1 聖ルシアードへようこそ!
春うらら。
世界は色に満ちあふれており、鮮やかな光景は無条件に心を高鳴らせるものがある。
そして、スフィアの心も当然高鳴っていた。
この日この瞬間を迎えるまで実に十四年。
もはやその気持ちは爆発寸前。
「アルティナお姉様ぁぁぁぁぁん! お揃いの制服ですよぉぉぉぉぉ!」
否、既に暴発していた。
大講堂で簡単な入学挨拶と説明を終え、外に出た瞬間、目の前を通り過ぎていく人だかりの中に意中の令嬢を見つけたスフィア。
瞬間、スフィアは隣のリシュリーなど置き去りにして、真っ直ぐに突進した。
「しょ、初日くらい大人しく出来ないものなの、あなた!?」
ぎょっとしつつも、アルティナは手慣れたように、飛来する赤い核弾頭を片手で押さえ込む。
「初日に出会えた奇跡を存分に伝えたいんです!」
「結構よ!」
頭を鷲掴まれてもなお前進をやめないスフィアに、アルティナの足も本気の構えをとり始める。
ぐぬぬぬと謎の波動が二人から発せられ、リシュリーやアルティナの学友達は遠巻きにして様子を見守っていた。
リシュリーには慣れたものだったが、特にアルティナの学友達は皆困惑顔である。
突然、珍しい赤髪のド級美女が手をふりながら駆け寄ってきたと思ったら、闘牛も驚きの突進力を見せているのである。それを片手で拒んでいるアルティナもすごいが、拒まれてもニコニコと笑顔でなおも前に進もうとする執念に、周囲は固唾を呑まざるを得なかった。
「はいはい、スフィア。初日からアルティナ様を困らせないの」
力が拮抗しているせいで膠着状態に陥っていた二人を解放したのは、同じく聖ルシアード学院に入学したリシュリーだった。
スフィアを持ち上げるようにして、ひょいと両脇を抱え上げる横に置く。
「お久しぶりです、アルティナ様。リシュリー=ブリュンヒルトです。正式に後輩となりましたので、改めてよろしくしていただけると幸いです」
ワンピースの裾を広げ綺麗なカーテシーをきめたリシュリーによって、騒然としていた場に、粛然とした貴族らしい雰囲気が戻ってくる。
白を基調としてあつらえられたワンピースとブレザーの制服は、着る者に品格を与えてくれる。
ゴージャスな金のウェーブ髪に、高貴なサファイアの瞳を持つ彼女が白に身を包まれている姿は、まさしく神像だった。
「お姉様ったら聖女だったんですね。なるほど、どうりでお姉様と一緒にいると色んなものが回復するはずです」
「色んなものの内容が気になるけれど……まず、そんな者この国にはいないのよ」
「おめでとうございます、初代」
「勝手に祭り上げないでちょうだい」
アルティナは髪を払いながら息をついた。
「ともかく、二人とも入学おめでとう。何か分からないことがあったら、私達先輩を頼ってちょうだい」
細められた強気な猫目に余裕を浮かべる口元が、最上級生という風格を欲しいままにしていた。
――ちょっと先輩風を吹かせてるアルティナ様可愛い。
年の差バンザイ。
じゃあね、とアルティナは戻ってきた学友達に囲まれて行ってしまった。
次の瞬間、スフィアはその場で膝を折った。
「どどど、どうしたのスフィア!? 大丈夫!?」
「腰が……抜けました」
アルティナが神々しすぎて。
リシュリーは死んだ魚の目をむけるどころか、瞼を閉じていた。
――ああ、良かった! お姉様の周りにはちゃんと友達がいて、ちゃんと楽しそうに笑っていたわ!
スフィアはアルティナの不幸なシーンしか知らない。
自分といるときは別として、彼女の私生活は謎に包まれていたのだ。特に学院生活は。
幸せそうな学院生活が垣間見え、スフィアは安堵したのだ。
アルティナと一緒にハッピースクールライフを送れるのも一年。
どうかこの一年、彼女の笑顔が曇りませんように。




