◆ジークハルトとグリーズ
レイランド家の嫡男として生まれて、たかだか十六年だが、その中でも僕が唯一敵わないと思った男がいる。
そいつは今、隣でのほほんとした微笑顔で、窓の外を眺めている奴なのだが。
「どうしたんだい、ジーク。私の顔に何かついているのかな?」
「いや……まさか同じ学院に通う事になるとはと思ってな、グリーズ。教室でお前を見た時は、生まれて初めて負けたって思ったよ」
「しかも爆笑してたよね、ジークは。あの時は、君の本当の心を初めて見た気がして、嬉しかったな。こうしてご褒美も貰えたわけだし、勝って良かったよ」
「まさか僕より『上』の学院じゃなく、『同じ』を選んでくるなんてな」
「言っただろう。私は、君と対等になりたかったんだよ」
僕達の付き合いは長いが、友人と呼べる関係になったのは、ほんの一年前だ。
◆◆◆
王宮は何度訪れても、居心地が良くない。
その原因は分かっている。今自分と対面して、ニコニコ顔でチェスを指している男のせいだ。いつ訪ねても同じ顔。何も考えていないのか。将来自分の主になるというのに、全くもって尊敬も忠誠も抱けない。むしろ、コイツが国王になって大丈夫なのか、と不安さえわいてくる。
来年にはお互い貴上院生になるというのに、いつまでこんなお友達ごっこの茶番を続けるつもりなのか。父親同士が仲が良いというのも困りものだ。親指を吸っていた頃から付き合わされ続け、はや十四年。王子様のご機嫌取りに駆り出されるくらいなら、家で妹の後を付いて回っている方が断然楽しい。何だあれは。突然、妖精が見えるようになったのかと思った。
しかし侯爵家子息たるもの、そのような感情はおくびにも出さない。
僕は熟慮した風を装って、手に取った駒を次善手で指す。
「……ジークハルト卿は、どうして悪手ばかりを指すんだい?」
「これを悪手とは、さすがは殿下。僕は最善手を指したつもりだったのですが、殿下の技量には敵いま――」
「だって、君にとって、最善手以外は全て悪手だろう?」
思わず息を呑んでしまった。まるで、全て見透かされているようだ。
「優秀と名高い君が、こうして私を気遣ってくれているのは知っている。レイランド家なのに、臣下でいようとしてくれている事も」
へえ、知っていたのか。レイランド家の謂われを。
「……いつからですか?」
「多分、君より早いよ。五、六歳だったかな。君は、恐らくスフィア嬢が生まれた頃くらいだろう? その頃から私を見る目が変わったから」
これには少々驚いた。態度は変えていないつもりだったのに、見抜かれていたという事もだが、それよりも、知った上で『この態度』だったのかと。
普通ならば萎縮するか、顔も見たくないと遠ざけるものだ。まさか、自分より取り繕うのが上手い奴がいたとは。思わず笑んでしまいそうになった口元を、自然な流れで手で覆い隠す。
「存外、殿下は骨のあるお方だ」
「君に褒められるなんて光栄だよ。褒められついでに、ご褒美をねだってもいいかな」
「どうぞ」
どうせ、臣下の僕に拒否権などないのだから。
「そろそろ私は、君と友人になりたいんだが。ずっと間に壁を立て続けられる関係も、いい加減終わりにしたいと思ってね……どうかな?」
「あはは! 友人と来ますか」
これには参った。もし、「裏切らないでくれ」などと言うのであれば、そんな情けない主は見捨ててやろうと思っていたが。中々どうして、面白い。
しかし、そうそう簡単に落ちてはやらない。まだ僕は、この王子様を図りかねている。
「そろそろ貴上院選びですが、そこで殿下が僕より優秀だと示す事ができたら、そのおねだりを聞きましょうか」
「本当かい! 楽しみだよ、ジークハルト卿」
とはいえ臣下たるもの、主に恥をかかせてはならない。念の為に二段下の貴上院を選ぶつもりだ。どの学院を選ぼうと、僕の評価が陰ることはないのだから。
あとは適当に、友人のフリでもしてやれば満足するだろう。
しかし数ヶ月後、教室に入って目にした顔に爆笑する事になるとは、この時の僕は、少しも考えていなかったんだ。




