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【書籍化】ごめんあそばせ、殿方様!~100人のイケメンとのフラグはすべて折らせていただきます~  作者: 巻村 螢
第四章 推しとハッピースクールライフ!

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17 大団円!

 カツンと、ヒールの音を鳴らしながらホールへと入ってきた金髪碧眼の美女。


「――ア……」

「ホールが変な空気なのだけれど、どなたか説明してくださる?」


 彼女が金色の髪を手で大きく払えば、薔薇の香りが辺りに満ちる。


「――ッアルティナ神様!?」


 まさかの、アルティナのご登場だった。


「誰が神様よ、お姉様よ。あ違った。赤の他人よ」


 いつもは深紅のドレスを着ているアルティナ。しかし、今彼女が纏っているのはマリーゴールドのように裾が何重にもなったドレス。


 ――新作ドレス眼福!!


 アルティナの黄金よりも煌めいた神々しさに、思わず跪きそうになったが、今は我慢の時だ。先に片付けなければならない問題がある。

 スフィアは、素早くよだれを拭い取り、表情を一変させる。


「お、お姉様ぁん……ぐすッ」


 腹の中とは裏腹に、スフィアは弱々しい涙声を出しながら、アルティナにひしっと抱きつく。


「あらあら珍しく弱々しいわね。どうしたのかしら?」

「実は――」


 スフィアが、カラントがスフィアと周囲に誤認させるような言い方で、肉体関係を持ったと言っていたことを伝えれば、みるみるアルティナの表情は険しくなった。

 対してカラントは、せっかくお目当ての人物に会えたというのに、ブルブルと小刻みに首を振り、アルティナの視線から逃げるように後退っている。 


「カラント卿……でしたか。見栄をお張りになるのは結構ですが、他者を巻き添えにしてまで張る見栄とはどのようなものでしょうか。ましてや相手は……スフィアはまだデビュタントも迎えていないというのに、軽率な言葉で、彼女が今後周囲にどのような目で見られるか、お考えになりませんでしたの?」

「いえ、それは……酒の席での冗談と、い、言いますか……」


 アルティナの睨みに怯んだように、ジリッと下がっていくカラント。しかしそれもすぐに終わりを迎える。ドンッと、カラントの背中に何かがぶつかった。

「え?」と振り向いた先には、自分とほぼ背丈の変わらない男が、にこやかな顔で立っていた。

 彼の顔はカラントでも知っている。

 ヒッとカラントは喉を震わせた。


「どうも彼女の恋人のガルツ=アントーニオです。子供だからと随分と私の彼女を侮辱してくださいましたね、カラント卿」


 カラントが友人達に助けを請う目を向けるも、友人達は知らぬ存ぜぬと彼から視線を切った。絶望に唇をわななかせるカラント。

 大公家令嬢と三大公爵家令息から睨みを利かせられ、まともでいれる者がはたしているだろうか。


 ――でも、まだまだ……。


 前門のアルティナ。後門のガルツ。そして――。


「実は、スフィア嬢は私の幼馴染みでしてね。私は当然彼女がそのような不埒なことをするような子ではないと知っているが。彼女を知らない者が聞いたらどう思うか」


 グレイの登場である。


「ああ、コレかい。僕の愛しの妹を悲しませた男は。まったくスフィアは、どこに行っても人気者だな、ははっ」


 ジークハルトを引き連れての。

 四面楚歌とは、まさにこういうことを言うのだろう。

 錚々たる面子に囲まれ、スフィアでさえも気の毒にならなくも……いや、ならない。

 やるならば徹底的に――出る杭は引っこ抜いて遠投がモットーのスフィアである。


 ――せっかく一度は見逃そうとしてあげたけど、お姉様をあなたのような人間に狙われちゃ、私も黙ってないってもんよ。


 アルティナの細腰に抱きつきながら、スフィアは影でほくそ笑んだ。

 カラントからは血の気どころか精気すら抜けており、もはや立っているだけの屍状態。


「カラント卿、もし本当に僕の妹とそのような関係があったとしても、このような場で情事を他人に話すべきではないよ。でないと――」


 ジークハルトは微笑んでいたが、誰から見ても表情と腹の中が一致していないのは一目瞭然だ。

 そんな彼が、視線を背後へと飛ばした。

 皆がなんだと彼の視線を辿れば、あっ、という顔になる。


「これはこれは、我が娘が随分といいように扱われたものだね」

「お、お父様!」


 ローレイまで集まってきたではないか。

 これには周囲で様子を窺っていた聴衆の方が顔を強張らせる。

 カラントのしたことは恥ずべきことだが、まだ爵位も持たぬ若者の中でだけの問題という空気があった。しかし、そこへ侯爵がでてきたものだから、空気が一変した。

 それはつまり、家を巻き込んだ問題になってしまったということ。


「さあ、カラント卿。どのように責任をとられるのかな?」


 ローレイの殊更に優しい声音に、とうとう屍の膝が折れた。




        ◆




 バルコニーでガルツとブリックは、暗くなってきた空を遠い目で見つめていた。


「まったく……舞踏会に来てまでスフィアに使われるとはなぁ」

「ガルツはまだ良い方だよ。マミアリアさんを連れてくる役目だったんだから。僕なんか、殿下に詰められる羽目になったんだよ。僕、走馬灯がよぎるダンスを踊ったのは初めてだったなぁ」


 ダンスに乗じてブリックは情報を求められ、ガルツはマミアリアを連れとしてホールに入れるようにとお願いされていた。

 しかもガルツがマミアリアを呼びに行った時には、既に彼女は状況を把握しており、その後のホールでのセリフは全て打ち合わせ済みだったことがうかがえた。恐らく、ショールを取りに、と言っていた時にはすでに下拵えが終わっていたのだろう。

 二人は顔を見合わせ、無言で首を横に振った。

 そこへ、スフィアに使われたもう一人がやって来る。


「君たちはまだマシだよ。私なんかジークハルト卿だからな。連れてくるために状況説明をしている内に、気温がどんどんと下がっていって……」


 腕を抱えガタガタと震えるグレイを見て、ガルツもブリックもその場がどのような惨状だったか容易に想像でき、同じようにガタガタと身体を震わせた。


「それにしても、スフィアを下世話な話の種にしたカラント卿は自業自得だけど、デュラス子爵達はさすがに気の毒だったよ」


 カラントが膝を折った後、どうやら騒ぎを聞きつけたカラントの父親であるデュラス子爵と兄のネーゼ卿が、血相を変えて場に滑り込んできた。

 そして、カラントの頭を鷲掴むと、床にたたきつける勢いで土下座させ、本人達も何度も頭を下げていたのだから。

 デュラス子爵とネーゼ卿には同情を禁じ得なかった。


「それで、スフィアの『ご子息は、今後一切領地からお出しにならない方がお家のためだと思いますわ』――だもんな」

「恐らく、もうカラント卿を社交界で見ることはないだろうな」


 三人は、はぁと重い溜息を吐いて、デュラス家の将来に黙祷を捧げた。






「ふぇぇぇんお姉様ぁ、スフィア悲しかったですわぁ」

「それで私が騙されるとでも?」


 そろそろ離れなさいな、といつも通りグイッとスフィアの顎を押して遠ざけるアルティナ。


「ちぇっ」


 唇を尖らせて渋々と離れたスフィアであったが、アルティナの新作ドレスを目の前にしては頬も緩むというもの。


「まあ、貴族として目立つことは重要だけれど、時として思わぬ問題も引き寄せてしまうこともあるから、今後は気をつけるのよ。でないと、今回のようにお互いの家まで出てくることになるでしょうし」

「ええ、私もまさかでした。兄たちまで出てくるだなんて……」


 ほう、と頬に手を添え申し訳なさそうに眉を垂らして嘆息するスフィア。いけしゃあしゃあと言っているが、彼女こそ全てを画策した元凶である。もちろんローレイが出てくるところまで織り込み済みだ。

 しかし、そんなことを露ほども思わないアルティナは、スフィアがすっかり気落ちしているものと思い、俯いた頭を撫でていた。


 ――ちょろいお姉様、大優勝だわ!


 などと、心の中で悦っているのも知らず。

 するとそこへ、バルコニーでの傷心会を終えたグレイ達三人が戻ってくる。


「あら、皆さんどちらへ行ってたんです?」

「ちょっと心の平穏を保ちにね……」


 ブリックの言葉にスフィアは首を傾げたが、三人はそれ以上を語らなかった。


「失礼いたしました、アルティナ嬢。ご挨拶遅れましたが、アントーニオ公爵が長男のガルツと申します」


 アルティナに気付いたガルツが挨拶に腰を折る。慌ててブリックも同じように挨拶をする。


「まあ、あなた方が。スフィアからも時折話は伺っていましてよ。この子の傍にいるのは大変と思うけれど、頑張ってちょうだいな」


「努力します」と二人が答えれば、アルティナは苦笑して頷いていた。


「それじゃあ、スフィア。私は挨拶に行ってくるから。遅れてしまったし、急いで回らないと」


 ごきげんよう、と裾を軽く持ち上げて、アルティナは社交の場へと向かった。

 彼女の後ろ姿をしばらく眺めていたスフィアであったが、アルティナが充分に遠くなってやっと口を開く。


「ガルツ……」

「おう、なんだ?」

「ドボンです!」

「……は」


 スフィアの顔は、鬼の首取ったりと言わんばかりに意気揚々としており、一瞬、ガルツは何を言われたのか理解できなかった。

 じわじわと脳に「ドボン」という言葉が染みこんでいく。そして、言語野にようやく到達すれば、次に驚きを持った叫びが口から発せられた。


「はぁぁぁああああ!?」

「それではそういうことで。お世話になりました、元彼様!」

「おい、ちょっと待て!? まさか本当に! いや、ドボンってどれ……!?」

「だって、アルティナお姉様と挨拶を交わしたでしょう?」

「ア、アルティナ嬢!? いや、なんで!?」

「ま、そういうことなんで。これからも子分二号としてよろしくお願いしますね!」


 困惑するガルツそっちのけで、スフィアは言いたいことだけを言うと。アルティナを追いかけて行ってしまった。


「あぁん、お姉様ぁん! せめて別れのハグをお願いいたしますわぁぁぁん!」

「あなたっ! 抱きつかない、鼻息荒くしない、変な声もあげないって誓ったはずじゃないの!? おしとやかな侯爵令嬢はどうしたのよ!?」

「お姉様が来るまでは完遂できてましたので、ご安心ください」

「安心できないのよ! えぇい、離しなさい!!」


 きゃいきゃいと子猫が戯れるような、微笑ましい光景がガルツの目の前では繰り広げられていた。


「ぇ……ぇえ……」


 そこへ、呆然として目の前の光景を見つめるガルツの肩に手が置かれる。


「ガルツ卿」

「で、殿下……」


 グレイだった。彼は微笑を浮かべてはいたが、目には憐憫と同情が映っている。


「ガルツ卿、実は我々が戦うべき相手はお互いじゃないんだよ」

「では、誰と……」


 ガルツに向いていたグレイの視線が、ゆっくりと先に向けられる。後を追ってガルツもグレイが見つめる先に目をやれば、そこにいたのは――。


アルティナ(あれ)だ」


 そこには、スフィアが熱烈に抱きついている相手がいた。彼氏であった自分よりも、遙かに愛されているのは間違いない。熱量が違う。

 ガルツの表情が悟ったような、穏やかなものになる。

 ただし、瞳からは悟りと一緒に何かが失われている。

 グレイが同じ表情で、ガルツの肩をもう一度叩いた。

 今、二人の頭の中には同じ言葉が浮かんでいた。

『いや、無理』――という言葉が。

 二人の間にもう言葉は要らなかった。

 横で様子を眺めていたブリックは、二人にそっとハンカチを差し出した。




        ◆



 

 金色の真っ直ぐな髪を手で背に払いながら、令嬢はホールで一際賑わう一角を目を細めて見つめた。


「……何あれ」


 舞踏会という、プライドの高い貴族達が一堂に会する場では、多少なりのいざこざ騒ぎもご愛敬というもので、令嬢達は「また始まったか」とさして気にもしないもの。

 しかし、今回の騒ぎは登場人物から結末までの度合いが、今までのそれとは一線を画しおり、彼女達も無関心ではいられなかった。


「目立ちますよね、彼女」

「容姿もそうですけど、周囲の方々がまた華やかというか……」

「グレイ殿下にアントーニオ公爵令息、それにアルティナ嬢まで。他にも見目の麗しい殿方も……。それに彼女のお兄様は、あのジークハルト卿ですもの。華やかにならない方がおかしいくらいですわ」

「まあ、羨ましい!」


 他の令嬢達が会話に熱中する中、金髪の彼女だけは手にしたグラスに唇をつけ、「ふぅん」とどうでもよさそうに鼻で相槌をうつ。


「そういえば……確か、彼女と一緒の学院ではありませんでした? サリューナ嬢は」


 金髪の令嬢――サリューナは一気にグラスを空にすると、「ええ」と苦虫をかみつぶしたような顔をした。


「学院でもとても……目立つ人よ」

「まあ、やはり……!」


 他の令嬢達は、サリューナの言葉に納得だの学院での様子を見てみたいだのと騒いでいて、気付かなかった。

 サリューナが最後に、ぼそりと「目障りなくらいにね」と呟いていたことに。



 ――――金髪虚言癖野郎カラント・デュラス 改変完了



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― 新着の感想 ―
[一言] 最終回じゃないぞよ も(うち)っと(だけ)続くんじゃ
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