◆マミアリア
あんな面接で一体何が分かるというのか。
それとも貴族屋敷の採用試験はこんなものなのか。
とにかく、雇われたってことだし、少しだけ気分が高揚している。
貴族にはなれなかったけど、足を踏み入れることすら許されなかった貴族世界に関わることができたのだし。
かつての生活が続くことを思えば、それだけでもう充分に幸せだった。
田舎では決して見なかったタイプの執事頭――セバストさんから説明を受けている。
貴族の世界だと、年をとっても格好いいのか。
「ここレイランド家は、その性質から実に色々な虫が入り込む場所でしてね」
確かに自然豊かな場所だし、仕方ないのだろう。
しかし、こちとら田舎育ちで虫は平気な方だから大丈夫だ。
「任せてください! 虫でしたら平気で――」
「間者」
「え」
「刺客」
「ん?」
「誘拐犯」
「お!?」
物騒な犯罪者を述べているが、どういう意味だろうか。
意味が分からないと目を白黒させていると、にっこりと言葉に似合わない笑みを向けられる。
「――といった、様々で厄介な虫が時々でるのですよ」
虫……って、え?
「ここで必要とされるのは、レイランドの血を一滴とも流させぬ覚悟と、自分の身は自分で守る技倆です」
ちょっとめまいがしてきた。
おかしいな。
メイド職の説明を受けていたはずなのに、どこぞの抗争に間違って足を突っ込んだみたいになっている。
「あの、質問なんですが……貴族の屋敷のメイドって皆、その技倆が必要なんですか?」
「そんなことはありませんよ。ただ、ここの家は少々特殊でして。スフィアお嬢様の前ではああ言いましたが、もし普通のメイドが良いと仰るのなら、別の働き口も責任持ってご紹介しますが」
「特殊……と言いますと?」
「それは追々。あなたが本当にレイランドに忠義心を抱いたときにお話ししましょう」
思わず息を呑んでしまった。
貴族の使用人とはこれが普通なのか。
あまりにも必要とされる覚悟と技倆が重すぎやしないか。
こんなの、セヴィオでも聞いたことはない。伯爵家でメイドとして働いていた街の人も、そこまでの忠義など持っていなかった。ただの働き口という認識だった。
「つ、つまり、レイランド家に勤められてる皆さんは、そこまでの忠義心を持っているといるということですか……」
セバストさんは、片眼鏡を人差し指と親指で掴んでクイッと位置を正すと、目を細め嬉しそうに笑った。
「当然ですよ」
と言って。
「…………っ」
下心も偽りも欺瞞も、一切感じられないただただ純粋な笑みに、言葉を失ってしまった。
貴族の使用人とは、普通これほどに勤める家に心を傾けるものなのか。
それともこの家が変わっているのか。
しかし、もし変わっていたとしても私にはその異質さがまぶしく思えた。
自分は今まで他人とは見栄や自慢や牽制で繋がってきた。実の親とでさえ。
なのに、この家は血以上に濃い絆が確かにあった。
「さて、いたがいたしましょうマミアリア様。レイランド家のメイドになる覚悟はおありですかな?」
当然、答えは決まっている。
「当然です!」
私もその絆の一員になりたかった。
「よろしいマミアリア。今から貴女はレイランド家の一員です」
些細だが、セバストさんの言葉の変化に心が嬉しくなる。
予想よりも危険な職場らしいが、でも、そんなの問題にもならない。
誰も差し伸べなかった手を、躊躇なく差し伸べてくれたあの少女になら、私は忠義を誓える。
庭の手入れの仕方と一緒に長銃の扱い方も教わった上に、自分には銃よりナイフの方が上手く使いこなせる能力があったのはまた別のお話。




