◆ガルツとブリック
夏休み。家で暇を持て余していた俺は、友人を誘って王都で時間を潰していた。
「待った? ガルツ」
王都中央部にある広場の椅子で待っていると、友人が片手を上げて小走りでやってきた。貴幼院を卒業してから半年しか経っていないのに、いつの間にか随分と大人びて見えるようになった。
「彼女みたいな台詞吐いてやって来るんじゃねえよ、ブリック」
「はは、本物の彼女には言われたことないくせに。あ、元彼女か」
「お前この……っ」
本当、一年の頃の、オドオドして俺の後ろを付いてきていたブリックはどこに行ったんだか。あの頃は、確かに俺の子分だったはずなのに。
「スフィアは最初からヤバかったけどよ、お前も段々とヤバくなってきたな?」
「僕からしたら、あのスフィアにまだ未練を持ってるガルツのほうがヤバいけどね」
「じゃあ、俺達お似合いじゃねえか」
「そうだね」
意味の分からないまとまり方をしてしまった。
「お前、身長伸びたんじゃね?」
隣に座るブリックと、目線が大して変わらないことに気付く。
「え、本当! 自分じゃ実感ないし伸びてたら嬉しいな!」
顔を輝かせ声まで弾ませている。そんなに嬉しいものかと思ったが、そういえばコイツは貴幼院ではずっと『僕だけ成長しないモテないズルい』とか、うるさかった覚えがある。
「あ~良かったよ。これで、ガルツやスフィアと並んだとき、僕だけ見劣りせずに済むよ」
「見劣りって……お前、そんなこと気にしてたのかよ」
そんなこと六年一緒に過ごして、今も一緒にいるが、一度も思ったことないのに。恐らくスフィアも、そんなことをブリックに思っちゃいないだろう。
「ガルツが気にしなくても、周囲はやっぱり気になるもんなんだよ。どうして、あの二人の中に、貧乏伯爵の息子如きがまじっているのかって。身長くらい相応にないと」
否定はできない。
何事にも家格やら名声やら『ふさわしさ』を大切にするのが、貴族というものだ。
「……何かされたら俺に言えよ。牽制くらいしてやるから」
昔の自分からは考えられない台詞だな、と言った後、自分でもおかしくなった。
そして、やっぱりブリックも苦笑して、首を横に振っていた。
「それじゃ対等でいれないじゃん。友人として守るって言ってくれてるんだろうけど、そういった社交界のしがらみは、自分でどうにかしないと意味ないからね」
それもそうだ。守られた方は、守った方より下だとみられる。そこで第三者からは強制的にランク付けがなされてしまうのだから。
それは、俺もブリックもスフィアも誰も望んじゃいない。
「生まれは自分じゃ変えられない……でも、生きていれば変えられることなんてたくさんあるんだ」
「だから、エミライツか?」
知の最高峰と言われる貴上院『エミライツ』。成績優秀者だったブリックは、色々な学院から誘いが来ていたが、迷うことなくエミライツを選んだ。
「うん。家格なんかに負けない武器を身につけるんだ」
「お前なら、宰相くらいまでなれそうだな。むしろ、なってくれ」
任せといて、とブリックは綺麗に並んだ歯を見せて笑った。
「その頃は……」
不意に、ブリックの声に寂寥が滲んだ。
隣を見れば、ブリックが空を仰いでいた。
「ガルツは何になってて、スフィアはどうなってるんだろうね」
「俺は家督を継いでるんだろうな、きっと」
「三大公爵かぁ……その重責を想像しただけで吐きそうだね」
自分は恵まれていると思う。何不自由のない生活を送り、大抵のことはどうにかなる権力を持つ家に生まれたのだから。
「その重責も、俺が俺である要因のひとつなんだよな……」
当主の責任はアントーニオの家族のみに限らない。そこに付随する者達――使用人、使用人の家族、取引先、その先の関係者と、数多に及ぶ。
その数多に責任を持っているからこそ、三大公爵家として認められているのであり、価値があるのだ。そこを放棄すればたちまち、家名の信用は地に落ちる。
「最近、父親の締め付けが厳しいんだ。俺がレイザールに行ったこと良く思ってなかったからな。もしかすると、大目に見てやったからって、後々親が決めた令嬢を差し出されるかもしれない」
「じゃあ、スフィアの件は……?」
「多分、知ってたと思う。俺からは言ったことねえがな」
「北方守護のレイランド侯爵家だし、ガルツの相手としては不足ないって黙認されてたのかもね」
「もう、過去の話だがな……」
ブリックが無言で肩を叩いてくるのが腹立った。
「まあ、今しばらくは、自分のことに集中するとするよ」
「そうだね。将来の公爵様が女にうつつ抜かしてるなんて言われたら恥だしね。でも、もし君がうつつ抜かして馬鹿な当主になったら、宰相になったあかつきに僕が遠慮なく奪爵してあげるから安心してね」
「何も安心できねえよ」
このブリックなら、本当に遠慮なく奪っていきそうだ。
「つか……ははっ! すげー自信だな。宰相になってくれるんだ?」
意地悪く聞いてみたが、ブリックは目を細めて、自信満々に口端をつり上げただけだった。やる気ということか。
「俺も負けてられねえな」
「でも……多分、スフィアには敵わないんだろうね、一生」
「……ああ」
たちまち、二人して両肩が重くなる。
「あれには、一生勝てる気がしねえよ」
貴上院に上がって少しは落ち着いたかななんて思っていたら、春の舞踏会といい、このあいだの異国の商人といい、まったく落ち着いていなかった。どうなってるんだ、アイツの精神構造は。
「僕も。なんならお爺さんになっても、子分でこき使われてる気がする」
脳内に老婆になったスフィアの高笑いが聞こえた気がした。違和感がないのが恐怖だ。
「てか、今日はスフィアを呼んでないんだね?」
「……この間、会っただろ?」
「ああ、マミアリアさんの恋路を見守ってたのに、商人に変な性癖を開花させたあの時ね」
嫌な覚え方をしているもんだ。だが、何も間違っていないのが怖いところ。
「確かに関係性はまったく変わってねえけどよ……会ったら『もう一度付き合え』って言っちまいそうで怖いんだよ。できればアイツを困らせたくねえし、でも、俺の中で折り合いをつけるには、もう少し時間が必要なんだよ」
「ガルツってオラオラだと思われがちだけど、意外と気遣い屋だよね」
「オラオラってなんだよ。元生徒会長だぞ」
「そういうところだよ」
本当、昔のぷるぷる震えてたブリックは、どこに消し飛んだんだか。
「で、今日はなんかしたいことでもあったの?」
「特にはねえな。暇だから呼び出しただけだ」
突如、ブリックが大口を開けて「あっはは」と笑い出す。腹まで抱えている。どうしたんだ、コイツ。
「もう、ガルツってば本当、僕のこと大好きだよね」
「おま――っ!? ……っ恥ずかしい奴」
でも、否定の言葉は出てこなかった。ばーか。




