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【書籍化】ごめんあそばせ、殿方様!~100人のイケメンとのフラグはすべて折らせていただきます~  作者: 巻村 螢
第三章 もしかして恋愛ルート突入ですか!?

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38.同じ赤色でも……

 同じ色を持つスフィアが生まれた時は、レイランド家の誰もが綺麗だと褒めたものだ。


 しかし、マミアリアは違った。

 閉鎖的な田舎では、異なっているという事が殊更に忌避された。幼い頃から、村人達には異物を見るような目で見られ、両親には髪を隠せと目を合せる度に嘆かれたものだ。

 結果、マミアリアはいつも髪を隠し、村を歩くときは背中を丸め、他の村人達に埋もれるようにして日々を過ごすようになった。


 マミアリアは自分の赤髪が嫌いではなかった。綺麗とすら思う。

 しかしそう思う事は許されない空気が村にはあった。異端で異質。

 村に溶け込むために、マミアリアは自我を極限まで消して過ごした。そんな毎日は痛くて、悲しくて、惨めなもので、苦しい以外のなにものでもなかった。

 赤髪を持ち続ける限り、ずっとこのような生活が続くのだと思ったら、マミアリアの目の前はまっくらになった。


 気が付いたら、マミアリアは村から逃げ出していた。

 村で生き続けることで、自分というものが少しずつなくなっていくのが恐ろしかったのだ。いつか自分が自分でなくなり死んでしまうのではと

 そうして、セヴィオの街へとマミアリアはやってきた。

 そこでマミアリアは初めて、自分が特異ではなく『特別』なのだという事を知った。

 街を歩けば誰もが振り返った。向けられる視線は、村人とは違う羨望の目。聞こえてくるのは陰口ではなく、すごいやら綺麗やらといった賞賛の声。

 次第にマミアリアは、赤髪を持つ自分こそが世界の中心だと思うようになっていった。


 しかし、時が経つにつれ世界の中心は、少しずつマミアリアからズレていく。

 確かに最初こそ目立っていたものの、次第に街の者達もマミアリアの赤髪になれていった。誰もマミアリアに注目しなくなった。珍しい赤髪を一瞥はするが、皆が通り過ぎていくのだ。

 マミアリアはたちまち怖くなった。


『またわたしは……大勢に埋もれるの?』


 一度『特別』と認識してしまったマミアリアにとって、その他大勢に埋もれることは、田舎での辛かった日々を思い起こさせた。

 特別でいなければ。

 何かにならなければ。

 埋もれてしまえば、自分が消えてしまう。死んでしまう。

 それは最早、幼い頃からの生活で染みついてしまった脅迫観念。


『死にたくない! あんな日々にはもう戻りたくない……っ!』


 マミアリアは、自分が誰よりも特別だと思っていた。

 しかし、街には自分以上に特別な者達がいた――『貴族』だ。

 平民と絶対的に隔てられた、壁の向こう側の住人。赤髪を持たずとも、彼らは常に特別だった。

 気付いてしまったのだ。

 自分は赤髪をもっただけの、どこにでもいる平民にすぎないと。


『ねえ、貴族になる(向こう側へ行く)にはどうしたらいいの』


 そう尋ねれば、決まって馬鹿にしたような笑いが返ってきた。

 皆、『生まれが違うんだから無理だよ。行きたいなら、もう一度生まれ変わらなきゃ』と言った。

 マミアリアはまたも絶望した。

 しかし、もう逃げる場所がない。村でも街でも駄目なら、どこへ行けというのか。

 そこからは何かになりたいという気持ちを抱えたまま、でも何者にもなれず、この街を埋めるただの群衆の一人として無為に生きる日々だった。

 しかし、ある日マミアリアに転機が訪れる。




「ゼノン伯爵の使いって人が、わたしの元にやってきたの」


 ゼノン伯爵とは、ここセヴィオの領主『ロカフ=ゼノン』の事である。


「わたしの赤髪を見て、君は特別な存在だって言ってくれたの。そこでわたし、その人に特別だと思うならわたしを貴族にしてってお願いしたの」




 その伯爵の使いと名乗った男は、マミアリアの願いに対しこう言った。


『平民が貴族になりたい……か。ふむ……一つ可能性がある方法がある。売れっ子の娼婦には貴族の客もつく。そこで気に入られれば妻に娶る者もいるが……』と。


 貴族も娼館を利用することは知っていた。しかし、セヴィオではたかが知れている。王都から離れた西にあるセヴィオは、貴族が少ない。せいぜい、領主とその近辺の者達くらいだ。

 だが男は、鼻で笑ったマミアリアの考えを否定した。


『言っただろう、売れっ子になればと。人の噂とは侮れないものでね……良い娼婦がいると聞けば、それ目当てで訪ねる貴族もたくさんいるのだよ』


 彼の言葉は、マミアリアに希望を抱かせるに充分だった。


『本当に、娼婦になれば貴族になれるの』

『貴族でも赤髪というのは今のところ一人しかいない。とても珍しいんだ。貴族というものは希少なものに価値を見出し、手元に置きたがるものさ』

『一人って……私以外にも赤髪が?』

『まだ子供だ、安心したまえ。それにだからこそ、そこが君の強みになるのだよ。赤髪の令嬢はすぐには娶れないが、君ならすぐにでも娶れる』


 マミアリアの目は輝き、男の発する言葉全てに頷いていた。


『君は本当に運が良い。ちょうど領主様と、街の娼館を増やそうと話していたところだ。そこで、君には新たに開く娼館の一つで働いてもらいたい』

『……娼婦』


 少し躊躇いをみせたマミアリアの手を、大丈夫だと男は強く握る。


『君が有名になればなるほど、様々な貴族が君を訪ねるだろう。どうだい、ここで膿んで生きるより、よっぽど夢があるとは思わないかい?』


 膿んで生きるより――その言葉が決め手となった。二度と埋もれたくないという思いが、マミアリアを頷かせていた。


『客の多さは魅力の多さだ。派手に遊びたまえ』


 男はマミアリアに『イイ女には準備も必要だろう』と金を握らせると、去って行った。


『君のその赤髪が、色んな男達を呼び寄せてくれるさ』


 そんな言葉を残して。しかし、最後まで名前は告げず。





「そう言ったのよ……その男は! だから、わたしは頑張って……やっとわたしの噂が王都にも届いたっていうのに……っ、なんで邪魔するのよ……ぉ」


 マミアリアの話を聞き終わった四人は、曖昧な顔をして互いに目配せしあった。

 スフィアの膝に額を擦りつけ、握った拳を振るわせたマミアリアに、何と声を掛ければいいのか分からなかった。

 なぜなら、彼女が夢を叶えるために選んだ、いや、選ばされた道はどこにも通じていないのだから。


「悪いですけど、貴族があなたを娶ることはないですよ」


 誰もが伝えるべきか躊躇っていた中で、ガルツが口を開いた。

 言い辛い真実と共に。

 ガルツの言葉に、マミアリアの頭がゆるゆるとスフィアの膝から離れる。


「……え」


 ガルツに顔を向けたマミアリアは、信じられないとばかりに、泣きはらした目を何度も瞬かせている。

 スフィアもベレッタもブリックも、皆が顔を曇らせ視線を落とす中で、ガルツだけが正面からマミアリアを見ていた。


「俺達貴族は体面や外聞を気にする。そこを侮られれば家ごと侮られるから。確かに、その使いって人が言ったように貴族でも娼館を利用するし、お気に入りを作るでしょう。だが、あくまでそれは外でだけで、娼婦を(貴族)に迎えることはしません。少なくとも上級と呼ばれる貴族達は……」

「そ……え、冗談、でしょ?」


 マミアリアは懸命に笑おうとしていたが、口端が引きつって上手く笑えていない。それでもガルツは真実を言う事をやめない。


「中には妾を持つ貴族もいますけど、それは妾であって妻ではないんです。たとえ子供が生まれても、籍をいれなければ貴族にはなりません」

「で、でも、本当に愛していれば妻にするわよね!? わたし、何人もの貴族から一番愛しているとか、娶りたいとか言われてるんだもの……だ、大丈夫でしょ、わたしは!」


 ガルツの話は聞きたくないとばかりに、マミアリアはガルツから隣のブリックへと視線を移し問いかけた。

 向けられたブリックは「まぁ……」と曖昧な返事で濁し、瞼を閉じる。


「その時はどうだったか分かりかねますが……ここまで大々的に男遊びだのと噂が広まったあなたを、妻に迎えようと思う貴族はいないと思いますよ」


 ハッキリと告げられたガルツの言葉に、マミアリアはゆらりと倒れそうになり、慌ててスフィアが肩を抱いて支える。


「どうして……っ、じゃあわたしは……自分で自分の道を閉ざしてたっていうの……じゃあ、どうしてあの人は、わたしにこんな事をさせたの……」


 夢というものは甘美だ。

 掲げている間は上を向いていられる。目標に向かって歩み続けられる。

 しかしいつしか、夢の高さに目眩をもよおす日が来るのだ。

 この先どうやっても、あの山頂には絶対に辿り着かないと自分の歩幅を知る。

 そこで初めて、人は上でなく前を見る。前を向いて現実を歩き始める。

 だが、それは自分で気付くべき事で、誰かが奪っていいものではない。ましてや、手が届きそうだと嘯いて道を逸らすことなど、絶対にあってはならないのだ。


「……許せない」


 スフィアは力なく胸にもたれたマミアリアを眺め、音を伴わず呟いた。


「一人の乙女の人生を狂わせた代償は、しっかりと払ってもらうわよ」

 


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