◆グレイとグリーズ
レイランド一家が王宮にやって来た日の夜。
昼間聞きそびれたことが気になり、俺はグリーズ兄上の部屋を訪ねていた。父上でも良かったのだが、執務で忙しくしてるだろうと兄上の方を選んだ。
自分よりもずっと前からレイランド家の秘密を知っていたのだから、まあ大抵のことは知っているだろう。
「それで、グレイが聞きたいことってなんだい?」
「昼間の続きですが、どうやって兄上達は、血の秘密がばれていることを掴んだんですか?」
ばれていることを知ったと言うことは、その時に誰かしらが絡んでいたはず。その者なり事柄なりを突き詰めて行けば、犯人に行き当たりそうなものだが。
兄上の顔を見れば、珍しく眉間皺を寄せていた。
「まったく関係ない事件で捕まえたごろつきが言ったことが、きっかけだった」
「ごろつき?」
「ああ、王都でしょうもない盗みを働いたんだよ。本来ならば、警吏に任せればそれでおしまいだったが、その男が妙なことを叫んでいると、私の方に報せが来たんだ」
盗み程度の犯罪で、王子に連絡など普通来はしない。警吏が捕まえて、適当な罰を与えてと、手続きとしてはそれで終いだ。
「『犯人が、ニセモノの王に会わせろと叫んでいる』とね」
「なっ――!」
恐らくかつての自分なら、ただ犯人が悔し紛れに叫んだ戯れ言としか思わなかっただろうが、秘密を知る者が聞けば、『ニセモノ』が別の意味を持って聞こえる。
「本当に犯人が、意味を持ってニセモノと言っていたかは分からない。だが、少しでも危険性は排除したかったからね。私は、ひとまず王宮の特別牢に収監して様子を見るようにと命令したんだ」
「確かに、騒ぎ続けられたら、最初は煩く思っていただけの者達も、何か意味があるのではと勘ぐり始めますからね。兄上の判断は正しかったと思います」
王宮の特別牢は、王宮の敷地内ではあるが、自分たちの住む王宮からは離れた場所に建っている牢塔の中にある。牢塔の中でも、地下部分に位置する特別牢には、裁判待ちの重犯罪者や隔離の必要がある者が、一時的に収監されている。
「そして父上にも報せ、二人でその男を訪ねた。もちろん、牢塔内部の人払いは済ませて」
そこで、「だが」と兄上の眉間はさらに険しくなった。
「私達が犯人を訪ねたとき、犯人は死んでいたんだ」
声が出なかった。
「検死結果は毒死だった。自殺か、それとも……」
濁した言葉の先は、ほぼ核心に近いものだろう。
王に会わせろと自ら叫んでおいて、王に会う前に自殺などするはずがない。では、他殺だとした場合、導き出される答えは何か。
「……誰かに口封じをされた。しかも、それができる何者かが王宮内にいる、と」
瞬きで肯定される。
はぁ、と大きめの溜息を吐きながら、兄上は椅子の背もたれに投げやりに身体を預けた。
「考えたくはないけど、王宮内部にまで手が及んでいるとなるとね……」
「本当……考えたくないですね」
「グレイ、王宮の中ではお前が一番、スフィア嬢の側にいてもおかしくはないんだから、しっかりと守ってくれよ。屋敷の方はジークもいるし大丈夫だけど、どうしてもその他では手薄になるからね」
「それはもちろん……」
何物にも代えても、と深く頷いた。
「――さて!」
すると、先ほどもまでの陰鬱な空気を払うように、兄上は朗々とした声と共に椅子から身体を起こした。キラッキラに目を輝かせ、こちらを見ている。嫌な予感しかしない。
「さ、さて、聞きたいことも聞けましたし、私は部屋に戻り――」
「実は明日、ジークと剣の稽古をするんだけど、お前も一緒に来るよね?」
「あー……明日は、多分何か予定があった気がして……」
「大丈夫。ないよ。グレイの侍従に聞いたから大丈夫大丈夫」
なぜ、前もってひとの侍従に予定を聞いているのか。
なぜ、大丈夫という言葉を必要以上に念押ししてくるのか。
この誘いは、本当にただの剣の稽古なのか……。
「ジークがね、昼間、お前がスフィア嬢と一緒にいたのが気にくわ――じゃなかった。一緒にいてくれたお礼に、久しぶりに一緒に稽古をしようかって言っていてね」
「いや、もう本音ダダ漏れですよ」
不穏な言葉は途中で切られたが、隠せていると思うほうがどうにかしている。
「じゃあ、明日ジークと迎え行くから。もし、部屋にいなかったら……」
ね、と兄上は愉しそうに笑った。
本当、この人の精神はどうなっているのか。可愛い弟が猟奇的な友人に殺されても良いというのか。
「……明日、王都が歴史的雷雨に見舞われますように」
「あはは、ジークを倒せないとどのみちスフィア嬢は手に入らないんだから、諦めなよ」
「無理難題!」
彼女を手に入れる者は自分でありたいのが、手に入れられる想像が未だできないのだから、もしかして自分は生涯独身を貫く羽目になるかもしれない。




