43.謎の面接試験が軽すぎる
御者とスフィアの二人で出て行ったのに、帰ってくるときには三人に増えていた事に、レイランド家の者達は「まあ」と軽めに驚いていた。
事情を話すと、皆マミアリアに同情を示していたが、やはり二つ返事に了承は貰えなかった。
すっかり借りてきた猫のように大人しくなるマミアリア。
「メイドでも庭師でも職種は気にしないんだが……セバスト、どう思う?」
ローレイが執事頭であるセバストに意見を尋ねる。
「そうですね。身上調査さえクリアすればよろしいかと」
セバストの片眼鏡がキラリと光った。セバストはツカツカとマミアリアに近付くと、失礼と一言ことわって、腕や足に触れる。
「ふむ、実にしなやかな筋肉。素質はあります。お嬢様、視力は? あそこの絵が見えますか」
「は、え、す、杉林の中に青い屋根の小屋がある絵です」
「遠近両方いけますね」
「じゃあ問題ないか」
一体、何が行われているのか。何が問題ないのか。
スフィアもマミアリアも目を点にして、奇妙な採用試験を眺めていた。
一応、ローレイの「問題ないか」という軽めのお墨付きも貰ったことだし、無事採用ということでいいのだろう。
しかし、スフィアが良かったですねと声を掛けようとした瞬間、批難染みた声が飛んできた。
「待ってください。父様、母様、僕は反対ですよ。スフィアを困らせる元凶となった者を雇い入れるなど」
出た。最大の難関。
「ですから、彼女も被害者なんです! 彼女自身は利用されただけで悪くないんです」
スフィアは懸命に説明する。
しかし、ジークハルトはスフィアの頭をヨシヨシとなだめるように撫でるだけで、まともに取り合わない。
「スフィアは優しいねえ。でも、そんな誰でも彼でも雇うことはできないんだよ。人手も足りているしね」
仕方ない、とっておきを出そう。
スフィアは顔を俯けると、グッと目に力を入れて潤ませ、息を止めて頬を赤くする。それを一瞬でやってのけた後、次の瞬間にはジークハルトの胸に縋るようにして、上目遣いで迫った。
「兄様ぁ、スフィアのお願いを聞いてくれなきゃヤッですぅ。泣いちゃいますよぉ」
「〜〜っんもう採用!!」
チョロい。
「と、いう事だ。マミアリアだっけ? しっかりとレイランド家に尽くすように。そして、その命に替えてもスフィアを守るように」
「もう、大げさですよ兄様」
相変わらずシスコンが重すぎる。
「とにかく良かったですね、マミアリアさん」
「あ、ありがとうございます!」
レイランド家に美しい赤が増えた日だった。
◆
セヴィオの件を片付け、あとは家でごろごろして過ごすかと思っていた時、ガルツから手紙が届いた。
どうやら冬休みが明ける前に、二人で話がしたいとのことだった。
「駄馬からだよ~」と、手紙を部屋にまで届に来てくれたジークハルトが、行き先をとてつもなく気にしていたようだったが、遠慮なく部屋から追い出した。
「ガルツったら、何の用かしら。二人きりって指定するなんて珍しいわね」
まあ、彼の性格を考えれば、変な事は起きないだろう。
「――おい、兄貴は着いてきてねえだろうな」
やはり場所は無難に王都。
ガルツはスフィアの影に隠れるようにして、辺りを窺っている。
「あら、連れてきたほうが良かったです?」
「勘弁してくれ。さすがに街中でタップダンスはしたくねえ」
確かに。良い見せ物である。
どこかの店で落ち着いて話すのかと思いきや、二人揃って何となく市場の方へと向かった。
相変わらず賑やかで鮮やかな王都の市場。活況に沸いた空気は、歩いているだけで楽しいものだ。
「それで、お話ってなんですか?」
買ってもらった果物を口に放り込みながら、スフィアは隣のガルツに目を向ける。ガルツは、お礼に買ってあげた真緑の飲み物を青い顔で飲んでいた。喉が鳴る度に、彼の顔から生気が抜けていっているような気がする。無理して飲まなくていいのに。律儀な男め。
「あっ、もしかして別れ話ですか! なるほど!」
「なるほどじゃねえよ。なんでちょっとイキイキしてんだよ」
「地雷は一つでも多く撤去したいですしね!」
「はぁ、わけわかんね……まあ、そりゃ昔からか」
毎度の扱いに慣れたのか、ガルツは溜め息を吐いただけで、スフィアの反応にショックを受けている様子はなかった。実に変な信頼関係を築いてしまっている。
――そういえば、私ってまともに恋愛したことってないかも……。
前世でも好きな人はいたが、実ったことはなかった。実らせようと動いていなかったのだから当たり前かもしれないが、誰かにそこまでの執着を覚えなかったのも一因かもしれない。
――私の執着って、きっと『アルティナ様』が初めてなのよね。
彼女が幸せになる為なら、いくらでも課金しようと思ったものだ。あいにく課金できるアイテムもグッズもなく、自作沼に没していたが。
ひよこは最初に目にした者を親と認識すると言うが、自分も同じなのかもしれない。
初めて執着を覚えたアルティナが、スフィアの中では絶対的存在として君臨していて、他の全ては二の次なのだ。
――他に気が向くのは、アルティナお姉様が幸せになったのを見届けてからって感じかしら。
はてさて、まともに自分の恋愛が出来るようになるのはいつなのか。
そんな事を思いながら果物を全て食べ終えたら、ちょうどガルツが真面目な声音で口を開いた。
「なあ、お前って貴上院はどこにするか決めたか」




