2 変わらないもの
新たな環境の中、変わらない事もあった。
ガルツとブリックは別の貴上院に行ってしまったが、リシュリーと、なんとカドーレまでもが同じ貴上院に進学していた。
リシュリーは一緒に見学会にも行ったし、ずっと「スフィアと一緒のところに行くから」と言われていたから納得だが、まさかカドーレまでとは思わなかった。
「どうして言ってくれなかったんですか、カドーレ」
個々に割り当てられた、ロッカーというか木製の棚が並ぶ部屋で、スフィアは遭遇した隣のカドーレに重い目を向ける。
「はは、別に秘密にしていたわけじゃないんですけどね。僕は直前まで色々悩んでいましたし、それにほら……僕がいようがいまいがあまり変わらないかと」
「変わりますよ」とスフィアは頬を膨らませた。
「仲が良い友人が一人でも多くいてくれるのは、嬉しいことですから」
眼鏡の奥で、カドーレの目元が柔らかくなる。
「優しいですね、スフィア」
すると、棚の反対側からリシュリーがひょっこりと顔を出した。
「ちょっとお、二人で良い雰囲気出さないでくれない? あたしも一緒にいるんだけど」
反対側から現れたリシュリーは、トントンと不機嫌そうに肩を教科書で叩いている。
「そんなんじゃないですよ」
「そうですよ、リシュリー。友人との再会を喜んでいただけですから」
「お黙り、カドーレ。スフィアに接触禁止令出すわよ」
理不尽極まりない。
しかし、もう慣れたことなのだろう。カドーレは反論することも怒ることもなく、ただ肩をすくめて苦笑するだけ。
「リシュリーの独占欲も大変ですね。彼女に変わってお詫び申し上げます、スフィア」
「ふふ、大丈夫ですよ」
もう慣れました。
その二人の様子を見てまたリシュリーの唇が尖る。
しかし、部屋に備え付けられた時計を見て、リシュリーの表情が「あっ」と変わる。
「大変、もうこんな時間! スフィア、次の授業一緒だったわよね? 早く行かなきゃ!」
「あ、そうでした。カドーレは?」
「僕はその授業はとってませんので」
「そうですか、それでは私達は行きますね」
「急いで走って、転ばないようにしてくださいね」
カドーレの注意に二人は片手を上げて返事をすると、バタバタと淑女らしからぬ音を立ててロッカー室を後にした。
入学から半月ほど経ち、皆が貴上院の授業システムにも慣れ始めた頃。
時間把握と教室探しという自己管理による神経の摩耗から解放されたはじめた一年生は、少しばかりよそへ目を向ける余裕も出てくる。
すると、やはりというか何というか、より現実味を帯びた『青田買い』が始まったりもするのがこの貴族社会。
いやもう青田買いと言うより、ただの収穫に近いのだろう。
そして、ここでもスフィアのヒロイン補正というのは健在だ。
「スフィア嬢、よろしければ今度我が家のパーティに来ませんか? ぜひあなたを父に紹介したい」
スフィアは、移動するたびに様々な男子生徒に声を掛けられていた。
「紹介以前に初対面ですよね、私達」
「いいえ、入学時よりずっと見ておりました」
お前だけな――とは口が裂けても言えない。言いたいが。
スフィアは口端を引きつらせながらも、辛うじて笑みを保つ。
ブリック達から教えられた『貴上院は貴幼院とは別物だ』という教えを胸に、スフィアはできるだけ角が立たないような対処を心がける。
ここでは『家』というものが、貴幼院の頃よりもずっと近くなる。下手なことをすれば本人だけの対話では済まなくなることもあるから気をつけろ、と入学前にガルツとブリックに口を酸っぱくして教え込まれた。
「申し訳ありませんが、正式なご招待でしたら父を通してくださいませ」
さすがに今後のことを考えていたとしても、いきなり親を出されれば気後れもするというもの。
男子生徒がうっと言葉を詰まらせた隙に、スフィアは終わりとばかりに腰を落とすと、男子生徒に背を向け去った。
すると、歩き始めたスフィアの隣にすっと女子生徒が寄ってくる。
「スフィアは相変わらず大変ねえ」
目を向ければ、細い目を楽しそうに弧にしたリシュリーだった。
「見てたんなら助けてくださいよ」
「貴上院ではどうするつもりかなあ、ってちょっと興味があったから」
「どうもしませんよ。今までと一緒です」
「ああ、貴上院でもやっぱり突っぱねてく方向なのね」
「まあ、今はガルツがいますしね」
「ああ」と、飲み過ぎて喉が潰れた翌朝くらいの低い声を漏らして、リシュリーは顔を最大限に歪めた。
「いたわね……そういえば」
どうやら離れていても二人は犬猿らしい。
「仲良くしてくださいね。二人とも私の大切な友人なんですから」
「やった! ガルツも友人枠!」
どこを喜んでいるのか。
「だってスフィアはあたしのものなんだもの」
飛び跳ねるようにして腕に絡みついてくるリシュリーを、はいはいと苦笑しつつもスフィアはそのままくっつけて歩いた。
◆
家に帰れば、スフィア宛てに一通の手紙が届いていた。




