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【書籍化】ごめんあそばせ、殿方様!~100人のイケメンとのフラグはすべて折らせていただきます~  作者: 巻村 螢
第四章 推しとハッピースクールライフ!

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39 スフィアの願い

「おっはようございま~~~す! 愛しのアルティナお姉様ぁん!」


 朝イチで見つけたアルティナに、スフィアは容赦なく飛びついていく。当然、そのままアルティナが受け入れるはずもなく、突き出した右手でスフィアの顔をがっちり掴み、飛び込みを阻止する。

 周囲はもはやスフィアの奇行にも慣れ、朝の風物詩として眺めているのみ。


「いつもいつも……っ、あなたは恥じらいというものを……っもう少し身につけなさい……!」


 突進と拒絶という力がギリギリと拮抗していたが、スフィアが「てい!」とアルティナの右腕の肘を内側からツンとつつく。


「かしこまりましたわぁ~ん、お姉様!」


 アルティナの右腕はカクンと折れ、たちまちスフィアがアルティナの懐へと潜り込んだ。


「全然かしこまってないじゃない!? こういうことを止めなさいって言っているのよ!」

「それはできない相談です~」


 全身でこのほとばしる愛を伝えていかなければ。


 ――絶対に私がお姉様の味方だって、信じてもらわないと!


 でなければ、あっという間に世界の予定調和力で、アルティナとは敵対させられてしまう。信頼関係を少しでも築いておかないと、あっという間にシナリオに飲み込まれてしまうのだ。


「はぁ……まあ、もういいわ。そのまま聞きなさい」


 何をしても離れないスフィアに、アルティナのほうが先に根負けした。


「あなた、王都で今度は何をしたのよ」

「何を……とは?」


 はて、何かしただろうか。

 本気で分からないと首をコテンと傾げたスフィアに、アルティナは片眉を上げて口をへの字にする。「まったく」と呆れているのが表情から伝わってくる。しかし、あきれ顔のアルティナもやはり最高なので、しっかり瞬きせずに網膜に焼き付けておく。


「異国の商人に散財させたそうじゃない。しかも盛大に」


 ああ、とスフィアはアーディンのことを、そこでようやく思い出す。

 スフィアにとっては、つい先日のことでも、アルティナに関する記憶以外は順次消滅されていく。こと、攻略対象に至ってはデリート優先対象である。


「特に私がお金を使わせたわけではありませんが、まあ、お金をばら撒いたということ散財と呼ぶのでしたらそうですね」

「お金をばら撒く!? どういうことなの!?」

「実に景気よく愉しそうにばら撒いていましたよ」


 やはり、空から金貨が降ってくるというのは、それ相応の噂にはなったということか。


「私はその場にいただけで、特にその商人の方に何かしたわけではありませんよ。ご安心ください」

「その場にいたってだけで安心はできないけど……でも、本当にあなたが無理矢理に使わせた、なんてことではないのね?」

「え、もしかしてお姉様……私のことを心配してくださって……スフィア感激ィ!」


 スフィアが感極まってアルティナの肩口に頬をする寄せれば、「熱い!」と摩擦熱にアルティナは再びスフィアの顔を引き離す。


「ご安心くださいお姉様。私は一言も買ってとも、お金を使ってとも言っておりませんわ」


 これは本当だ。勝手にアーディンが自爆したに過ぎない。

 まあ、カネをばら撒きたくなるようには仕向けたが。


「それにしても、お姉様はどうしてそのような話を知っておいでで? もしかして、同じ日に王都にいらっしゃいました?」

「……よくその体勢で、普通に会話を続けようと思えるわね」


 アルティナの突っ張りをくらい、スフィアは、アルティナからは完全に顎裏しか見えないほどに仰け反っている。しかし、腰に巻き付いた手は頑として離れない。

 幼い頃より何度も突っ張られてくれば、この程度慣れたものだ。

 先に折れたのはやはりアルティナで、突っ張っていた手をゆるりと外すと、自らの豊かな金髪を溜息と共に掻き上げる。


「エノリアが教えてくれたのよ。彼、ちょうど休みだったんだけど、王都に行っていたみたいで」

「へぇ、そうだったんですね。でも、先に言ったとおり私は何もしてませんから」


「それなら良いけど」と、アルティナは未だに肩口に顔を寄せるスフィアの額を、ピンッと人差し指で弾いた。


「気をつけなさいね。噂なんて尾ひれが付いて広がるものだから」


 スフィアが「はぁい」とぬるい相槌を打ったところで、二人を引き裂くチャイムが鳴った。




        ◆




 アルティナと別れ、慌ててロッカーに教科書を取りに行けば、リシュリーもちょうど準備をしているところだった。


「おはよう、スフィア。相変わらず、朝からアルティナ様に熱烈ね」

「おはようございます、リシュリー。見てたんですか」

「見てたっていうか目立ってたしね」

「アルティナお姉様は私の生きる意味ですから、常に熱烈に愛を伝えないといけないんです!」

「なんの義務かしら……。にしても、アルティナ様アルティナ様って、本当妬けちゃうわ」


 ぷっくりと膨らましたリシュリーの頬を、スフィアは苦笑して指でつついた。


「何を言っているんですか。リシュリーは私の大切な友人じゃないですか。貴重なんですよ。私がこんなに仲良くしてる女友達って、リシュリーだけなんですから」


 スフィアにも、クラスメイトや知人はいる。

 だが、個人的にこうして声を掛けて長話するほどの友人となると、数えるくらいしかいない。そんな中、リシュリーの存在はスフィアにとっては、とても貴重で大事だった。


「私、リシュリーのこと大好きですよ」


 ツンと尖ってそっぽを向いていたリシュリーの口が、にんまりと緩んだ。


「あたしも、スフィアのこと大好き」


 二人を顔を見合わせると、ふふ、とお互いに照れくさそうに頬を染めて笑った。

 まさか、自分が誰か女友達と、友情を交わす日がくるとは思わなかった。

 前世で、あんなことがあった自分にとって、女友達はいわばトラウマでもあった。だから、アルティナだけにのめり込んだのかもしれない。


 しかし今は、リシュリーがいてくれて良かったと思う。

 ガルツとブリックは子分で戦友とも呼べる仲ではあるが、女友達のそれとは少々違う。カドーレも同じく頼りになる友人ではあるが、大好きなどと言えるような関係ではない。

 やはり、女友達でしか得られない感情というのもあるのだ。


「あーあ、もう夏休みね。こうして毎日、スフィアの顔を見れなくなるのは寂しいわ」

「夏休みは夏休みで、また遊びましょうね」


 そうね、とリシュリーが細い目をさらに細くして肩を揺らし、二人は手を繋いで授業へと向かったのだった。


「あと半年ですか……」


 廊下から見える吸い込まれそうに青い空に向かって、スフィアはひとり呟く。

 アルティナと同じ学院に通えるのも、あと半年。

 せめてその間だけは、悪役令嬢とヒロインではなく、学院に通う普通の友人として過ごせればと願うばかりである。





 手を引いて、小走りで先を駆けているリシュリーが、振り返らずに声を掛ける。


「ねえ、スフィア」

「ん? どうしましたリシュリー」

「スフィアが一番大切にしてるものってなぁに? それがないと絶望してしまうてくらいの……」

「絶望……変わったことを聞きますね」

「ふふ、好きな人の地雷は知っておきたいじゃない。踏みたくないもの」

「確かに」


 好きな人というところには今更もう触れない。


「そうですね、私はやっぱりアルティナお姉様でしょうか」

「やっぱり。そうだと思――」

「もそうですが、ガルツにブリック、カドーレ。レイランド家の皆に、私を助けてくれるたくさんの人達。そして、当然あなたもですよ、リシュリー」

「っそんなこと言って、スフィアったらもう……っ困っちゃうわよ」

「ふふ、大好きって言ったばかりじゃないですか」

「本当……困っちゃうわ……」


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― 新着の感想 ―
[気になる点] うーん、なんかスフィアが酷い目に会うフラグがたってる気がして不安ではあります。 [一言] 誤字報告です でも何と間違えたのか不明なので、こちらに書きます 「しる女」でページ検索してみて…
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