15・フラグ破壊は年末年始も営業中
暖炉の薪がパチパチと火の粉を吹き上げ、赤い火を燃やす。
それをソファから何とはなしに見つめるスフィア。
彼女は何を思い出したのか、ちらと窓の外に視線を向けると深い溜め息をついた。
彼女の視線の先――くすんだ葉色になった庭の木々の先は、王宮のある方角だった。
「あれは……私への宣戦布告だったのかしら」
王宮に行ったあの日、最後にグレイに言われた台詞。
『貴女が社交界デビューをする十八歳。……あと十年。それまでに必ず貴女の心を手に入れてみせます。許嫁ではなく恋人になっていただく』
もう一度頭で再生させてみるも全く心はときめく事もなく、頭を抱えたくなるばかりだった。
それからというもの、グレイからの積極的なアプローチは続いていた。
ある時は「新装開店祝いか?」と、言いたくなる程の大きな花束が届き、またある時は「それ王妃様のでは?」と、疑いたくなる程大きな宝石がはめ込まれたネックレスが送られてきた。
もちろんそれだけではない。こまごまとした手紙や贈り物は数えきれない程届く。
「その度に送り返すこっちの身にもなって欲しいもんだわ」
花は流石に寿命がある為送り返せなかったが、宝石類はもれなく返品している。
いつかの国宝級のネックレスも勿論きちんと送り返した。丁重に、使者の馬の首に掛けて。
「……はぁ」
父のローレイは自分にグレイと結婚して欲しそうだが、贈り物をことごとく処分する娘を見て、いつも物陰でおののいている。
「スフィアー、お手紙届いてるわよー?」
その声と共に母のレミシーが部屋に入ってきた。彼女の手には数枚の手紙が握られている。
レミシーから手紙の束を受け取ると、一枚一枚差出人を確認する。
「えっと……ああ、ブリックね。それと、こっちはガルツ……っと――」
後で部屋で読む物をソファの端に選り分けてゆき、最後に手の中に残った一枚を眺めた。
純白の封筒に金で繊細な模様が描かれており、真ん中を真紅の封蝋で留めてある。一見して高貴な家からの手紙だと分かる。
確認するようにその差出人を見れば、案の定過ぎて最早溜息も出ない。
差出人の名はグレイ・アイゼルフォン。
「スフィア、グレイ王子からまた……お手、紙、を…………スフィア?」
スフィアは席を立ち、ゆっくりと暖炉の方へと歩いて行く。
そして、手に持った高貴な家からであろう手紙を、暖炉の火にくべようとした。
「スフィア!? 何してるの!?」
「即火中~」
「待って! それ違うから! 読んだら燃やしてって意味だから!! 読まずに燃やしちゃダメよ!?」
レミシーが慌ててスフィアの手から手紙を救出するも、既に角は煤すすけて黒くなっていた。
「お母様構いませんって。どうせいつもの如く王宮へのお誘いなんですから。……どうせ、行きませんし」
「それでもです! 殿方から頂いたお手紙にはちゃんと目を通さなきゃ」
レミシーは煤を払うと、再びスフィアの手の中へ焦げた手紙を戻した。
スフィアはその手紙を嫌そうに眉間に皺を寄せて眺め、渋々と封を開けた。
「ええっと……あら残念ですわ、お母様」
残念という割には、嬉々とした声で手紙の文面をレミシーに向ける。
「大切な部分が焦げて見えませんわ! オホホホホ!」
手紙の最初の部分――時候の挨拶やスフィアを褒め称える言葉が書き連ねてある部分は無事だったが、真ん中の辺りは焦げており用件がまるで読めなかった。
「残念ですけど、ただの挨拶状になってしまっては仕方ありませんね」
スフィアはとても楽しそうに「即火中~」と言いながら、今度こそ暖炉の火の中に手紙を投げ入れた。見るも無惨に高級そうな手紙は一瞬で灰と化した。
それを見てレミシーはこめかみを押さえ、悲しそうな息をついた。
「王子様の許嫁だなんて、国中の令嬢が喉から手を出して欲しがるでしょうに……」
「是非ともその喉の奥に王子様を突っ込んで差し上げたいですけどね、私は」
「またそんな事を……まあ、許嫁の件はローレイと陛下が勝手に決めた事だし、私はスフィアがしたくないのなら、無理にとは言わないけれど」
「こんなに良い殿方なのに」と、惜しそうにレミシーは眉を下げる。
「…………」
スフィアは微笑んだまま、そのレミシーの言葉には何も返しはしなかった。
◆
スフィアは自室で机の上に置いた真っさらな便箋と対峙していた。レミシーから、燃やしても返事はしっかり書きなさい、と言われた為だ。
「良い男が、性格も良いかどうかってのは、別問題なのよね」
グレイのあの紳士的な容姿と態度ですっかり忘れていたが、彼はゲームの中では、割りと強引な性格をしているキャラだった。ゲームで彼の好感度が上がる選択肢も、総じて「え……そんな、急に……」的な恥じらい系ばかりだ。
しかし、その容姿とのギャップは、ゲームキャラの中では強い人気を得ていた。自分にはまるで無縁だが。
「好感度なんか上げたくないし、つまり、恥じらってはダメなのよね」
元より、恥じらう気もないが。
「って事は、その正反対をいけば好感度だだ下がりだわ!」
スフィアは目の前に構える便箋に向かって、意気揚々と筆を執った。
一息に書き上げると、スフィアはセバストに手紙を言付けた。
そして、それが終わると今度は届いた手紙を机に並べる。それはガルツとブリックからの物だった。
今現在、貴幼院は冬休み中だ。この休みが明ければそう経たずに進級する。
「まだ、他の攻略対象に会えてないのよね」
一年生の中にはガルツとブリック以外攻略対象は居なかった。それならば他学年と思ったのだが、いかんせん友達の輪が狭すぎて、何とも情報が得られないのだ。
「ガルツとブリックの私へのちょっかいは、もうなくなったんだけどなぁ」
子分にしたから。
しかし、それでも最初についた印象というものは拭い難く、加えてもう一年の大半を終えたこのタイミングでは、今更女子も自分達のグループに入れようとは思わないだろう。
そこで子分の二人に頼んだのだ。
『ルシアス=バート』『レニ=ライノフ』『ナザーロ=イヴァンコフ』――この三人について分かる限りの事を調べて欲しいと。
いずれも貴幼院の在籍者一覧に記載され、かつ自分の記憶に攻略対象としてある名前だった。
この手紙はきっとその調査結果なのだろう。
「さって……何が出るかしらね」
スフィアはそれぞれ封を開け、取り出した手紙を並べた。
それぞれ性格の良く出た文字で、指定した三人の事がよく書かれていた。
やはりガルツは公爵家というだけあって、貴族の繋がりが多いのだろう。三人の家の近況がとっちらかしたような字で記されている。
対してブリックは小さく丁寧な字で、三人の学院での様子や所属などが記されていた。
その中の一枚をスフィアは手に取った。
「『ナザーロ=イヴァンコフ・六年生・生徒会長』――六年生……ね」
冬休みが明ければ、そう経たずに進級だ。つまり、現在六年生の者達は皆貴上院へ進学してしまう。そうなれば、いつ芽生えるかも分からない恋心の芽を摘み取る機会を失ってしまう。
スフィアは赤いインクにガラスのペン先を浸した。そうして赤く染まった先端で、ナザーロ=イヴァンコフと書いてある上にバツ印をつけた。
「次は、コレね」
冬休みもあと一週間。
スフィアは窓から見える薄暗い空に、仄暗い笑みを向けた。
◆
「グレイ王子、お手紙が届いております」
「誰から?」
「ええと、ス、フィア……ああ、レイランド侯爵家のご令嬢様からです」
たちまちグレイの表情は晴れやかになり、執事の手からその手紙を急ぎ貰う。
「そんなにお待ちになられていたのですか?」
グレイは開ける時間も惜しいというように、封蝋を手で無理矢理剥がし手紙を取り出す。
「いくら送っても返ってこなかったからね。宝飾品はすぐに返ってくるのにね!」
馬に装飾されて。
「それで、ご令嬢様は何と?」
「ちょっと待って。ええと――」
彼が心躍らせ広げた便箋には、ただ一言。
『不可』とだけ、便箋いっぱいにデカデカと書かれていた。
「…………」
「…………達筆なのが余計悔しい」
グレイは手紙をきれいに畳み封筒に戻すと、引き出しの中へそっとしまい込んだ。
「あっ……そんな手紙でもとっておかれるのですね」と思ったが、執事は口にはしなかった。
グレイは静かに立ち上がり、窓辺に立つとレイランド家のある方角へ目を向けた。
「いいだろう。今はまだ――な。しかし、これくらいで俺は諦めないからな!」
不可と言われたのが余程堪えたのだろう。
そう言って高笑いするグレイの声は震えていた。
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