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【書籍化】ごめんあそばせ、殿方様!~100人のイケメンとのフラグはすべて折らせていただきます~  作者: 巻村 螢
第四章 推しとハッピースクールライフ!

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33 のんびり~とはいきません

「カドーレ……? どうかしましたか」


 彼は瞬きを思い出したかのように、パチパチと瞬きを数回繰り返すと、いつもの平板な調子へと戻る。


「あ、いえ。見慣れない女性と一緒にいるので、驚いてしまいました」


 カドーレの視線は、スフィアの隣にいるベレッタに向けられていた。

 スフィアが視線を追ってベレッタを見上げると、今度はベレッタの様子がおかしかった。まるで先ほどまでのカドーレと同じように、動きを止め目を丸くしている。

 カドーレの時と同じように呼びかけると、やはり同じようにハッとして我に返っていた。


「あ、いや、ごめんね。知り合いにちょっと……似てて。はじめまして……ベレッタよ」

「はじめ……まして……カドーレです」


 自己紹介を終えたというのに、まだぎこちなさが二人の間にはあった。二人とも人見知りをするタイプだっただろうか。特にベレッタなど「やあ、姫のお友達かい! よろしくね」と肩くらい叩いてそうなのに。


 ――まあ、確かに。ガルツやブリックと比べたら、カドーレは真面目な印象があるし、そういうのを受け入れられなさそうだもののね。


 などとひとりで納得していると、カドーレは手にした袋を抱えなおし、くるりとスフィア達に背を向けた。


「すみません。リシュリーに頼まれた買い物が残っているので、僕はここで」


 学外でも、リシュリーとカドーレの関係性は変わらないらしい。

「また学院で」と、遠ざかっていくカドーレを手を振って見送ったスフィアと、彼の背中が見えなくなるまで静かに見送るベレッタであった。




        ◆




 翌日、学院のロッカー前で授業の準備をしていると、カドーレがやって来た。

 昨日ぶり、などと言った挨拶を交わすも、やはり昨日と同じくどこか、彼の様子がおかしい。辺りを窺うように視線をキョロキョロとさせ、いつもより近い距離で話しかけてきた。


「スフィア、すみませんが、あの女性の連絡先など知っていますか?」

「あの……ああ、ベレッタ姐さんですか。知ってますが、どうしてです?」


 すると、カドーレは少し面映ゆそうに頬を掻きながら、目を伏せる。


「あの……綺麗な女性だなと思いまして……手紙などを……」

「まあっ! お年頃!」

「どんな感想なんですか、それ……」



 ――あら? でもカドーレってリシュリーのことが好きじゃなかったかしら?


 しかし、彼自身がはっきりと好きだと言ったわけではないし、もしかしたら勘違いだったのかもしれない。


「ベレッタ姐さんですが、今は私の家にいるんですが、近々王都に引っ越しますので、新しい住所を聞いて後日お教えしますね。その際、姐さんにカドーレのことを伝えても?」

「ええ、伝えてもらっても大丈夫ですが……今、スフィアの家にいるんですか?」

「ええ、家捜しのために一昨日から。本当はもう少しいてほしかったのですが、思ったよりも早く家が見つかりましたので。今日も必要な荷物を揃えているでしょうし、数日したら引っ越すと言っていましたよ」


 カドーレは「王都」とぼそりと呟くと、そのまま思案するように腕を組んでしまった。しかし、スフィアが声を掛けるよりも早く、カドーレは思考を終える。


「そうなんですね。では彼女の了解がもらえたら、そちらの住所を教えてください」

「もう春は過ぎたというのに、こんな近くに春が来るだなんて。カドーレも隅に置けませんねえ」

「揶揄うのはやめてくださいよ」

「うふふ、他人の春ほど楽しいことはないですからね。でも、カドーレったら……姐さんのような、グラマラスなお姉様系が好きだったんですねえ。なるほどなるほどぉ」

「そのニヤけた顔、やめてください」


 意外だが、アリな気もする。

 いつも端然としていて、貴幼院の生徒会時代も、ひっそりと裏から物事を支えるという感じだったカドーレ。同じ歳にしてははしゃいだところもなく、リシュリーの執事のような役割も担っているおかげで、他よりも大人びて見える。

 そんな彼が、より大人の女性を求めるのも分かる気がする。


「リシュリーには秘密にしておきますね」


 こそっと耳打ちすれば、「それは助かります」とカドーレは、満更でもない様子だった。




        ◆



 

 ベレッタの引っ越しを終え、カドーレへ彼女の連絡先も渡し終え、再びレイランド家にのほほんとした日常が戻ってきた。

 ベレッタがいたのはほんの数日だったが、彼女はあっという間にレイランド家の者達と仲良くなっていた。学院から帰ってきたら、レミシーとお茶をしているのなんて毎度のことで、時にはマミアリアと何やらコソコソと裏庭に出て行ったり、ジークハルトやローレイとも晩酌を共にしていたりもした。

 恐るべし、限界突破陽の者。


『何かあったら、あたしかお兄さんに遠慮なく頼りな』


 と、彼女は去り際に言ってきた。なぜ兄にまで言及するのかと不思議に思ったが。


『随分とイイ男だからさ』


 とウインクを添えて言われれば、もしやとの疑念が生まれる。


『……兄様も立派な殿方だったんですね』

『何かは分からないが、とんでもなく遺憾な勘違いをされているような気がするよ、スウィーティ』

『夜な夜な晩酌は楽しかったでしょうとも』

『あらぬ疑いを掛けられている気がするんだ、スウィーティ』


 彼も二十五歳と良い年だし、そこは大人同士に任せるとしよう、とスフィアはひとり納得した。

 万が一、ベレッタならば義姉になってくれても大歓迎である。


『兄様、教会式と人前式どちらがいいですかね?』

『スウィーティ?』


 兄から解放される日も近いのかもしれない。




 さて、確かにのほほんとした日常がレイランド家には戻ってきたのだが、あるひとりの者にとっては、とてものほほんとできるような状況ではなかった。


「たっ! たたたたた大変です、お嬢様!」


 高速でノックを繰り返し、入室の言葉からコンマ秒で入ってきた侍女――マミアリアは、顔を真っ赤にしてスフィアに抱きついた。


「どうしたんですか、そんなに慌てて!?」

「どどどどどうしましょう!」


 ひしっ、としがみつくマミアリアを離し、落ち着けと肩を撫でる。彼女の震える両手には、真っ白な封筒が握られている。


「デ……」

「で?」

「デートに誘われてしまいましたあ!」

「まあっ!」


 どうやら、どこもかしこも春を忘れられないようだ。




        ◆




「――で、なんで俺達まで召喚されてんだよ?」

「まあ、こんなことだろうと思ったけどさ……僕たちそんなに暇じゃないんだよ」


 盛夏を迎えた清々しい王都の街の陰で、男二人は赤髪の少女を目の前にして、深い深いため息を吐いていた。


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