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【書籍化】ごめんあそばせ、殿方様!~100人のイケメンとのフラグはすべて折らせていただきます~  作者: 巻村 螢
第三章 もしかして恋愛ルート突入ですか!?

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42.色々な別れ

 ロクシアンはまだ屋敷を調べるからと、四人は先に飲み屋へと帰ってきてた。


 

「――という事で、マミアリアさんを騙した伯爵様の夢はきっちり潰しましたので、これで少しは溜飲を下げてくださると良いのですが」


 飲み屋の二階で顛末報告を聞いたマミアリアは、唖然として呆け顔で「は?」と言った。


「その反応とっても分かる」

「俺達も何度あいつに『は?』って思った事か」


 お黙り。


「いや……え? あの、えっと、それってわたしの為? え、わざわざ? 同じ貴族なのに?」


 目を瞬かせているマミアリアの手に、スフィアは手を重ねた。


「確かに貴族には良からぬ事を考える人もいます。でも、全員が全員そうだとは思ってほしくないんです」


 少なくとも、スフィアの周りにいる彼らはとても真っ直ぐで、尊敬に値する者達ばかりだ。


「そうだよ。あんたも人を肩書きや身分じゃなく、その人自身で見な。貴族の妻になったからって、幸せな未来が待ってるなんてことはないんだよ……」


 ベレッタの生い立ちを知った今、スフィア達三人には彼女の言葉がとても重く感じられる。


「じゃ、じゃあわたしはこの先どうすれば良いのよ……」


 しょげたように俯いてしまったマミアリア。尖らせた口からでる声は実に弱々しい。


「あんた、貴族になりたい以外に夢はないのかい?」


 マミアリアは横に首を振った。


「普通でいたくないんだもの。村にも帰りたくないし、この街も……わたし、色々と無茶やってきたからあまり良く思われてないし……でもわたしみたいなのって、他の街に行ったところで、きっと今と同じような生活になるだけだろうし……」


 どんどんと背中が丸くなっていくマミアリア。

 確かに騙した奴を成敗したといっても、彼女の生活はなんら変わらない。それどころか、急に夢というものを取り上げられ、生き方すら分からなくなっても仕方のないことだ。


「マミアリアさん、趣味や得意な事ってないですか」

「趣味はないけど……得意なことっていうか、村では畑を耕したり家の事をやってたから、そういう雑事はできるわよ」


 でもそれが一体何なんだ、とマミアリアは自嘲した。


「わたしって赤髪なだけで本当平凡ね。これじゃ何かになれるわけないわよね」

「よし! うちのメイドになりませんか!」

「本当よ、メイドにしかなれな………………うん!?」


 マミアリアだけでなく、その場にいた全員が「うん!?」とスフィアに驚きの目を向けた。


「え、いや……い、一応わたしがあなたを困らせた噂の張本人っていうか……え?」

「雑事が出来るならメイドになれますし、畑をやってたのなら、きっと土仕事も出来ますよね!」

「いや、貴族のメイドって身分がいるんじゃないの?」


「そうですっけ?」とスフィアが、横で目を白黒させている子分ズを見遣れば、二人は何度も頷いていた。


「その身分はメイドの種類にもよるけど、普通は他の貴族家とかからの紹介じゃないと雇い入れないよ」

「それに執事頭やメイド長とかの面接もあってだな、勝手にお前が決められる事じゃないんだよ」

「そ、そうだよ姫。アタシもさすがにそれは不用心だと思うよ」


 四者四様に再考を促す言葉を掛けるが、スフィアは笑顔で「大丈夫ですよ」と頑として引かない。


「もしメイドが駄目でも庭師って手もありますし! 困ってる人をこのまま放って帰れないです」


 それに、彼女の赤髪では、どこへ行ってもきっと今回の噂がついてまわるだろう。

 スフィアも赤髪だからと、それだけで嫌というほど不躾な視線を向けられてきた。しかしスフィアには守ってくれる家族も友人もいた。

 だが、マミアリアはどうだ。

 帰る場所も、受け入れてくれる場所もない。


「『持てるものこそ与えなくては』――ですよ!」


 貴族の精神を説かれれば、ガルツとブリックは黙るしかない。

 二人の顔には『コレだもんな』と、決して穏便に事を済まさないスフィアへの諦めが浮かんでいた。

 ベレッタは「参ったね」と、嘆息しつつもどこか嬉しそうに笑っていた。

 マミアリアは口を呆けたように丸く開け、あっという間に決まってしまった自分の身の振り方に、目をチカチカさせていた。




        ◆




 それから暫くすると、飲み屋にロクシアンがやってきた。どうやら必要な証拠品など全て積み終えたようだ。

 マミアリアの扱いについて話すと、ロクシアンもベレッタと同じような反応を見せた。


「最悪の場合は僕に連絡ちょうだい。色々と働き口は知ってるからさ」

「頼もしいですね、ロクシアン先輩」


 しかし、恐らく彼の力は借りずに済むだろう。


「さて、噂の元凶が皆いなくなったんじゃ、もう心配する必要もないな。俺等もそろそろセヴィオからおさらばするか」

「だね。思ったより長い旅行になっちゃった」


 その言葉で、スフィア達は帰り支度をはじめた。






 セヴィオの外れで、それぞれの家の馬車を待つ三人とマミアリア。ベレッタとロクシアンは、もう少しだけセヴィオに残るということだったが、見送りに一緒に出てきてくれていた。


「あぁ、冬休みもあと少しですね」

「明けたらすぐに貴上院選んで、そしてすぐ卒業だもん」


 あっという間だったね、とブリックが僅かな哀愁を漂わせる。

「貴上院……な」とガルツも物思いに耽った顔で、足元に視線を落としていた。


「でも、リシュリーとカドーレに会えるのは楽しみですね。二人共何して過ごしてるんでしょうね」


 何気ない言葉だったが、スフィアのその発言に反応を示した者がいた。ガルツでもブリックでもない。


「……カドーレ? ちょっと、姫。その二人も姫の友人かい?」


 ベレッタだった。


「ええ、リシュリー=ブリュンヒルトとカドーレ=ピクシーですが……お知り合いです? 同じ生徒会なんですが」

「い、いや……人違いだったよ」


 するとベレッタは、ロクシアンから紙とペンを奪い取りメモを書き付けると、その紙を押し付けるようにしてスフィアに渡した。


「これ、アタシの連絡先。常にいるわけじゃないが、取り次ぎがいるから必ずアタシに届くようになってる。何か……姫や周りの奴等に何かあって、助けが必要なときは連絡しておくれ……必ず……っ!」

「わ、分かりましたわ?」


 必ず、ともう一度ベレッタが念押しするのを不思議に思いつつ、スフィアはその紙をポケットにしまい込んだ。

 そうこうしていると、馬車がやって来た。三人はそれぞれの家の馬車に乗り、マミアリアはベレッタとロクシアンに頭を下げ、スフィアの馬車へと乗り込んだ。


「それでは、今回もお世話になりましたー!」


 開けた窓から叫び手を振るスフィアに、見送りの二人は「危ないよ」と笑いながら手を振り返していた。






 轍の響きが遠く小さくなった頃――


「ねえ、ベレッタ」


 ロクシアンが静かに口を開いた。


「もしかして、君の大切な弟って……」

「ロクシアン坊、何も知らないふりをしとくれ」

「……了ー解」


 肩を並べて佇む二人の視線は交わることなく、ただ真っ直ぐにスフィア達が消えた地平の彼方へ向けられていた。



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