◆アルティナとスフィア
全く……何なのかしら。
「お姉様は、学院でもお屋敷でもどちらでもお美しく聡明で可愛いですね!」
どこからこの精神力がわいてくるのよ。
今日もまた突然やってきては、「お姉様お茶しましょ~」と満面の笑みで抱きついてきたスフィア。
もう剥がすのも面倒で、好きなようにさせている。
「というか、どうしてあなたは私の空き時間を知っているのよ」
「えへへ~、お姉様のことなら何でも知ってますう」
おそらく、いとこの王子が情報源だろう。
今度詫びを入れてもらう必要がある。
「それより、今日はどうしたの?」
「あっ、私お姉様と同じ貴上院に決まったんです! そのご報告です!」
「いらないわよ」
どうせそんなことだろうと思ってたから。
手土産です、と言って彼女が持ってきた焼き菓子を、ひょいとつまんで口に入れる。
ほろほろと口の中でほどける珍しい食感のクッキー。あら、美味しい。
つい口に入ったまま次へと手が伸びてしまう。癖になるわ、これ。
気づけば、こちらをスフィアがニコニコ顔で見ていた。
「……な、何かしら」
うっかり気を緩めすぎたかしら。
自分は大公家の娘で彼女より年上なのだし、下手な姿はみせられない。のに、どうしてか、彼女には「まあいっか」と思ってしまう。
だって――。
「いえいえ、お姉様が美味しそうに食べてる姿が愛らしいなあと……網膜に焼き付けていたところです」
「あなたねえ……」
ほらね。
だって、彼女は私のことを少しも否定しないんだもの。
「不思議なものよね。あなたとの関係も」
友人と言うには、隔たりが薄すぎて愛が大きすぎる。
それに、どうしてか彼女を見ると素っ気なくしちゃいたくなるのに、でも同時に放っておけなくもなるのよね。
「お姉様と私は必ず出会う運命でしたし、この先も切っても切れない関係ですから」
「怖いくらいに自信満々ね」
「私には分かってますから」
何なのかしら、この妙な自信は。
けれど、確かに彼女とはこの先もなんだかんだ付き合いが続いていきそうな気がする。
だけど、どうしてかしら。胸騒ぎがするのは。
どうしてあなたは、時折悲しそうな目をするのかしら。
「私の中で、あなたの立ち位置が定まらないのよね」
「え、お姉様の妹ですが?」
「しれっと生まれを改ざんしない」
レイランド侯爵が聞いたら悲しみで卒倒するわよ。
「なぁに? あなた大公家にうまれたかったの?」
『大公家』という、王家に次ぐ権力を羨む者達はたくさんいる。学院の友人達の中にはソレ目当て傍にいる者がいることも知っている。
仕方ない。
いつの時代も権力という甘い蜜は、寵や鳥だけでなく多くの蟻を寄せ付けてしまうのだから。ある程度の割り切りは必須だ。
そういう者にこの手の質問をすると、皆曖昧に笑うか冗談めかして話をすり替えるかという方法をとるのだが。
さあ、彼女はどうかしらね。
「確かに大公家で生まれたかったです」
ほら。やっぱりそういう想いが――
「正確に言うと、大公家の壁紙に生まれとうございましたっ!」
「壁紙!?」
ほら……。
分かっていたでしょ、アルティナ。彼女に普通は通じないって……。大公家の壁紙ですって。壁……かべ? あ、だめ。理解の範疇を超えてるわ。頭がクラクラする。
「……あなたの真意が分からないわ。どういうつもりで言っているのよ」
クッキーを飲み込んだ口からは自ずと溜め息が漏れた。
「下心しかありません」
「清々しすぎるのよ」
どう反応しろと。
「その下心って、どういったものなの? 好き好きいつも言ってるれけど、私があなたにあげられるものなんかないわよ。私と繋がっていればおこぼれがあると思っているの?」
女同士だから大公家狙いの結婚なんてできないのだし。
彼女の好意は分かっている。
でも、どうしても手放しでまだ全てを受け入れられないのよ。
お父様やお母様と一緒に色々見てきたから。
「おこぼれはほしいですね。愛のおこぼれが。できるのなら噴水のごとくこぼしていただけると、愛のシャワーを浴びられて恐悦至極なのですが」
「さっきから私達って会話してるのよね? 投げたボールが返ってこないのだけれど」
「お姉様の困惑顔味わい深い! 視界がハッピー!」
「とうとう言語すら違えてしまったのね」
春からは、お姉様と同じ学院。
「普段、お姉様がどのように皆様と接しているのか見るのが楽しみです! きっとお姉様という大輪のバラには、麗しい蝶が飛び交っているのでしょう。蜂や蝶や小鳥に蜜を分け与える優しいお姉様! それはもはや生命の根源である世界樹では? つまりお姉様は世界で世界はお姉様ということでは?」
「壮大になりすぎて、自分でもわけわかんなくなってるじゃない。もう少しコンパクトに収めなさいな」
「尊」
「一か百かしかないのかしら」
違う。一から百まで好きなところがありすぎるのだ。
「私、お姉様の好きなものを好きと言える強さが好きなんです!」
「あなたも好き好き言ってるわよ」
「お姉様のマネです」
「認めないわ……ここまで酷くない」
いえ、ここまで酷いですよ。
「そして、決して諦めない気高さが好きなんです」
きっと彼女は手にしたいものがあるのなら、途中でヒールが折れても、ヒールを手に持って歩き続けるだろう。ドレスが汚れようと、髪飾りが落ちようとも、手にしたいものがあるのなら止まることをよしとしないのが彼女だ。
「……お姉様。もし、欲しいものが長い長い道の先にあるとします。でも途中でヒールが折れてしまいました。どうします?」
「そんなの――」
普通の令嬢ならば、助けを呼ぶか、誰かに取ってこさせると言う。
でも、私が好きになった彼女は違う。
「――ヒールを脱げば良いじゃない」
ほらね。
「最高です、お姉様」
これだから、彼女の幸せを願うのはやめられない。
すると、背後から声が掛かる。
「お嬢様、リッター夫人がいらっしゃるお時間です」
「あら、もうそんな時間なの?」
見慣れない顔した背の高い執事だった。第一印象はひょろ長い、だ。
私の視線に気づいた執事が腰を折る。
「初めまして、レイランド侯爵令嬢様」
「ああそうね、初めてだったわよね。この間、新しい使用人の面接をしてると言ったでしょう? それで入った者よ」
「エノリアと申します」
エノリア? エノリア……子爵……?
そうだ。セヴィオでその名を聞かなかっただろうか。
「あの、エノリアというのは姓でしょうか?」
「いえいえ、私はただの平民で姓を持ちませんから。ただのエノリアですよ」
であれば、勘違いだったか。
「エノリアさん、お姉様をどうぞよろしくお願いします」
「どこ目線なのよ」と彼女は嘆息して、椅子から腰を上げた。
「それじゃあね、スフィア。ああ、学院入学おめでとう。何か分からないことがあれば、一週間に一度は助けてあげるわ」
「じゃあ私が毎日お姉様を助けにいきますね」
「あいにく、そんな毎日ピンチに陥ってないのよ」
それでも、何かにかこつけて絶対訪ねよう。
念願のハッピースクールライフなのだから。
「そういえば、グレイ様からあなたの家にもバラ園があると聞いたのだけれど」
「ありますよ」
あなたがバラが好きだから、小さい頃からせっせと手入れしたバラ園が。
「バラが見頃な時期になったら誘ってちょうだい」
「――っそれって、誘ったら来てくださるってことで!?」
「あなたの誘い文句次第ね」と、アルティナは微笑して屋敷へと入っていった。
これは、最高の誘い文句を考えなければならない。
彼女が自分の家で自分の隣で笑っている。
そんな未来のためにも。




