42.色々な別れ
ロクシアンはまだ屋敷を調べるからと、四人は先に飲み屋へと帰ってきてた。
「――という事で、マミアリアさんを騙した伯爵様の夢はきっちり潰しましたので、これで少しは溜飲を下げてくださると良いのですが」
飲み屋の二階で顛末報告を聞いたマミアリアは、唖然として呆け顔で「は?」と言った。
「その反応とっても分かる」
「俺達も何度あいつに『は?』って思った事か」
お黙り。
「いや……え? あの、えっと、それってわたしの為? え、わざわざ? 同じ貴族なのに?」
目を瞬かせているマミアリアの手に、スフィアは手を重ねた。
「確かに貴族には良からぬ事を考える人もいます。でも、全員が全員そうだとは思ってほしくないんです」
少なくとも、スフィアの周りにいる彼らはとても真っ直ぐで、尊敬に値する者達ばかりだ。
「そうだよ。あんたも人を肩書きや身分じゃなく、その人自身で見な。貴族の妻になったからって、幸せな未来が待ってるなんてことはないんだよ……」
ベレッタの生い立ちを知った今、スフィア達三人には彼女の言葉がとても重く感じられる。
「じゃ、じゃあわたしはこの先どうすれば良いのよ……」
しょげたように俯いてしまったマミアリア。尖らせた口からでる声は実に弱々しい。
「あんた、貴族になりたい以外に夢はないのかい?」
マミアリアは横に首を振った。
「普通でいたくないんだもの。村にも帰りたくないし、この街も……わたし、色々と無茶やってきたからあまり良く思われてないし……でもわたしみたいなのって、他の街に行ったところで、きっと今と同じような生活になるだけだろうし……」
どんどんと背中が丸くなっていくマミアリア。
確かに騙した奴を成敗したといっても、彼女の生活はなんら変わらない。それどころか、急に夢というものを取り上げられ、生き方すら分からなくなっても仕方のないことだ。
「マミアリアさん、趣味や得意な事ってないですか」
「趣味はないけど……得意なことっていうか、村では畑を耕したり家の事をやってたから、そういう雑事はできるわよ」
でもそれが一体何なんだ、とマミアリアは自嘲した。
「わたしって赤髪なだけで本当平凡ね。これじゃ何かになれるわけないわよね」
「よし! うちのメイドになりませんか!」
「本当よ、メイドにしかなれな………………うん!?」
マミアリアだけでなく、その場にいた全員が「うん!?」とスフィアに驚きの目を向けた。
「え、いや……い、一応わたしがあなたを困らせた噂の張本人っていうか……え?」
「雑事が出来るならメイドになれますし、畑をやってたのなら、きっと土仕事も出来ますよね!」
「いや、貴族のメイドって身分がいるんじゃないの?」
「そうですっけ?」とスフィアが、横で目を白黒させている子分ズを見遣れば、二人は何度も頷いていた。
「その身分はメイドの種類にもよるけど、普通は他の貴族家とかからの紹介じゃないと雇い入れないよ」
「それに執事頭やメイド長とかの面接もあってだな、勝手にお前が決められる事じゃないんだよ」
「そ、そうだよ姫。アタシもさすがにそれは不用心だと思うよ」
四者四様に再考を促す言葉を掛けるが、スフィアは笑顔で「大丈夫ですよ」と頑として引かない。
「もしメイドが駄目でも庭師って手もありますし! 困ってる人をこのまま放って帰れないです」
それに、彼女の赤髪では、どこへ行ってもきっと今回の噂がついてまわるだろう。
スフィアも赤髪だからと、それだけで嫌というほど不躾な視線を向けられてきた。しかしスフィアには守ってくれる家族も友人もいた。
だが、マミアリアはどうだ。
帰る場所も、受け入れてくれる場所もない。
「『持てるものこそ与えなくては』――ですよ!」
貴族の精神を説かれれば、ガルツとブリックは黙るしかない。
二人の顔には『コレだもんな』と、決して穏便に事を済まさないスフィアへの諦めが浮かんでいた。
ベレッタは「参ったね」と、嘆息しつつもどこか嬉しそうに笑っていた。
マミアリアは口を呆けたように丸く開け、あっという間に決まってしまった自分の身の振り方に、目をチカチカさせていた。
◆
それから暫くすると、飲み屋にロクシアンがやってきた。どうやら必要な証拠品など全て積み終えたようだ。
マミアリアの扱いについて話すと、ロクシアンもベレッタと同じような反応を見せた。
「最悪の場合は僕に連絡ちょうだい。色々と働き口は知ってるからさ」
「頼もしいですね、ロクシアン先輩」
しかし、恐らく彼の力は借りずに済むだろう。
「さて、噂の元凶が皆いなくなったんじゃ、もう心配する必要もないな。俺等もそろそろセヴィオからおさらばするか」
「だね。思ったより長い旅行になっちゃった」
その言葉で、スフィア達は帰り支度をはじめた。
セヴィオの外れで、それぞれの家の馬車を待つ三人とマミアリア。ベレッタとロクシアンは、もう少しだけセヴィオに残るということだったが、見送りに一緒に出てきてくれていた。
「あぁ、冬休みもあと少しですね」
「明けたらすぐに貴上院選んで、そしてすぐ卒業だもん」
あっという間だったね、とブリックが僅かな哀愁を漂わせる。
「貴上院……な」とガルツも物思いに耽った顔で、足元に視線を落としていた。
「でも、リシュリーとカドーレに会えるのは楽しみですね。二人共何して過ごしてるんでしょうね」
何気ない言葉だったが、スフィアのその発言に反応を示した者がいた。ガルツでもブリックでもない。
「……カドーレ? ちょっと、姫。その二人も姫の友人かい?」
ベレッタだった。
「ええ、リシュリー=ブリュンヒルトとカドーレ=ピクシーですが……お知り合いです? 同じ生徒会なんですが」
「い、いや……人違いだったよ」
するとベレッタは、ロクシアンから紙とペンを奪い取りメモを書き付けると、その紙を押し付けるようにしてスフィアに渡した。
「これ、アタシの連絡先。常にいるわけじゃないが、取り次ぎがいるから必ずアタシに届くようになってる。何か……姫や周りの奴等に何かあって、助けが必要なときは連絡しておくれ……必ず……っ!」
「わ、分かりましたわ?」
必ず、ともう一度ベレッタが念押しするのを不思議に思いつつ、スフィアはその紙をポケットにしまい込んだ。
そうこうしていると、馬車がやって来た。三人はそれぞれの家の馬車に乗り、マミアリアはベレッタとロクシアンに頭を下げ、スフィアの馬車へと乗り込んだ。
「それでは、今回もお世話になりましたー!」
開けた窓から叫び手を振るスフィアに、見送りの二人は「危ないよ」と笑いながら手を振り返していた。
轍の響きが遠く小さくなった頃――
「ねえ、ベレッタ」
ロクシアンが静かに口を開いた。
「もしかして、君の大切な弟って……」
「ロクシアン坊、何も知らないふりをしとくれ」
「……了ー解」
肩を並べて佇む二人の視線は交わることなく、ただ真っ直ぐにスフィア達が消えた地平の彼方へ向けられていた。




