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【書籍化】ごめんあそばせ、殿方様!~100人のイケメンとのフラグはすべて折らせていただきます~  作者: 巻村 螢
第四章 推しとハッピースクールライフ!

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40 カドーレとリシュリー

 自分を呼ぶ「カドーレ」という声に思わず、教科書をしまおうと手にしていた鞄を取り落としてしまった。

 足元に落ちた鞄から、ザザーと教科書が流れ出る。


「あら、ごめんなさい。そんな驚くとは思わなかったわ」


 まったく謝意の籠もっていない謝罪をしながら、彼女――リシュリーはせめてもの詫びだというように、床の教科書を拾っていく。


「ん? これ……手紙?」


 教科書の間に紛れて流れ出ていた白い封筒を、リシュリーが手にする。


「ええ。家から送るより王都で直接、郵便商会に出したほうが早いですから」


 しかし、すぐにカドーレの手によって奪われる。

 カドーレは、手早く封筒と全ての教科書を鞄にしまいこんだ。


「珍しいわね。誰宛よ」

「昔の知り合いですよ。久しぶりに会って僕の近況を聞かれたので、その返事です」

「ふぅん、あっそ」


 リシュリーはさほど興味はないようで、裏側にある自分のロッカーへと姿を消す。ガサガサとした紙の音が聞こえるから、彼女も下校準備をしているのだろう。

 何となく、彼女の準備が終わるのを、ロッカーに背をもたれかけて待つ。待てと言われたわけではない。ただ、いつからかこうして彼女の側に着いていることが、自分の役目みたいになっていた。

 コツンと踵を響かせ、ロッカーの陰から姿を現したリシュリー。


「ねえ、カドーレ……どうやったら、あたしだけを見てくれるのかしら」


 まるで、自分が彼女に想いを寄せられているかのような台詞だったが、抜けた主語が自分でないことは充分に知っている。


「リシュリー、今のままじゃ駄目なんですか。リシュリーは充分に彼女の大切な人じゃないですか」

「馬鹿ね、それじゃ駄目なのよ」


 目が細く普段でも微笑程度に見える彼女の表情は、今は確かに笑っているのに、しかしどこか悲しそうに見えた。

 それはきっと、何かに耐えるように僅かに刻まれた眉間の皺のせいかもしれない。


「彼女が縋る対象はあたしだけで良いの。あたしだけが……良いのよ」

「彼女にばれたとき、全てを失うんですよ」

「ばれたときには、あたししかいない状況にすれば良いじゃない。ゆっくりとじっくりと壊していって……彼女の喜怒哀楽全て、感情っていう感情全てあたしのものにしたいの」


 強欲なことだ。


「そして、一族のお姫様として一生囲ってあげるの――って、カドーレ。文句ありそうな顔ね?」

「……僕は元々賛成はしていませんから」

「あんたの家は、うちに仕えるのが役目でしょ。それが、あんたの先祖が死にかけたときに救ったうちへの恩返しなのよ。末代までブリュンヒルト家の犬になるっていうね」

「――っ分かってます。だからこうして協力してるじゃありませんか」


 目の前まで来たリシュリーの視線から逃げるように、カドーレは顔を背ける。

 正面からは、薄い溜息とも言えない微かな息漏れが聞こえた。


「まあ、でも……そこまで嫌だったら、あたしが家を継いだら解放してあげるわよ……」


 鞄を持つ手の力が増し、ギュッと革が鳴く。


「そんなこと……僕ができるはずないって……知ってるくせに……」

「何か言った?」


 自嘲を含んだ独り言は、カドーレの耳にしか入らなかった。


「リシュリーには、僕がいないと駄目だって言ったんですよ」


 向き直り、コツンと額を合わせたカドーレを、リシュリーは拒まなかった。

 鞄を握っていない方の手で、リシュリーの空いた手をそっと握った。




 

 何かあればいつもこうして必ず手を繋いで、側にいてくれた幼馴染みのカドーレ。

 一族の血を引いていないからか、自分と違ってまっとうな幼馴染み。


「……あたしがあんたに返せるものなんてないわよ」

「見返りが欲しいだけなら、とっくに離れていますよ」


 そりゃそうだ。

 一度も自分がカドーレに優しかったことなど、ないのだから。


「僕は、僕の自由意志であなたの側にいることを選んだんですよ、リシュリー」

「でも、あたしは――」

「もう、何も言わなくていいです。あなたが、自分の理性と本能の間で苦しんでいることは、誰よりも僕が理解していますから」


 これだけ理解してもらっていても、やはり自分には返せるものはないのだ。


「……好きにしたら良いわ」


 そうは言いつつも、こうして握られた手を離してあげられないのだから、やはり自分はまっとうではないのだろう。


「夏休みが始まるわね」


 カドーレは何も答えなかった。




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