5 はい!来ましたよ!
一足早く来たからか食堂の席は空いており、すぐに食べ始めることができた。
「ご一緒してもいいですか?」
リシュリーと一緒にサンドイッチを口に運んでいると、トレーを持った男子生徒がにこやかな顔で正面に立っていた。
スフィアはぐるりと周囲を見回す。
「ここよりも食べやすそうな席は、もっと他にもありますよ」
わざわざ四人がけの円卓に座ることもないだろう。既に二人分は埋まっているというのに。
「一人で寂しく食べるよりも、麗しい花を見ながら食べた方が食事も楽しいでしょう」
「まあ、お上手」
楚々とスフィアは微笑む。
「ですが、レディの間に殿方が挟まるのは無粋だと思いません? 先輩」
同じく楚々とした笑みを浮かべつつも、リシュリーが間髪入れず拒否を露わにした。
この学院は、襟に付くピンの数で学年が分かるようになっている。相手の男子生徒の襟にはピンが二つ付いており、スフィア達の一つ上だと分かる。
リシュリーがやんわりと断りを入れたにも関わらず、しかし先輩は片眉を上げただけで去ろうとはしない。
「冷たいことを言ってくれるなよ。それに俺は先輩だよ。年長者は敬うべきだと思うんだけどね。ここはもう貴幼院ではないんだし」
なるほど。
社交界が近くなった分、こうしてあからさまな脅しが発生するわけか。家名ではなく年を持ち出すあたり、なんともいやらしい。
隣を窺えば、リシュリーが口端をひくつかせていた。
テーブルの下を見れば、立ててはならない指を立てている。激おこである。
――おぅ……第一印象の百合のような女性っていう印象はもう灰燼と化したわね。
「こら、リシュリー」
スフィアが密かにテーブルの下でリシュリーを小突く。
「だってぇスフィア……」
二人してひそひそと不満に声を潜める。
スフィアは先輩の顔をまじまじと見つめた。
――こうして顔を見ても何も引っかかる記憶もないし、これはただのモブね。
であれば、無駄に相手などしたくはない。
こそっとスフィアはリシュリーに声をかける。
「とりあえず了承して、私達はささっと食べて席を立ちましょう」
「腹立つけど、反論するよりそっちの方が早そうね」
二人して結論を出し終え、スフィアは先輩に向かってどうぞと隣の席を示そうとした時。
「へえ、女性にはそのように声を掛けるものなんだね」
感嘆の声がスフィア達の席へと飛んできた。
「いやぁ、勉強になるなあ。僕はあまり女性と接したことがないからわからないが……あれかな? レイドラグ王国では多少男性が強引な方が好まれるのかい」
三人が目を向けた先には、優雅にカップを傾ける男子生徒が一人で席についていた。
あ、とスフィアは漏れそうになった声を、口を手で押さえて我慢する。
「誰だ」と先輩は言いかけて、男子生徒の襟にピンが三つ刺さっているのを見て、言葉遣いを改める。
「……どなたでしょうか」
「ああ、すまないね。突然声をかけてしまって。二年生のルワソン・ベリッサ君」
「なっ!? ど、どうして名前を」
「同じ学院の生徒なんだ。それくらい知っているさ」
イーロイは自分の頭を指でトントンと小突いてみせる。
その動作の意味は『覚えている』ということなのだろう。
貴上院の人数が貴幼院よりも少ないと言っても、それなりの数はいる。
それを全て覚えているとなると、恐るべき記憶力である。
――さすがだわ。
スフィアとリシュリーは、目の前の男達の成り行きを黙して見守っていた。
「さて、年長者は敬うべきだと君は言ったね。だったら、僕は君に彼女達から離れるようにお願いしたいんだけど、どうかな?」
先輩ことルワソンは、どうあがいても自分に不利だと悟ったのか、眉根に思い切り皺を寄せると、何も言わずふいと踵を返して去って行った。
「あ、ありがとうございます、先輩」
「助かりました」
「いいよ。僕も彼を責められやしないからね」
彼はおもむろに席を立つと、こちらへとやってきた。
「そうだ、自己紹介が遅れたね。僕はイーロイ・ラウラ。見て分かるとおり留学生さ」
彼の言った『見て分かるとおり』という言葉は、彼の肌が褐色であったからだろう。
同じ制服に身を包んでいるのに、漂うエキゾチックな雰囲気に少しだけドギマギしてしまう。
どことなく高潔な品が漂う男性である。
しかし、やはりというか何というか。
彼が口にしたセリフに、スフィアは思わず口端をつり上げた。
「率直に言おう。『棘の薔薇姫』――僕は、君に興味がある」
やはりこの世界は実に積極的だ。
「光栄ですわ、イーロイ先輩」
放課後にわざわざ探す手間が省けた。
彼は、スフィアが探していた攻略キャラだ。




