4 マミアリアは少女小説好き
朝、アルティナは学友達と掲示板の前で今日の連絡事項を確認しつつ、何気ない雑談に興じていた。
「アルティナお姉様」
するとそこへ、朝の朗らかさとはほど遠い、一本筋の通った凜とした声が響き渡る。
いつもの「アルティナお姉様あああああん」という声ではなかったが、アルティナにはすぐに誰が自分を呼んだのか分かった。
「もう、またなのスフィ……ア……?」
アルティナは声のした方へ顔を向けたが、そこにいた想定内の人物の想定外の姿を見て、思わず言葉を失う。
スフィアが一輪の薔薇を手にして、精悍な顔で立っているではないか。
「お姉様……本当ならばここに来ることも迷いました。もう一度……あなたに会ってしまえば、もう二度と後戻りは出来ないと……私の心からあなたを消すのは難しくなってしまうと分かっていたのに……っ」
「…………」
「しかし、私はそれでもあなたに会いたかった!」
「…………」
若干引き気味に唖然としているアルティナの前で、スフィアが片膝を折った。
つい、とアルティナの左手を手に取り、クスリと微笑するスフィア。
「夢にまで出てきて私を苦しめる罪な人。あなたの美しい金の髪が、青い瞳が、一級の美術品のようなきめ細やかな肌と美麗な気品が、今も私の心を掻き乱し――」
「おやめなさいスフィアッ!!」
玲瓏たる声で愛を紡ぐスフィアの言葉を、アルティナの一喝が遮った。
「あっ……あなた、よくも公衆の面前でそのようなことを……っ、は、恥ずかしくはないの!?」
アルティナは羞恥で顔を真っ赤にして、ふるふると震えていた。周囲の学友達も、はわわと口を押さえ頬を赤くしている。
対してスフィアはというと、顔色も変えずケロリとしていた。
むしろ、アルティナに遮られたことにより不完全燃焼で口先を尖らせている。
「え~でも、これからが怒濤のたたみかけクライマックスなんですが……」
「まだこれからがあったの!?」
アルティナは頭を押さえ、はぁと空に溜め息を流した。
「あ、じゃあとりあえず薔薇は貰ってくださいね」
しれっと、手にしていたアルティナの手に薔薇を握らせるスフィア。
同じ学院になれば、隙あらばひっついてくるだろうとは思っていたが。それにしても、男子生徒も真っ青な直球を投げてくるとは思わなかった。
「……恥ずかしくないの?」
「お姉様への愛に羞恥などありませんから」
「…………」
いつにも増して手に負えない。
誰の入れ知恵だ。
「あ、あのアルティナ様……これは一体……」
友人達はこの状況が理解できないとオロオロとしていた。
「気にしたら負けよ」
大丈夫。こちらも理解できていない。
「それでは、愛と薔薇も渡しましたし私はこれで。お姉様にとってどうか今日が良き一日であらんことを!」
そう言って、スフィアは颯爽と校舎へと入っていった。
なんだその捨て台詞。少女小説のキザな王子が吐きそうな台詞は。おかげで朝っぱらから悪き一日だ。
「はぁ……」
アルティナは手の中に残った深紅の薔薇を見つめ、再び大きな溜め息をもらした。
「まったく、あの子は……」
◆◆◆
「スフィア、朝から何やったの? 噂になってるわよ。美女が美女に忠誠を誓っていたって」
「まあ、私とお姉様の姿が騎士叙任式に見えていたんですか。素晴らしいその通りです。愛の忠誠を誓っていました」
「ごめん、何言ってるか分からないわ」
リシュリーももう慣れたのか、アルティナに関係したときだけスフィアがポンコツになることには、流すことで対応をしていた。
「あ、そうだ。リシュリーはこの学院にいる留学生のこととか知ってますか?」
今日の愛の活動を終え、スフィアが次にやらねばならないこと――それは、攻略対象探しだった。
昨日、この学院にいる攻略対象は留学生ということまでは思い出せた。
しかし、詳細までは思い出せないのだ。
「留学生?」
リシュリーが首を傾げた。
「ああ、確かに他国から交換留学生をとってたわね、この学院は。あたし達の学年にも確か二人くらいいたし……」
「その方々は褐色肌ですか?」
「いえ、二人とも西のシースリードからだから褐色じゃなかったはずよ」
であれば、上級生ということか。
適当な生徒に聞けば分かるかもしれない。
スフィアが腕を抱えてむむむと考え込んでいると、リシュリーがにやりと口端をつり上げ、顔を覗き込んできた。
「スフィアったら、また何か悪いことでも考えてるのかしら? あたしに手伝えることはある?」
「そんなことありませんよ。ただ、頭の良い留学生がいらっしゃると噂で聞いたもので」
スフィアは、この件に関してはリシュリーの手を借りようとは思わなかった。
アイザックの時は手早く片付ける必要があったから手伝ってもらったが、あまり協力者は増やしたくない。
貴幼院の時も、ガルツとブリックには手を出させたことはなかった。
――これはお姉様のための私の戦いなんだもの。
それに、敵はこの世界自体なのだ。
下手に関わらせて、世界の力が彼女たちに向いてほしくはなかった。
「リシュリー、お気遣いありがとうございます。また助けが必要になった場合は、こちらからお願いしますね」
「そう。スフィアが大丈夫そうならなによりだわ」
リシュリーはスフィアから顔を遠ざけ、笑みを穏やかなものへと変えた。
そこで、彼女は「あ」と何か思いついたように人差し指を立てる。
「頭が良いのなら、図書館とか行ってみたらどう?」
「なるほど。図書館にいる人は頭が良いイメージがあります」
実に安直ではあるが。
「放課後にでも行ってみたらどう? さすがにその留学生がどの授業をとってるかは分からないし、一番確かな時間帯だと思うわ」
「そうですね、今日さっそく訪ねてみます」
「じゃあ、ひとまずお昼に行きましょ。混む前に食べ終わりたいわ」
そうして、スフィアとリシュリーは食堂へと向かった。
一足早く来たからか食堂の席は空いており、すぐに食べ始めることができた。
「ご一緒してもいいですか?」




