17・覚悟はよろしいですか?
翌日昼休み、ロクシアンとスフィアは学院の屋上に居た。
「なんで屋上の鍵を持ってるんですか……」
「はは、レディとの逢瀬に秘密の空間は必須だろう?」
ロクシアンは指に引っ掛けた鍵を見せびらかすようにくるくると回す。
「つまり、勝手に合鍵を作ったんですね?」
「おっと、お姫様との逢瀬にはもってこいの良い天気だねぇ」
スフィアの問いなど聞こえないといった風に、ロクシアンは飄々と屋上を歩き回る。
――予想以上に遊び人だわ。
スフィアは瞼を重くして湿った目でロクシアンを眺めた。
「それで、姫。この様にお誘い頂いて大変光栄なのですが、一体どの様なご用でしょうか? 実は単に私との逢瀬を――」
「ほほほ、無いですね」
ロクシアンに最後まで言わせる事なく、一刀両断の元に伏す。彼はなんとも哀愁漂う顔を見せたが、そんなものに構っている暇はない。
「冗談はそのくらいにして……ナザーロ先輩の事ですわ」
その言葉にロクシアンの表情も一瞬で険しくなる。
「先輩。そのナザーロ先輩に近付く令嬢について、詳しく教えて頂けませんか?」
「令嬢の名は、『ラミ=ランドール』。ランドール子爵家令嬢さ」
ロクシアンは彼女の事について、皮肉に口を歪めながら話してくれた。
ラミがナザーロと親しくし始めたのは、半年程前からだった。
最初はただのクラスメイトという立場だったのが、気付いたら共に居る時間が増えていた。それ自体は別に悪いという事はない。
彼女の好意がナザーロに向いている事もロクシアンは知っていたし、ナザーロもまんざらではない様だった。
ラミは特に目立つような令嬢ではなかった。男遊びの噂も聞いた事ない。真面目で奥手なナザーロには相応しい子だとロクシアンは思っていた。
「初めはね――」
「初めは……。ロクシアン先輩はどうしてラミ先輩の違和感に気付いたんですか?」
スフィアが首を傾げれば、ロクシアンはフッと微笑んで、腰辺りにあったスフィアの頭を優しく撫でた。
「まあ、僕はナザーロと違って女友達が多いからね。色々と嫌でも耳に入ってくるんだよね。女の足の引っ張り合いというか、無駄な結束感というかさ……と言っても、まだ一年生の純粋な姫にはちょっと理解し辛いかな?」
――いえ、分かりますとも。純粋な時期はとうに前世に置いてきましたから!
とは言えず。かといって、たかだか一年生の立場で理解を示すのもおかしな話なので、スフィアは無難に微笑みだけを返した。
それをロクシアンは「分からない」と取ったようで、苦笑すると簡単な言葉で説明してくれた。
「えっとね、要は公爵家のナザーロを狙うラミ嬢の事を良く思わなかった令嬢達が、僕を介して彼女をナザーロから引き離そうとしたの。ラミ嬢の悪口を吹き込んで」
しかし、その悪口というのもあながち捨て置けるものではなかった。
「ランドール家が事業に失敗して借金を抱え込んだと時期と、ラミ嬢が僕達に近寄ってきた時期がぴったりだったんだよねぇ」
「それは……偶然という事はなかったんですか?」
ロクシアンは緩く首を横に振った。彼の艶の良い長めの髪が、さらさらと揺れる。
「偶然なら、彼女がナザーロの彼女になろうが、奥方になろうが、構わなかったんだけどね――」
ロクシアンはラミにかまを掛ける事にした。
ラミに「自分と付き合わないか」と。ナザーロへの好意が本物ならば彼を理由に断ってくれると思ったから。
「でも、現実は自分の理想通りには運ばないもんだね」
「彼女は何と?」
「『バレル子爵家ごときとは付き合えない』って」
そう言った時の彼は、悲嘆するでも憤慨するでもなく、ただただ眉を下げて笑っていた。
「ラミ先輩は……ご自身も子爵家なのに……」
「まあ、うちもランドール家程ではないけど裕福な家とは言い難いからね。それは言われても何も感じなかったさ。ただ、おかげで噂は本当だったんだって。確信を得るハメになったのは少し悲しかったよ」
「彼女はロクシアン先輩にバレたにも関わらず、まだナザーロ先輩の側に居るんですか?」
「うん。すっごいよね、彼女。面の皮が厚いっていうか……欲が強いというか……」
スフィアは未だ見ぬ彼女を、脳内で作り上げる。
――我が強く、自分の為なら簡単に人を欺ける。しかも、ロクシアン先輩とナザーロ先輩を天秤に掛ける冷静さもある。その全てはランドール家の為。
「実によくわかりました。大丈夫ですよ、先輩」
思案顔をしていたスフィアは、満面の笑みで顔を上げた。
「今日の放課後、ここにラミ先輩を呼んでおいて下さい」
「ここに? 彼女一人?」
「ええ。後は私だけで何とかなりますので!」
そう言った時、丁度良いところで昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。二人は屋上の扉に鍵を掛けると、それぞれの棟へと別れる。
「あ、先輩! それと――」
最後にスフィアが投げた言葉にロクシアンは一瞬目を丸くしたが、すぐに「了解」と言って破顔した。
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