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【書籍化】ごめんあそばせ、殿方様!~100人のイケメンとのフラグはすべて折らせていただきます~  作者: 巻村 螢
第四章 推しとハッピースクールライフ!

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22 反撃開始

 最近、アイリス達の昼食時間はもっぱらこの話題だった。


「本当、サリューナが可哀想だわ」

「サリューナ嬢もよく今まで我慢していたものよ。私なら頬を打ってるわ。アルティナ様にはまあ……ちょっとできないけれど」

「けれどあの下級生は許せないわよ! 先輩の殿方を奪うだなんて! 本当、顔が良い子って中身は最悪なのね!」


 友人であるサリューナはまだ学院に出てこない。四人の女子生徒は円卓を囲み昼食を口にするも、その表情はまったく食事の味など感じないとばかりの苦々しいのも。


「ねえ、アイリス。サリューナの様子はどうだったの?」

「気持ちの整理がついたら行くっては言ってくれたけれど……可哀想に、すっかり元気がくなって、今にも折れてしまいそうな儚さだったわ」


 アイリスの言葉に友人達は「あぁ」と同情的に瞼を閉じた。


「私、今度あの下級生を見たら、本当に頬を打っちゃいそうだわ」

「まあっ、痛いのはできれば遠慮したいのですが」


 突如、会話に割り込んできた友人以外の声音に、アイリス達は驚いてガタガタと一斉に椅子を引く。

 いつの間にか同じ円卓に()()も座っているではないか。


「あっ、あなた! スフィア!!」


 輝くような赤髪は、彼女が誰と名乗らずとも充分な名刺である。

 思わず円卓のひとりが声を上げ、スフィアの名を呼べば、スフィアは「はい」と愛らしく返事をした。

 一気に円卓の空気が緊張する。


「よくのこのこ私達のところに来られたものね。私達がサリューナ嬢の友人だとご存知かしら?」

「当然ですわ、お姉様方」


 スフィアは、この間見たときとは多少雰囲気が違っていた。大きなリボンで纏められた髪型ではなく、何の飾りもついていない梳き流しの髪型、少し毛先が内側にカールしており、控えめな印象を受ける。


「実は、お姉様方がどうして私にそのような目を向けるのか聞きまして……」

「はんっ! それで文句を言いに来たっていうの? 残念ながら――」

「いいえ、誤解を解きに来たんです」


 スフィアの言葉に全員が「は?」と口をポカンと開けた。


「サリューナお姉様にそのように思われていただなんて……私、まったく知らなくて……」

「い、今更謝っても遅いのよ! あなたや……アルティナ様のせいで、あの子がどれだけ傷ついたと思っているの!? どうせわざとサリューナの好きな人に色目を使っていたんでしょう」

「そんな……誤解です。特にアルティナお姉様については、完全完璧の完膚なきまでに純然たる誤解です。アルティナお姉様は、あのように毅然としてお美しい方ですから、何もせずとも殿方の方から寄ってきてしまうのです。偶然、サリューナお姉様の好きな方がアルティナお姉様の後光が差すような御姿に惚れたとしても、それは男の移り気が原因でしてアルティナお姉様には微塵も責任はございませんわ。ええ、ええ、アルティナお姉様は裏で他人のものを奪ったりするようなお方ではありませんから。あのお方は、やるときは堂々と正面切って奪いに来られる、とても気っ風の良い国宝級美女なんですよ」


 はぁ、と憂鬱そうにため息を吐きながらも、アルティナのことに関しては嘘のように賛美を混ぜながら全面支持で舌を回してくるスフィアに、アイリス達は「お、おぅ」と若干引かざるを得なかった。


「ア、アルティナ様は確かに……そ、そうなのかもしれないわね」

「そ、そうね。確かに、彼女なら裏で動いたりしなさそうだものね」


 なぜだか、強引に納得させられてしまった。アルティナのことを語っている時のスフィアの目がマジだったからかは分からない。ただ、反対意見を述べた瞬間に倍速で叩き潰されるだろうことは予想できた。


「――って、アルティナ様は、ってことはあなたは故意に奪ってたってことでしょ!?」


 気を取り直して、女子生徒が声を荒げスフィアを糾弾する。彼女の言葉に他の女子生徒達もうんうんと頷き、スフィアを睨み付ける。


「では聞きますが、お姉様方は、私がサリューナお姉様のどの思い人を奪ったと思っているのでしょうか?」

「ど、どのって……」


 アイリス達は言葉に詰まってしまった。スフィア達に『次々に』好きな人を奪われるくらい、サリューナは恋多き人なのだ。特定の殿方の名前を出そうにも、すぐには思い出せない。

 しかし、戸惑いの空気が満ち始めたとき、ひとりの女子生徒が声を上げる。


「ああ、そうだわ! サリューナ嬢はこの間、ロイ様のことが好きだと言っていたわ!」


「ロイ様?」とスフィアが首を捻る。


「すっとぼけんじゃないわよ。ロイ=マーディラス様よ。どうせ、彼にも色目使ったんでしょう」

「そ、そうだったわね。ロイ様を好きだって言っていたわ」

「あと……ザビル様も……よね?」

「ええ。それとヴェリナード先輩も……あ、これはスフィア嬢が入学する前だから、違うわね」


 ポツポツと殿方の名前が出て来るが、不思議なことに名前が挙がるごとに、彼女たちの顔は俯いていった。

 その様子を、スフィアは両手で頬杖をついて楽しそうに眺めている。


「では、行きましょうか、お姉様方」


 突然席を立ったスフィアに、アイリス達は「どこへ」を怪訝な顔を向けた。


「ロイ先輩のところですよ。私が本当にロイ先輩にアプローチしていたか、本人に聞いた方が早いじゃないですか」

「そ、そんな、下世話な話を殿方に聞くだなんて!? できるわけないでしょう!」


 クス、とスフィアは目を細める。


「あらぁ、でももしかしたら、お姉様方にも嬉しいことが分かるかもしれませんよ」

「え……それってどういう……」


 柔らかそうな髪を揺らして、スフィアはにっこりと優しげに微笑んだ。


「さあ、案内してくださいませ、お・姉・様・方」

 



 

「――え、僕がスフィア嬢に?」


 アイリス達は、中庭で友人と談笑していたロイを呼び出し、スフィアからアプローチを受けていたかを尋ねた。


「そう。大丈夫よ、スフィア嬢や周囲に言いふらしたりしないから、正直に言ってちょうだい」


 スフィアはこの場にはいなかった。


『私の姿が見えると、気遣ってロイ様が嘘を吐くかも知れませんから。私はそこの影に隠れていますね』


 と言って、離れたところで待っている。

 アイリス達の詰め寄るような表情に、ロイは何事だと驚いたが、揶揄いなどではないと表情から察する「うーん」と素直に記憶を辿ってくれた。


「いやぁ、特にそんなことはなかったと」


 しかし、彼から出てきた答えは、アイリス達の予想を裏切るもの。


「ほ、本当のことを言って! 絶対に責めないから!」

「いや、本当だって。確かに彼女は有名だから僕は知っているけど、彼女とは目を合わせたこともないよ。きっと、彼女は僕のことなんて知らないさ」

「じゃあ、アルティナ様は……」

「そんな恐れ多い!」


 ロイの様子はとても嘘を吐いているようには見えなかった。アイリス達はどういうことだと顔を見合わせ、首を傾げる。

 すると女子生徒のひとりが一歩進み出て、幾分か言いにくそうにロイに尋ねた。


「あの、ロイ様……その、だったらサリューナ嬢が好きって……こと、でしょうか……」


 ロイは目を瞬かせた後、噴き出すようにして笑った。


「あはは、突然なんだい。どうして急にサリューナ嬢が。あいにく今は特に好きな人はいないよ」

「そうなんですね」

「聞きたかったことってそれだけ? 悪いけど、そろそろ戻らせてもらうよ。じゃあ」


 ロイが再び友人達の元へと戻れば、アイリス達は顔を見合わせ、微妙な顔で口をつぐんだ。

 



 

「ね、お姉様方。違ったでしょう?」


 戻ってきたアイリス達を、スフィアが出迎える。彼女は責め立てるわけでもなく、穏やかな笑みを浮かべているだけ。

 これではアイリス達の方がばつが悪いというもの。


「でも……もしかしたら、ロイ様があなたのアプローチに気付かなかっただけかもしれないじゃない」


 しかし、ひとりは口を尖らせながら、まだ半信半疑だと言う。


「それか、まだロイ様に手を出す前だったんでしょう! あっ、だからあれだけ堂々と確かめに行けって言ったのね!? 本当狡い女」


 アイリス達にとってサリューナは、いつも穏やかで優しく、友人に何かがあれば親身になって話を聞いてくれるとても良い友人だった。だから、彼女が嘘をついているだなんて思いたくなかったのだ。

 たった一度の食い違いくらいなんだ。

 二年を連れ添う友人と、先ほど出会ったばかりの下級生とでは、当然比べるまで無く前者が大事だ。


「この件に関しては、当てはまらなかったってだけ。だから私達はまだあなたのことは許せないわ」

「では、他の殿方達のところにも回りましょうか」

「は、はあ!? まだ聞いて回れっての!?」


 同級生のロイに聞くのでさえ、結構気を遣ったというのに。サリューナの思い人の中には先輩もいるのだ。面と向かって『言い寄られましたか?』などと聞くのは正直、精神が摩耗する。

 しかし、スフィアは依然として薄い笑みを浮かべ続けるだけ。


「でも、それしか確かめる方法はありませんよね。だって、お姉様方は私のお話は信じてくださらないんでしょう?」

「ぐう……っ、わ、分かったわよ! でも……先輩達は最後ね」


 渋々だが、皆スフィアの言葉を受け入れざるを得なかった。


「でも、もう昼休みも終わるから、続きは放課後よ」


 そう言うと、女子生徒達はため息を吐きながら重い足取りで去って行く。

 しかし、そこでスフィアは、一番後ろにいた女子生徒の肩を叩いた。彼女はビクッと肩を跳ねさ、重い目つきで振り返る。


「……何よ」

「お姉様、自分の気持ちに素直になってみません?」

「はあ? 自分の気持ち? 意味が分からないんだ――」


 スフィアは彼女にみなまで言わせず、そっと耳打ちした。

 絶世の美女からのお誘いに、女子生徒は言葉を失った。

 代わりに、喉からはゴクリと固唾を呑む音が響いていた。



少しでも面白い、続きが読みたいと思ってくだされば、ブクマや下部から★をつけていただけるととても嬉しいです。

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