3 うなれ、私!
家に帰れば、スフィア宛てに一通の手紙が届いていた。
「誰かしら?」
封筒に差出人の名はなかったが、手紙を開いてみれば分かった。
「まあ、ベレッタ姐さん」
手紙の内容は特に用事があるというものではなく、スフィアやその周りの近況を教えてほしいとのことだった。
「えっと……貴上院に上がりましたが、今のところは平穏な日々を送っています……っと。ああ、それとガルツはレイザールに、ブリックはエミライツに行きました。私は聖ルシアードで、貴幼院の時の友人も一緒だから余計に変わりないです。チラッとお話しした、リシュリーとカドーレという友人です、と……何だか無難な返事ね」
まあ、それも仕方ない。
まだ入学して一ヶ月しか経っていないのだし、それほど興味を引くような話題も起こりはしないものだ。
「私が日常的に男達に言い寄られてることは、姐さんには関係ないことだし……そう考えると、案外これが普通の学院生活なのかしら?」
ただのモテ女の学院生活と考えればうなずけるものがある。
「姐さんも、私にロクシアン先輩のような情報なんて求めてないでしょうし、これって単なる挨拶状よね、きっと」
深く考えず、スフィアはさらりと書いた手紙を後はマミアリアに渡し、ベッドに寝転ぶ。
「あと三年……ねぇ」
ゲームスタートはスフィアのデビュタント――つまり貴上院卒業翌年からになっていた。
「やっぱり普通に生活しながら攻略キャラを潰していくのって、結構手間ね」
学院生活もあるし、子供がそうそう遠出なども出来ない。
冒険世界でもないし、やはり自分から見つけ出して先んじて手を打つというのは中々大変なものがあった。
しかし、それでも結構な数を潰してきたと思う。優に両手は超えただろう。
「さて、貴上院在学中にもあらかた潰しては置きたいんだけど……」
今のところ、相変わらず好意は寄せられてはいるが、全て取るに足らない者達ばかり。
一ヶ月様子を窺ってみたのだが、攻略キャラが近寄ってくる様子は今のところない。
アルティナもいるのだし、歯ごたえのある者はさっさと排除しておきたいのが本音なのだが……。
「名簿がないのよねえ」
貴幼院の時は、それで最初からある程度把握できたから助かったのだが、どうやら貴上院では完全手探り状態のようだ。
「まあ、シナリオも壊れてるんだし、もう当てにはなんなかったかもしれないけど。それでも、せめて何人いるか、潰せるか計画を立てられるってのは、ありがたかったんだけれど……」
見学会の時のアイザックのように、アルティナの前で遭遇などはなるべくしたくなかった。
貴上院は皆常に移動しているため、教室を覗いて確かめるという方法は使えない。
「向こうから声を掛けてくるのを待つしかないのかしら」
ポーっとベッドの天蓋を見上げながら。そんな消極的なことを考える。
しかしスフィアは、すぐにダメダメと首を横に振った。
「お姉様とのハッピースクールライフを守るためにも、危ない芽は早めに摘み取るべきよね!早めに刈れば刈るほど、残りは全力でお姉様に愛を捧げられるもの!」
そうと決まれば、さっそくゲーム情報から手がかりを探すのだ。
「うなれ! 私の海馬!」
ゲームストーリー、キャラの過去話、回想シーン、公式サイトのキャラ紹介文――ありとあらゆる『100恋』情報をたぐり寄せる。
そうして、キャラの過去話の中に一筋の光明の光を見つける。
「留学生! そう、確か南からの留学生がお姉様と同級生だったはず!」
ちなみに、ゲーム本来のストーリーでは、スフィアとアルティナは別の貴上院だった。
改変バンザイ!
ベレッタ同様褐色の肌を持つキャラだった。そのオリエンタルな風貌から、攻略キャラの中でも印象が強い。
「確か、『100恋Ⅲ』で出てきたんだったかしら……あぁ、顔を見たら思い出せるんだけど、こう……もやっと微妙にどんな感じだったか……えっと、とにかく頭が良かったのよね、その留学生は」
顔の画像がぼんやりと霞がかっている。
しかし、顔は分からなくとも、褐色肌の留学生という、とてつもなく目立つ特徴がある。
「よし! まずは明日からその男子生徒探しね!」
目下の目標が決まり、スフィアはやる気にみちた声を出した。
「それと同時並行して、お姉様への接近もやらなきゃ!」
たとえアルティナにいらないと言われ、リシュリーに半目を向けられ、カドーレに無言で諦めの目を向けられても、それはスフィアにとっては必須事項である。
すると、手紙をお願いしたマミアリアが部屋に戻ってきた。
「手紙出してきましたよ、お嬢様」
「あ、マミアリアさん。好きな人に会う理由って、何て言えば好印象を与えられます?」
「え、お嬢様恋ですか! あの彼氏に会いに行くんですか!」
楽しそうにきゃーという甘い悲鳴を上げるマミアリア。
「いえ、ガルツには好印象とかどうでもいいので」
しかし、スフィアは無情に切り捨てる。
「……憐れな少年だわぁ……」
ぼそりと呟くマミアリアの目は同情で光を失っている。
「私の経験値では心許ないので、マミアリアさんの経験値を少し分けてほしいんです」
「え、あーわたしは好きな人って出来たことないので、なんとも言えないんですが……ただ、職業柄色んなお客さんに様々な口説き文句は貰ってきたので、その中で好印象だったものという話なら……」
「わあ、嬢の本音というパンドラボックス」
迂闊に聞いたら背筋が凍るやつ。
しかし聞く。
「それじゃあ、マミアリアさんがポイントが高かったナンバーツーを教えてください」
「どうして二番です? ナンバーワンの方が良くないですか?」
「ナンバーワンは奥の手として取っておきたいので、今はナンバーツーでお願いします」
「……そういうところあったわよね、あんた」
変に小ずるい。
思わず主従ではない時の口調が出てしまったマミアリア。
「まあ、恋をしている時が一番楽しいでしょうし、お嬢様の可愛いお願い事くらい聞きますけど」
マミアリアはコソコソっとスフィアに耳打ちした。
みるみるスフィアの目は見開き、次に口が開き、頬が赤くなり、最後に声を失って手で顔を覆っていた。
「……明日……使ってみます」
「ご健闘を、お嬢様」
二人は、顔を見合わせ親指を立てあった。




