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【書籍化】ごめんあそばせ、殿方様!~100人のイケメンとのフラグはすべて折らせていただきます~  作者: 巻村 螢
【幕間2】

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◆アルティナとグレイ

「あら、グレイ様おひとりですか?」

「おや、その言いようだと、俺だけだとご不満だったかい」


 庭で花に水やりをしていれば、連絡もなしにやって来た、この国の第三王子であり私の従兄弟であるグレイ様。


「スフィアも連れてきたほうが良かったかな?」


 にやにやと嬉しそうな揶揄い顔を向けられる。


「別にそんなことありませんわ」


 なんなのかしら、その顔は。




 さすがに来客とあっては水やりを中断し、彼を応接室へと招き入れる。


「にしても、こうして二人で会うのも懐かしいもんだな」

「昔はよく私も王宮へ行っていましたわね。でも、途中からはあの子も来るようになって……いつの間にか屋敷にまで押しかけてくる始末で……」


 思い出しただけで、耳の奥で「お姉様ぁぁぁぁん!」という声が聞こえ、思わず額を抑えてしまった。彼にも『あの子』が誰だか分かっているようで、向かいでクスクスと笑っている。

 まったく……他人事だと思って。

 すると、笑いを収めた彼は、穏やかな眼差しでこちらを見てくる。


「アルティナ……学院はどうだった」

「あら、どうだった、などと……まだ卒業はしておりませんが?」


 そうは言いつつも、本当は分かっている。彼がたった二年半の貴上院でのことを聞いているのではなくて、八歳から今までのすべての学院生活をさして、『その中で変わったか』と聞いているのだと。

 そして、何をもって『変わった』とするのかは――。


「友達はできたかい」


 そう。過去、私には友達がいなかった。

 いえ、いたのかもしれない。でも、それが自分の望む友達とは違うものだと気付いた時、自分はとてつもなく孤独だと思ったものだ。


「俺も幼い頃は、王子っていう肩書きに悩まされたこともあるけど、俺には兄弟がいたからな。はけ口に困ることはなかった。だけどアルティナ……君はひとりだ」

「そうですね。私がウェスターリ大公家の一人娘であり、唯一の跡取りですものね」

「だから大公も、君をよく王宮に連れてきていたんだろうさ」


 お父様は何も言わなかった。何も言わず、聞かず、あるときから私をよく王宮へと伴うようになった。伴うと言っても、王宮についたらもっぱらアイゼルフォン兄弟と一緒に過ごすだけだったのだが。


「ご心配なく。私ももう子供ではありませんし、自分の立場というものも理解しております。それ相応の社交はできているつもりですわ、周りにちゃんと友人もおりますし」


 当時は、私の気持ちを理解出来るのも、私に忖度しなくていい子供というのも、彼らしかいなかった。それを、何故と悩んだ時期もある。どうして自分には胸を張って友人と呼べる者がいないのかと。

 しかし今は、相手の立場も理解して付き合えるくらいの分別はつくようになった。

 相手が『本当は何か我慢しているのではないか』、『気を遣って持ち上げてくれているだけではないか』などという疑念は、もう抱かない。いえ、抱いたとしても、気付かぬふりができるようになったと言ったほうが正しいのかもしれない。


「これは大公家に生まれた宿命みたいなものですから。誰だとて、生まれた条件の中で生きる術を見つけるのですから。ただ時々…………不意に寂しくなることはありますが」


もし、『大公家令嬢』という肩書きがなくなったとき、友人達は今までと変わらずに接してくれるのだろうか。もし子爵家令嬢として生まれていたら、こうして声を掛けてくれていただろうか。


「アルティナ……」


 彼は表情を曇らせたが、自分はそこまで悲観していない。

 とうの昔に折り合いはつけている。貴族というものは家を含めて本人なのだと。だからこそ自分も、大公家のアルティナという自分を誇りに思っているのだし。


「君は真面目だからな」

「グレイ様は不真面目ですものね」

「俺は誰よりも真面目で一途だよ」


 曇っていた表情が一気に晴れた。今、彼の脳裏に誰がいるのか想像に易い。


「あの子は…………いえ、なんでもありませんわ」


 何故、彼はあの子に惹かれ続けているのか。あれだけひどい扱いを受けても、何故長年思い続けられるのか。まあ、分からないでもない。

 彼女は彼に対して、王子に対するような態度は取らない。

 彼女は私に対して、大公家令嬢に対するような態度は取らない。

 貴族の世界において、彼女はその髪色や美貌だけでなく、存在そのものが異端なのだ。社交界という規律や伝統を重んじる空気の中にあって、本来ならば彼女のその規格外の行動は許されるものではない。しかし――。


「私もグレイ様も、あの子の異端さに救われてますものね」

「きっと俺や君だけじゃないさ……救われてるのは」

「本当……分からない子……」

「君は随分と分かりやすくなった。昔はいつも不機嫌顔かすまし顔だったからな。まあ、グライド兄上の前では猫のようになっていたがね、くくっ!」


 彼が昔のどの部分を指しているのか、最後の渋るような笑いから一瞬で察する。たちまち顔が熱くなる。


「あ!? あれは、その! む、昔のことですし!? 今はそんな公然と分かるような態度は……!」

「昔のことぉ? はて、君は未だに恋多き女性だしなあ……大公からも色々と聞いているぞ」

「お父様から!?」


 そんな話、家では一度もしたことないはずなのに。


「どどどどどんな話を父はいったい――っ!?」


 親に自分の恋愛事を知られていたとは……恥ずかしすぎて、これから食事の時どんな顔で会えば良いのか分からない。こちらの気も知らないで、彼はお腹を抱えてカラカラと笑っている。

 笑いすぎでしょう。


「もう知りませんっ!」


 段々と腹が立ってきてそっぽを向いてやれば、彼は笑いを収めながら「ごめんごめん」と謝ってくる。そして、父がなんと言っていたかを教えてくれた。


「今は自由にさせてやりたいんだとさ」

「父がそんなことを……」


 ありがたく思うと同時に、『今は』という言葉の重みから逃げ出したくなる。

 しかし、大公家令嬢という自負も自分を構成する重要なものだから、決してそんなこと、私にはできない。


「……この世は苦いものだらけですわ」


 侍女のリィアが用意してくれていた紅茶を口に含んだ。口にすればするほど、口内に残る苦みが強くなっていく。


「だから、甘い物を俺達は食べるんだろう」


 一緒に添えられた、キラキラと輝く砂糖が周りについた小さなクッキーを一緒に頬張る。たちまち、クッキーの甘さが、口の中の苦味をちょうど良い具合に中和してくれた。

 私達は知っている。

 甘い物を食べ(恋さえし)ていれば、苦味もほどよいあんばいになるということを。苦さを忘れるためには甘い物が必要だということを。



 

「じゃあ、俺は帰るよ」

「あら、もう良いんですの?」


 紅茶を一杯を飲んだ程度の時間だ。思ったよりもあっけない。

 そんな思いを目で訴えると、フッと同じく目で微笑み返される。


「俺は、王宮に入り浸らなくなった従姉妹殿の様子を見に来ただけだから」


 その言葉は、『また王宮に来い』と言っているのではなくて、『来なくなって安心した』と言っているように聞こえた。


「だって、あなたに似て、あの子ったら突然やって来るんですもの。迎える人は必要でしょう?」


 彼は「そうだな」と満足そうに頷いて帰っていった。



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