10 春の舞踏会は波乱万丈!?
春の王宮舞踏会は、その他に開かれる舞踏会よりも一際大きく、昼から開催されることもあり、老若男女多様な貴族が集う貴重な社交の場となっている。
「やあ、久しぶりだねガルツ」
離れたところから煌びやかなホールの様子を眺めていれば、懐かしい者に声をかけられた。
「おう」と、ガルツはやってきた彼に向かって片手で挨拶を返す。
「久しぶりだな、ブリック。二ヶ月も経ってないってのに、何だかすっげえ久々に感じるよな」
「最近までほぼ毎日一緒にいたもんね」
ブリックとガルツは久しぶりの邂逅を素直に喜び、微笑みあった。
二人とも舞踏会にふさわしい正装姿をしており、貴幼院時代よりも遙かに大人びて見える。
「それで、ガルツはどうしてこんな隅っこにいるの? ホールに行けば良いのに」
「ホールには令嬢がいるんだよ」
「食いちぎられれば良いのに」
「聞こえてんぞ」
さらりと笑顔で言われた毒に、ガルツの目も半分になる。
「で、お前のほうの学院はどうなんだよ」
武のレイザールと知のエミライツという、真逆の道を進むこととなった二人。
ブリックは肩をすくめ、苦笑した。
「知らないことばっかで大変だよ。各地からたくさん生徒が集まってきてるから、僕と同じ意見の人もいれば、まったく違う人もいて……驚きは絶えないよ」
「へえ、ブリックでもそうなんだな」
貴幼院では常に成績一位を保持いていたブリック。彼の優秀さと、頭の回転の速さ、そして情報収集力には定評がある。
そんな彼をもってしても、このような顔をさせるとは、やはり文系最高峰の名は伊達ではない。しかし苦笑はしているものの、ブリックに悲観は見えなかった。
「でも、そういった自分とは違う意見を聞くってのも本当に大切で、そこから新しい考えが生まれたり、発見があったりするから、大変だけど楽しいんだよね」
「だったら良かったよ」
「そういうガルツは?」
ガルツは言葉の代わりに、袖を捲った。
現れた腕には真新しい傷やアザが、あちらこちらについている。チラと見えた反対側の手首には包帯が巻かれていたりもする。
「それ……全部授業で?」
「おう」
「大変そうだね」
ブリックの方が、痛々しいとばかりの顔になる。
「自分でも、そこそこ強いし同学年じゃ負けないって思ってたんだけどな……井の中の蛙大海を知らずってな」
「あはは、僕たちって離れてても結局、同じような経験をしてたんだね。これも成長に必要な苦労ってことかな」
ああ、とガルツも肩をすくめて微苦笑していた。
しかし、次の瞬間視線をホールに戻すと、「だが」と重い声を発する。
「……あいつだけは違ったようだな」
ブリックもガルツと同じ場所に視線を向け「ああ」と引きつった声を漏らす。
井の中の蛙大海をバタフライ。
「どこにいても何であいつはいつも通りなんだよ……」
二人の視界に映った、万色のドレスの中でも際立って美しい髪色をした令嬢。やはりというか何というか、美しい花に惹かれた男達が彼女の周りには群がっていた。
ただ、男達の誘い文句に対し、聞こえてくるのは全て同じセリフ。
「ごめんあそばせ」
「ごめんあそばせ」
「ごめんあそばせ、殿方様」
花もかすむような美麗な笑みで、男達の誘いを次々と躱していく令嬢ことスフィア。男達は断られたことに背を丸めつつも、向けられた笑みに満更でもない様子で帰って行っていた。
しかし、この二人だけは違う。
「俺の耳がおかしくなったのかなあ? えげつない副音声が聞こえるんだが」
「安心してください。正常ですよ」
「安心できねんだよなあ……」
男達がスフィアに赤面しているのに対し、ガルツとブリックは彼女の様子を見て顔を青くしていた。
「あいつ……舞踏会に来てるのに申し込みを全部断るとか……壁の花にでもなるつもりかよ」
舞踏会の場で相手がおらず寂しい女性を揶揄する言葉を、貴族界隈では丁寧にオブラートに五重包みした上に金粉を散らして上品に飾り立てて、『壁の花』と言う。
早い話、社交の場で社交できないぼっち。
「昔聞いたときは、壁のラフレシアになりたいって言ってたよ」
「本当……どうなりたいんだよ……」
なれるものなのか。いや、彼女ならなれる気がする、とよく分からない確信が二人の中に生まれた。
「それはそうと、スフィアのところに行かなくて良いの? 彼氏なんでしょ、ま・だ!」
「語尾に悪意が出てんだよ」と、ガルツはブリックの頭に拳を軽く落とすと、再びじっとスフィアを見つめる。
「いやぁ……久々にあいつを見たけどよ……あいつメチャクチャ可愛くなっててちょっと……」
赤面したガルツを横目に、ブリックが憐れみの目を向ける。
「レイザールで目まで怪我したんだね。副音声が聞こえるのに、頬を染められる君の情緒が心配になってきたよ」
「あと、最初から俺が行くと、俺のありがたみがないだろ」
ドヤッと、ガルツが鼻息を大きくする。
「ああいうのは困ってるときに、さっと助けに行ってこそ――」
「ガルツガルツ、そんな悠長なこと言ってて良いの?」
「あ? ――っああ!!」
彼氏というステータスにうっとりと酔いしれていたガルツは、ブリックに肩をチョイチョイと小突かれてはじめて、その危機を察知した。
スフィアに近づいていく一人の煌びやかな男。
場にいた者たちは圧倒されるように道を譲り、男は今にもスフィアにたどり着かんとしていた。




