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【書籍化】ごめんあそばせ、殿方様!~100人のイケメンとのフラグはすべて折らせていただきます~  作者: 巻村 螢
第四章 推しとハッピースクールライフ!

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24 教祖爆誕!



 どうしてサリューナの友人である彼女達が、素直にスフィアの言うことを聞いたかというと――。

 



 放課後、空き教室のひとつ。


「さあ、皆様。メモのご準備はよろしいでしょうか」


 教壇に立ったスフィアの号令が響き渡れば、生徒側で着席している令嬢達から、「はい、先生!」という一糸乱れぬ綺麗な返事が返ってくる。その声は期待に満ち満ちている。生徒側にはアイリスはじめ、スフィアを『憎きもの』とした視線を向けていた二年生女子がこぞって集まっていた。


 その様子を教室の後ろの扉から、こっそりと盗み見るリシュリーとカドーレ。


「スフィアったら、『男の心を思い通りにする講座』を開いてるって言ってたけど、どういう内容なのかしら」

「講座名が既に恐ろしいですが、怖いもの見たさで僕も来てしまいました」


 ヒソヒソと二人して声を潜め、先生役であるスフィアの声に集中する。





「――で、一度意識させると、そればかりが目に留まる。これをカラーバス効果と言います」

「先生、それってもしかして……」

「はい、その通りです、リリお姉様。ロイ先輩に『あなたのことが少し気になっている』など、どうとでもとれる台詞を使うことによって、相手に強く意識させる――という方法は、このカラーバス効果を使ったものですね。その後は、向こうが勝手に目で追ってくれ、チラチラと視線を返せば一丁上がり」


 その結果がこちらです、とばかりにスフィアが掌でリリを示せば、「おおー」と賞賛の声が飛び、リリが照れくさそうに赤面していた。

「先生、他には!?」と、令嬢が鼻息を荒くして先を促す。


「ふふ、落ち着いてください。まだ方法は色々とあるんですよ」


 眼鏡などないくせに、こめかみの辺りで指を上にこするスフィアの様は、完全に教師になりきっている。


「ザイオンス効果! 複数回接触することで、接触者への好感度や評価が高まっていく! 好きな殿方にはガンガン近寄っていってください。朝の挨拶だけでも可!」


 一斉に、ノートの上をペンが走るカリカリとした音が響き渡る。


「え、怖っ。授業よりも皆真剣にノートとってるわ」

「こんな殺気立った鋭いペンの音は生まれて初めて聞きました」


 カリカリとした音の中、スフィアがさらに吠える。


「ベンジャミン・フランクリン効果! 人は親切にした相手に好意を持ちやすい! よって、わざと目の前でピンチに陥ってみせ、好きな人に自分を助けさせる! ドジっ子属性もこれを利用したものです!」


 カリカリカリカリ。


「好意の返報性! 相手から何か受け取った場合、同程度のものをお返ししたくなる! ここで金に物を言わせるのはタブーです。過ぎたるは及ばざるがごとし! やり過ぎはマイナスです! 顔を洗ったあとにハンカチを差し出すくらいがちょうど良い!」


 カリカリカリカリカリカリ。


「ねえ、学院に来てそうそう顔を洗うことってある?」

「まあ、体育会系のクラブなら……」

「局地的なタイミングね」


 冷静な反応を見せるリシュリーとカドーレに反して、教室の中の熱気はどんどんと高まっていく。

 当の先生役であるスフィアも拳を握り、天高く突き上げる姿は、絶高調としか言いようがない。


「さらに、スリーセット効果にツァイガルニク効果を掛け合わせることで、前述のカラーバス効果を発動! 人の印象は出会ってから三回以内で決定されるというスリーセット効果。ここに、中断している事柄のほうが記憶に残りやすいというツァイガルニク効果を持ってくることで、『あの子の印象が定まらない、気になる!』からの、カラーバス効果でターンエンド!」


 もはや何かの詠唱呪文のようであるが、生徒達は律儀に一言一句漏らさず、カリカリカリカリカリカリとノートにペンを走らせた。はたしてなんのターンがエンドしたのか、恐らくノートを取っている者で分かっているものは誰も居まい。


 教卓に腕をついてぜぇはぁと息を荒くするスフィア。

 出し切った感をだしているが、声以外何も出していない。しかも講義が始まってまだ五分。


「ふふ、皆様……ここまで付いてくるとは流石ですよ」

「せ、先生……っ!」

「もっと私達に教えを! 先生!」


 だというのに、なぜか教室の中には、妙な感動的一体感が生まれつつあった。なんの青春劇を見せられているのか。その顎からしたたり落ちているものはなんだ。したたる汗をかくほどのことは何もやっていないだろう。


「もう、皆さんったら。本当に良き生徒ばかりで、先生嬉しいです」


 完全に、役に没入している。


「僕、こんな先生嫌です」

「あら、スフィアの新たな一面が見られてあたしはアリ――お黙り、カドーレ」

「……何も言ってませんが」

「目がうるさいのよ」


 信じられない者を見るような目でリシュリーを見ていたと自覚のあるカドーレは、相変わらず異常性癖の幼馴染みからそっと視線を教室内へと戻した。


「では、これで最後ですよ、皆様」


 熱気のこもった声音から一変して、スフィアは口元に薄い笑みを浮かべ、静かに述べる。


「ウィンザー効果。当人よりも、第三者が発信した情報のほうが信用されやすい。自分でアピールするより、他人から良い評価をされている人のほうが魅力的に映るし、逆もしかり」


 くしくも、それはサリューナがスフィアとアルティナを陥れるために使った手であった。

 サリューナは自ら動かず、ごく少数の近い友人にそれとなく泣き言を言っただけある。

 あとはその友人達が周囲に話したことで、片方の言い分しか聞いていないし現場も見ていないのに、ここまで噂が広まることとなった。


「皆様、心理学は正しく使いましょうね」


 スフィアが、最後に笑顔と共にそう添えれば、生徒達から「ありがとうございました!」との礼が飛んだ。

 確かに、スフィアは正しい心理学の使い方を教えたのだろうが、なぜかこの集団が悪の教育機関にしか見えなかったリシュリーとカドーレであった。

 二人は「こういうことだったのか」と、ことの真相を見届けると静かに扉を閉めた。


「本当、あの子といると退屈しないわね。最高だわ」

「最高という点は置いておきますが、確かにスフィアの周囲は常に賑やかで、退屈はしませんね。しかし、これは心理学の悪用では?」

「あら、彼女は知識を正しく使って、それを広めただけよ。何も悪いことなんてないわ」

「そう……ですね、確かに。失礼しました」


 確かにスフィアは想い人とくっつけただけで、悪いことはしていない。なのに、なぜか釈然としない。しかし、彼女の行いを見てきた自分の偏見だろう、とカドーレは申し訳なさそうに肩をすくめる。

 さて、事の真相も分かったし帰ろうか、と扉の前から立ち去ろうと二人は腰を上げる。しかし、聞こえてきた言葉に二人の足は止まった。


「それでは……いつも通り、講義終了の号令三唱といきましょうか」


 教室の中かから聞こえてきた、聞き慣れないスフィアの言葉に、二人は顔を見合わせ「号令三唱?」と、首を傾げる。

 次の瞬間、扉の内側からスフィアの魂の叫びと、令嬢達の復唱が廊下にまで響き渡る。


「男は落とすもの! アルティナ様最高! はいっ!」

「男は落とすもの! アルティナ様最高!」


 幻聴だろうか。


「いつまでも、あると思うなチャンスと男! アルティナ様女神! セイッ!」

「いつまでも、あると思うなチャンスと男! アルティナ様女神!」


 いや、幻聴ではない。閉まった扉がビリビリと震えているのだから。


「落ちぬなら落としてみせよう、力ずく! アルティナ様万歳! ラストォ!!」

「落ちぬなら落としてみせよう、力ずく! アルティナ様万歳!!」


 幻聴であってほしかった。復唱する令嬢達の声は、実に生き生きとしている。


「……正し……く……?」


 俗に、これを人は洗脳と呼ぶのではないか、とカドーレがリシュリーに目で問えば、彼女は天を仰いでいた。


「……正しいのよ…………」


 スフィア全肯定派の幼馴染みの愛が試される日がくるのは、そう遠くないのかもしれない。



 

        ◆





 今までよく家に様子伺いに来てくれていたアイリスの様子が、次第におかしくなっていった。

 ある日を境に、家に来てもソワソワし、次第に目もあわせなくなった。家に来る頻度も減り、最後は、あのアイリスがスフィア達の肩をもつようになったのだ。

 何かがおかしいと、サリューナが急遽学院にきてみたら……手遅れだった。

 スフィアに向けていたはずの悪意の籠もった視線や、嘲笑は、全て自分へと向けられていた。


「ど、どういうことよ!? なんで私が、男遊びの激しい嘘つき女みたいなことになってるの!?」


 ずっと学院を休んでおり、アイリスによってもたらされる情報のみでしか、学院内を知ることができなかったため、何が起こったのかサリューナにはまるで分からない。

 いつも一緒にいたアイリスを含めた四人の友人達は、挨拶をしても曖昧な作り笑いを浮かべてさっさとどこかへと行ってしまう。


「あら? サリューナ先輩ったら、もうお加減はよろしいのですか?」


 するとそこへ、一番聞きたくない声の女がやって来た。


「アイリス先輩達から、長らく学院をお休みしていると聞き、とても心配したんですよ?」


 目障りな赤髪を揺らしながらやってくる彼女は、腹立つことに、一瞬息をするのも忘れてしまうくらいに美しい。


「あ、あんた……っ、これはどういうことよ……!」

「あらあら、私の前では猫を被ってくださらないんですね。悲しいですう」

「ふざけないで!!」


 やはりこの女が何かしたはずだ。アイリスから噂を流した当初は「戸惑っている」と聞いていたのに、今の彼女には戸惑いなど少しもない。それどころか悲しいという顔は、クスクスとした酷薄な笑みに彩られている。

 足を止めることなく、コツリコツリと廊下にヒールを反響させながら、どんどんと近付いてくる。止まる気配のないスフィアに、思わずサリューナのほうが一歩後退る。


「他人を動かして、自分だけは綺麗でいようだなんて虫が良すぎますよ、先輩。他人を不幸たらしめたいのなら、自分の手を汚さなければ。だから……」


 ポン、と肩にただ手を置かれただけなのに、サリューナはそこから一歩も動けなくなってしまった。


「こうやって足元を掬われるんです」


 すれ違いざまに耳元で囁かれた声は、勝ち誇っていた。


「今度またお姉様に手を出したら、次は学院の女子の間だけではなく、社交界にもいれなくしてさしあげますからね」

「……っ……!?」


 通りがかりにきっちりと威嚇されたサリューナは、顔を青くしてその場で床にへたり込んでしまった。



 

       ◆




「お待たせしました、アルティナお姉様」


 いつかの教室には、やはり先に彼女が来て待っていた。

 こちらに背を向けて顔だけで振り返る様は、女神の彫像のように美しい。金色に浮かぶ青い瞳は教室に影が射そうと、曇ることはない。


「今そこで、あなたの声が聞こえたようだけど……誰かと話していたかしら?」


「ああ」と、スフィアは後ろ手に扉をきっちりと閉める。


「虫がいたので払っていただけですよ、ご安心ください」


 アルティナは「そう」とだけ相槌を返した。

 何食わぬ顔をして、スフィアはアルティナの隣に並び、同じく窓の外を眺める。


「ねえ、スフィア」

「なんでしょう、お姉様」

「急にあの噂を聞かなくなったのだけれど……あなた、何か知らなくて?」

「あら、そうなんですか? お姉様のお言いつけ通り、まったく気にしてませんでしたから分かりませんでしたわ」


 ふふ、と口元を指で隠し清楚に笑うスフィアを、アルティナは横目に映す。


「元々、根も葉もない噂でしたから、消えるのもあっという間だったんでしょう。皆、アルティナお姉様がそんなことするはずがないって、知ってますもの」

「……そういえば最近あなた、二年生と仲良くしていたようじゃない。一緒に歩いている姿をよく見たんだけど」

「授業が一緒で、仲良くなっただけです」

「そう」

「はい、それだけです。あ、もしかしてヤキモチですか!? それこそ安心してください! 私がひっつきたいのはお姉様だけですので!」

「何も安心できないのだけれど……」

「私はお姉様の防護服ですから。きたる攻撃全てからお守りしますよ!」

「いったい、なぜ私は討伐対象になっているのよ。何が私を襲ってくるっていうの」

「そんなの、お姉様の全知全能才色兼備さに嫉妬した輩ですよ!」


 言いながらひしっと腕に抱きついてくるスフィアを、アルティナは溜息でもってみつめた。


「今まさに攻撃を受けているのだけれど、誰か討伐してくれないかしら」

「どこですか!? そんな不届き千万な奴、今すぐ私が滅殺してきます!」

「……私の左腕に巻き付いているわ」

「どこですか!? 見えない攻撃にさらされていますよ、お姉様!」

「…………」


 サリューナの件、噂が流れたのはアルティナとスフィアについてだった。

 しかしアルティナの方については、比較的早く噂が消えてしまった。もちろんアルティナ自身なにもしていない。勝手に消えるまで放置しておくのが一番だと思ったし、このような手合いの噂は昔から慣れている。


 だから、噂が流れていると気付いても「またか」としか思わなかった。三年生の女子も分かったもので、静観の構えをとっていた。下手に関わって家にまで飛び火するほうが危ういし、アルティナも友人にそのようなことを望まない。

 しかし、あっという間に消えたと思ったら、その裏でちょこまかと動いている誰かがいた。


 よく目立つ赤い髪の女子生徒。

 今までブリュンヒルト家の令嬢と一緒にいたのに、ある日を境に隣にいる者達がガラリと変わった。

 ある日――それはスフィアを呼び出し、噂について聞いた日。

 どうしてスフィアが彼女達と一緒にいたのか、彼女達に何をしたのか、それは分からないし、知らなくて良いと思う。

 腕に巻き付いた彼女が、「知らない」と綺麗な顔で笑うのだから。


「スフィア、いい加減左腕が暑苦しいわ」


 けれど、アルティナは「離れなさい」とは言わなかった。


「それと、最近すれ違いざまに二年生の女子から、『アルティナ様万歳!』とかいう挨拶を貰うようになったんだけど……あなた、何かしらない?」


 じっとりとした目で隣を見つめれば、スフィアは「さ、さぁ?」と視線を泳がせていた。

 本当、嘘が下手な子だ。


「お姉様、学院は楽しいですか?」

「ええ……そうね。まったく退屈しないわ」


 スフィアの「良かったです」と呟く声に、アルティナは目を細めた口元を僅かに緩めた。




 

 後日、やはりサリューナは学院から姿を消した。

 また休んでいるのかと思ったが、どうやら今回は転校したようだった。


「あの程度の悪意に耐えられないようじゃ、どだいヒロインも悪役令嬢も無理なのよ」


 是非とも、転校先では慎ましやかに生きていってほしいものだ。

 アルティナを害しようとすれば痛い目を見る、というの教訓をしっかり胸に刻んで。








お久しぶりです。ながらくお待たせしてしまってすみませんでした。

また続けていきますので、よろしくお願いいたします。

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