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【書籍化】ごめんあそばせ、殿方様!~100人のイケメンとのフラグはすべて折らせていただきます~  作者: 巻村 螢
第四章 推しとハッピースクールライフ!

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27 裏の裏側で

 彼は、まともに人を呼べないのだろうか。


 ――いえ、昔からこの男はそうだったわね。


 いつでもどこでも人を引きずり込む。まったく、とスフィアは溜息を吐きつつ、腕を引いた主を振り向く。


「グレイ様。人の手を引くより、まずは声を掛けるということを覚えてくださいませ」


 じっとりとした目を向けた先には、ひとつに結わえた灰色髪がトレードマークのグレイがそこにいた。


「あっはは、君には昔から逃げられてばっかで、見つけたらまず捕獲をってつい身体が動くんだよね」


 まさか、こんなところで逃げ続けた弊害が出てこようとは。


「そういえば、父と兄も来てるのですが、お会いになりませんでした?」

「ああ、チラッと挨拶だけしたよ。ジークハルト卿は兄上と話していたね」

「チッ!」


 ジークハルトがグレイを引き留めるだろうと思っていたが、計算が狂った。


「嬉しくないことに、君の考えていることが手に取るように分かるよ。令嬢がしていい顔じゃないって……」


 たちまちグレイは肩をしょんぼりと縮こめ、顔も濡れた犬のようにしゅんとなっている。


「スフィアは、そんなに俺に会いたくないのかい?」

「会いたい会いたくない以前に、私は、私に好意を持って近付く者を許さないだけですから」

「あ、会いたくないわけじゃないなら良かった。それなら大丈夫」


 すっくと背筋をの伸ばし、一瞬できらきらしい王子顔に戻るグレイ。

 近付くなとはっきり言っているし、何も大丈夫なことはないのだが。


 ――メンタル強度っていうか、硬度が以前より増してない?


 超合金越えて、オリハルコンくらいはありそうだ。


「それより、何か見ていたようだったけど……何か面白いものでも見つけたかい?」


 グレイは目の上に手でひさしを作って、先ほどまでスフィアが見ていた方向を遠望する。


「あ、いえ、面白いものというより、知り合いっぽい方を見つけまして」

「誰だい?」

「アルティナお姉様のところの使用人です。顔は見えなかったのですが、恐らくエノリアという……」

「アルティナのところの? 変だな。アルティナも大公閣下も、今日王宮に来ているわけでもないし」

「どなたかへのお使いとかでしょうか?」

「王宮への使いをそんな新人に任せるはずがないんだけどな……んー……」


 顎に指を添えて難しい顔をするグレイは、こうしていればまともな王子に見えるのだが。何せ、スフィアの前では大抵緩んだ顔をしているため、彼が王子であることすら時折忘れている。


「そのエノリアは使用人服を着ていたのかい? よく見る黒の」


 スフィアは頷いた。使用人服と執事服は羽織っているコートの丈や形が違うだけで、基本的にどこでも大差ない黒だ。


「じゃあ、もしかして見間違えかもしれないな。ほら、王宮にはここの使用人も、王宮を訪ねた貴族の使用人もたくさん居るから。似たような背格好の人を間違えたのかも」

「そう……かもしれませんね」


 まあ、エノリア本人だろうとなかろうと、特に用事があったわけでもなし、スフィアはそれ以上は気にしなかった。


「それで、グレイ様は何か私にご用ですか?」

「用がないと会っちゃ駄目なのかい?」

「駄目ですね」

「そんな間髪容れずに……まあ、分かってたけどね」


 無駄に誰かに会う時間があるのならば、無駄にアルティナに会いに行くに決まっている。時間は有限なのだ。限りある限りアルティナのために使うと生まれる前より決めている。


「そうそう、学院では何か変わったことはないかい?」

「特に。友人とお姉様と、とても楽しい学院生活を送れておりますわ」

「本当か? この間、王宮に訪ねてきたアルティナが、スフィアのことを心配していたんだが……『自分は慣れているから良いが、スフィアにはキツいのではないか』って……詳しいことは話してくれなかったから、よく分からなかったが」


 腕組みして首を傾げたグレイは、何気ない日常会話として発したのだろう。

 しかし、この言葉はスフィアにとてつもない多幸感を与えた。スフィアはたちまち眉も目尻も口端もとろけさせ、恍惚とした表情で自らの頬を手で包む。


「っっっお姉様が私の心配をををををを!? ああん! やだっ、私のいないところで言うということは、本気の本心で心配なさってくださっていたんですね!? 私にはツンな顔ばかり見せて、裏ではそのように心配してくださるだなんて! 何という女神!? ツンデレ女神降臨! グレイ様、今すぐにアルティナお姉様の神像を新造いたしましょう!! 王宮の前庭にどーんと!!」


 鼻息を荒くして「王宮にアルティナ像を建てろ」としがみついて迫るスフィアを見て、グレイは『どうして自分は彼女が好きなんだろうか』と少々思ったり思わなかったりしたとか。


「その顔の少しでも俺のために向けてくれたらいいのに……まあ、諦めてるが……とにかく、学院で何かあったらすぐに俺に言うんだぞ」

「どうしてです? グレイ様には関係ありませんよ」

「関係ない場所だから……目が届かないからこそ、不安なんだよ」


 腕にしがみついたままだったスフィアの手に、グレイの手が撫でるように重ねられる。

 不意に纏ったグレイの真剣な雰囲気に、スフィアの動きも止まる。


「大丈夫……スフィアは誰にも渡さないから」


 見つめてくる彼の眉宇は、不安なのか悲しみなのか、強く歪められていた。何度も何度も好きだとか渡さないとか、同じ台詞なら言われてきた。しかし、どうしてかこめられた意味が今回は違うように思える。


「グレイ……さ、ま……?」


 しかし、その雰囲気も彼の長めの瞬きによって立ち消えた。


「そうだ! 王都に美味しいスイーツの店があるんだが、今度一緒に行かないか」

「いえ、スイーツはしばらくは……」


 蘇る、先ほどのわんこそばならぬ、わんこスイーツ。思わずうっぷと口を押さえる。


「そうかそれは残念だな。アルティナが行ってみたいって言っていた店だし。だったら俺がアルティナだけ誘って――」

「しっかたありませんねえ~グレイ様ったら! そこまで言われるなら着いていって差し上げますよ! いつですか? 明日ですか? 明後日ですか? 今日ですか?」

「いつも思うが、君の掌返しは風圧がすごいな。王宮も吹っ飛びそうだ」

「アルティナお姉様のためなら、手首がねじ切れてでもぐるんぐるん返しますわ!」

「怖い……」


 ちょうど、グリーズと話を終えたのだろうジークハルトの「グレェェェェェェイ!」という叫声が王宮の中から聞こえれば、二人は顔を引きつらせながら大人しく王宮へと戻っていった。


「あ……お姉様とのデートのセッティングは、半月位内でお願いしますね」

「完全に仲介人扱いされてるな、俺」




        ◆




 王宮へと入っていくグレイとスフィアの背中を、使用人服の青年が密かに見つめていた。


「やっぱり王子様と仲いいじゃんね、スフィアちゃん。ははっ! かっわいそ~主。片想い決定だ」


 グレイは見間違いだと結論づけたが、しかし、スフィアの認識は正しかった。

 使用人服の青年はエノリアだったのだ。


「制服って便利なもんだね。適当にウェスターリ家から届け物があるとか言えば、こんな奥まで侵入しても咎められないんだもん。本当、平和な国だよ」


 平和で、なんとつまらない国だろうか。


「ん? スフィアちゃんって公爵家の息子と付き合ってなかったけか? でも王子様とも仲が良い? まあ、モテるだろうしあのくらい普通なのかな。……ってことは、主にもチャンスあるじゃ~ん!」


 本人は認めないが、エノリアには彼がスフィアに恋しているようにしか見えない。


「まあ、オレ達の一族は少しねじ曲がってるからなあ……あの女も歪んでるし。主のあの執着は間違いなく恋だってのに……ふはっ、いっつもそう言うと顰めっ面になるんだよな、主は」


 その顰めっ面が面白くて、会うたびに揶揄ってしまう。


「さて、スフィアちゃんはうちのお嬢様が大好きなんだよな~。どうしよっかな~どうしたら、スフィアちゃんと引き離せるかな~?」


 身体を右に左にゆらゆらと揺らしながら考えていれば、背後に近付いてくる人の気配があった。


「おい、お前! そこで何をしている!」


 見回りの衛兵だろう。

 エノリアは振り向くと一緒に、先ほどまでの気怠い雰囲気を消す。


「失礼いたしました。使いの帰りなのですが、なにぶん王宮は不慣れなもので迷ってしまいまして」


 しかしまだ警戒の解けない衛兵に、エノリアは「ああ」と懐から一通の封筒を見せた。


「私はウェスターリ家のものです。今日はブリュンヒルト侯爵様への使いで」


 封筒には、ブリュンヒルト家の家紋が入った赤い封蝋が押してあり、そこでやっと衛兵は剣の柄から手を離す。


「大公閣下の……それは失礼しました。では、正門までご案内いたしましょう」

「助かります」


 エノリアは綺麗に腰を折ると、衛兵と並んで王宮を後にした。



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