様に勝負を挑んだのだとか。積極的な自殺以外の何物でもなかろう。


「だって、まず彼をどうにかしないと、スフィアにはたどり着けないだろ」

「あら、まだ諦めてなかったんですね」


 我が物顔で私のソファに座っている彼を目を重くして見れば、ヤレヤレと鼻で息を吐かれる。腹立たしい。


「いい加減スフィアは、俺の気持ちをもっと信用すべきと思うんだ。この程度で諦めるなら、とっくの昔に諦めてるって」


 確かに。


「でも、命をかけるほどの価値は私にはないと思うんですが……」

「そんなことはないさ! 男たる者、好きな女性のために、命の一つや二つなげうたなくてなんとする!」

「万が一私と結婚したら、アレが義兄になるんですよ?」

「……それは…………うん」


 先ほどまでの威勢はどこへやら。彼の視線は明後日の方へと飛んでいった。

 毎日がきっとサスペンス。

 でも、こうやって言ってはいるけど、私もグレイ様が諦める未来なんて想像できないのよね。彼のしつこさについては、出会ってからの日々で充分に分かっている。もう、一種のそういう芸みたいになってるし。


「でもやっぱり、私は自分が結婚してる姿も想像できないんですよね……」


 頭の中は、常にアルティナの幸せについてのみ思考されている。自分のことは二の次なのだ。


「アルティナお姉様が幸せになったのを見届けて……自分の恋人とか考えるのはそれからですかね」

「だったら、アルティナに沢山の縁談を持って行こうか!」

「駄目です。アルティナお姉様には、ご自身で選ばれた殿方と一緒になってほしいんですから。でないと、恋にうつつを抜かしてるお姉様が見られない!」


 彼女の、好きな人のことを語るときの姿の可愛らしさと言ったら……。この世のどんな宝石よりも尊いし、全人類に見てほしい。可愛すぎて泣けた涙でアマゾン川が形成されるだろう。


「グレイ様、お姉様の国宝登録はまだですか?」

「また思考回路に障害をきたしてるな、君」


 失礼な。通常思考が、ちょっぴり特定人物に偏りすぎているだけだ。


「それはそうと、私とガルツのことには言及しないんですね」


 確か、彼の目の前でドボン宣言をしたから知ってるはずなのに。

「だったら次は自分を彼氏に」とか言ってくるかと思いきや、一切触れてこず、こちらのほうが不気味だ。


「言っただろ。俺は一時の幸せより、最後に全て手に入れる方を選ぶって。つまり俺の最終目標は、君と付き合うことじゃなくて結婚することだからね」


 本来なら、これはプロポーズであり、世の令嬢達ならば歓喜に舞い踊っている場面であろうが、全く感情が動かされない。言われすぎて慣れてしまったというのもある。

 というより、やっぱり自分のそういったことに関しては、全く想像できないからかしらね。

 もしくは――。


「でしたら、やはりアレは避けて通れませんね」


 窓の外を顎で示せば、狂戦士化バーサークした兄の咆哮が聞こえてくる。


「グレェェェェェェイ!!!」

「あ、兄様こちらです~」

「やめてえええええええええ!」


 あの兄の負ける姿が想像できないのが、一番の要因だと思う。



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― 新着の感想 ―
[一言] お兄様登場! 久しぶりのブラコンぶり見れて、嬉しかったです! いやぁ…グレイさんでは勝てませんよね… スフィアはんのお婿さんは結局どうなるのでしょうか…? ……グレイさん…頑張れっ☆
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