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【書籍化】ごめんあそばせ、殿方様!~100人のイケメンとのフラグはすべて折らせていただきます~  作者: 巻村 螢
第四章 推しとハッピースクールライフ!

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38 やっぱり変わらない三人

 仕立屋のバルコニーの下。


「あーあ……」


 すると、そんな残念な声を出しながら、地面に散らばった金貨を、町衆に混じって拾う者が約二名。


「結局こうなるんだよね」

「ここまであいつの思惑通りにいくなんて……あいつって呪いとか使って人を操ってんの?」


 こうして話している間も、空からはバラバラと金貨が降ってくる。夢のような光景だろう。

 金貨を拾う手は休めずに、上方へと顔を向けると、男の声と女の声が聞こえる。


「さあ、これが最後の袋だ! いくぞ、スフィア!」

「やめてえええええええ!」

「うふあはふふふふふあはははははッ!」


 男の声のひとつはとても幸せそうな声だが、もう一つの男の声は阿鼻叫喚そのもの。そして微かに阿鼻叫喚の合間に聞こえてくる女の声は、高笑いとでもいうのか、とにかく腹の底から笑っていた。表情は見えないが、完全に悪役の笑い方である。


「ねえ、これ……仕入れに必要なお金って聞こえたんだけど……」

「聞くな聞くな。とりあえず俺達はスフィアに言われたとおり、なるべくたくさん拾い集めるだけだ」

「なんだか、数年前のバート兄弟の時を思い出すよ」


 ああ、とガルツは、脳裏に焼き付いて離れないでいる貴幼院での騒ぎを思い出す。


「確かに。スフィアの気を惹こうとして破滅ってのは似てるな。まあ、あっちは兄弟で競いあってたけどな」


 それに対し、今回はアーディンひとりである。


「僕、独り相撲で勝手に破滅していく人を初めて見たよ」


 あながち、呪いで人を操っているというガルツの思考も、間違いではないのかもしれない。小説などでもみる魔法という希望を抱かせるようなものより、呪いという絶望しか抱かせないものなのが、まさしくスフィアである。

 すると、通りの奥から警吏達がバタバタとやって来て店の中へと入っていく。

 



「ここか! 著しく街の風紀を乱す輩がいるというのは!」


 そんな声が二階から聞こえてきた。


「俺は何も乱していない! 彼女が俺の心を乱してやまないんだ!」

「上手いこと言ったみたいな雰囲気出すな全然上手くないわ! 馬鹿か!」

「何故心を乱されてカネをばら撒くんだよ! 馬鹿め!」

「とりあえず連行する! しばらく王都への立ち入りはできないものと思えよ、馬鹿が!」


 ひどい言われようである。

 それからもしばらく、ドタバタと暴れ回るような音が聞こえていたが、静かになったと思ったら、店の入り口から警吏に引きずられるようにして、アーディンが出てきた。


「あああああ、主人んんんんんんッ! だから言ったのにぃぃぃぃ!」


 追いすがるように手を伸ばして、従者が店の前で突っ伏している。

 その姿を横目に、ガルツとブリックは同情に満ちた眼差しを向けた。


「あーあ……」

「僕、従者さんの心境が一番共感できるな……」


 そして次に頭上へと視線を向ければ、そこにはバルコニーから、連行されゆくアーディンへと笑顔で手を振るスフィアの姿があった。

 実に、見るもの全てを虜にする、満面のきらきらしい笑みである。

 遠くからアーディンの「あっ、スフィア……」という、うっとりとした声が聞こえた。きっと胸を高鳴らせているのだろう。


「なあ、もしかして……あの笑顔が見たくて、今度は自ら連行されるのが癖になったりしないよな……」

「怖いこと言わないでよ」


 しかし、ないとは言い切れないのが、スフィアの恐ろしさである。彼女に関わったものは総じて普通でなくなるのだから。


「まあ、スフィアに会おうとしても、あの従者さんが命懸けで止めると思うよ」


 二人は、袋に拾い集めた金貨を、まだ地面で四つん這いになって項垂れている従者の元へ、そっと置いてやった。帰りの旅費くらいにはなるだろう。




        ◆




 スフィアは店から出て、下で待っていたガルツとブリックと合流すると、何事もなかったかのように再びマミアリアを探しながら街中をうろうろする。


「自尊心の高い殿方って、どうして無理難題ほど挑みたがるものなんでしょうね」


 アーディン=イライハンの性格は分かっていた。

 若くして事業に成功した実業家であり自信家である。そんな彼の競争心と虚栄心をくすぐってやれば簡単だった。


 ――まあ、中国の伝承を参考にしたんだけどね。


 褒姒ほうじの『亡国の笑い』というやつだ。

 しかし、国を滅ぼしたわけではないし、褒姒より充分自分のほうが優しいだろう。

 そんなことを思いつつ、満足げにうんうんとひとり納得していると、隣からげっそりとやつれた声が掛けられる。


「なあ……今日の俺らの目的ってなんだったっけ? 金貨拾い集めるためだけに呼ばれたんだっけ?」

「それがさあ、いつものスフィアの精神破壊活動かと思いきや、驚くことにマミアリアさんの恋愛を見守ろうって趣旨で集まったんだよね。何故か途中から、殺伐としたものが目的にすり替わってたけど」

「あら、私は悪くありませんよ。勝手に惚れてくる殿方が悪いだけで」

「いや、殿方も悪くねえだろ」

「もう覆面して歩いたらいいよ、スフィアは」

「覆面した上で惚れられたら、もっと厄介じゃないですか」

「その自信はどこから来るんだよ」

「自尊心の高さで身分が決まるんだったら、スフィアは世界を統べられると思うよ」


 ははっ、と卑屈に片口だけをヒクつかせて笑うブリックには、もう少し自尊心が必要だと思う。


「僕の家にもっとお金があったら、スフィアみたいになれるかな」


 などとブリックがぼそぼそとひとりごちると、ガルツがブリックの肩を叩いた。


「やめてくれ、悪魔が二人とか手に負えない」


 誰が悪魔だ。

 肘でガルツの脇腹を小突いてやれば、彼は無言で痛みに耐えていた。


「――っでもよ、本当にやり過ぎには気をつけろよ? そのうち、悪女なんて言われるかもしれねえぞ。巷で流行の小説には、『悪役令嬢』なんて題材のものもあるしよ」

「スフィアなら、悪役令嬢って言われても、喜んでそっちに振り切りそうだよね。ていうか、スフィアほど悪役令嬢って名前が似合う人もいないと思うんだけど」

「ふふ、光栄ですね」


 二人は「これのどこを褒め言葉として受け取れるのか」と、首を横に振って苦笑していた。もはや、スフィアの所業は止められないと諦めているのだろう。


 ――ま、それでも私がこの世界のヒロインなんだけどね。


 本当、嫌な役をたまわったものだ。

 愛する人と敵対するヒロインなど、スフィアにとっては障害でしかないのだから。


「さあ! これからもどんどんいきましょう!」

「やめてくれー」

「大人しくしててー」


 久々の再会は、当初の目的は果たせなかったが、やはり貴幼院の頃と変わらない調子で終わったのであった。



 ――異国の商人・アーディン=イライハン  改変完了

 



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