12・あら、もう目的達成かしら?
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「――さて、父上達も出て行った事ですし……スフィア嬢、そんなに緊張しなくても良いですよ。どうぞこちらに」
早速グレイが椅子を引いて自身の隣にスフィアを招く。
その行動は紳士なら至極当然と言った様子で、下心や好意ゆえのものとは感じられなかった。
スフィアは礼を言って素直にその椅子に腰を下ろしたが、内心では彼をはかりかねていた。
――これは、まだ……なのかしら?
シナリオでは、スフィアが父親ローレイに連れられてグレイと会った事が、攻略のきっかけとなっていた。しかしそれは『会っただけ』できっかけとなるのか、それともその時に『起こった出来事』がきっかけとなるのか、そこまではスフィアにも分からなかった。
――ごく普通に見えるけど、どうかしら。
もし後者ならば、今すぐにこの場を離れればフラグ回避出来るかもしれない。
スフィアは自身を挟んでグレイとは反対側に座るアルティナの姿をチラと瞳に映す。
自分の覚えている姿より格段に幼いが、それでも面影はあった。
大きく波を打つ柔らかそうな金の髪、細く白い手足は庇護欲をかき立て、猫のような青い瞳の目はその気の強さを表わしていた。
アルティナはグライドととても楽しそうに何かを話している。先程自分に向けられた冷たい視線とは大違いだったが、スフィアにとってそのどちらも眼福でしかなかった為、あまり気にもならなかった。
――すぐにこの場を去るのは惜しいし、かといって長居も出来ない。せめて、部屋の外に出て、いつでも逃げられる状態なら……。
「スフィア嬢、まだ緊張してますか?」
思考に耽っていると、隣から顔を覗き込むようにしてグレイに声を掛けられた。
驚いたスフィアは上体を反らし、近寄るグレイから僅かに距離を取る。
「い、いえ。ただ皆さんと一緒に、どんな遊びをしようか考えていただけですわ」
「確かに! 折角スフィア嬢も来てくれたんだ。いつも通りここで話しているだけじゃあ、つまらないな!」
スフィアの言葉を聞いたグライドが同意の声を上げる。すると、彼の隣に居たアルティナが、眉間を寄せて刺すようにスフィアを見つめてきた。
――何かしら……?
スフィアはその意図の分からない視線に、内心で首を傾げた。
「皆で遊べて……ここに留まらない、となると――」
隣でグレイが顎を指で撫でながら、思案の呻きを漏らす。すると、何か思いついたのかパッと表情を明るくしてはしゃぐような声を出した。
「そうだ! グライド兄上、アルティナ嬢。彼女の王宮の見学がてら、隠れんぼでもしませんか?」
「隠れんぼですか! とっても面白そうですね」
スフィアは目を輝かせて、グレイの提案を後押しする様に同意する。
何とも願ったり叶ったりだ。
隠れんぼならば、まずこの部屋を脱出できる。さらに王宮の至る所を『遊び』の名目で自由に歩き回れ、ついでに『迷う』という理由で、アルティナにくっついていても不自然では無い。
また、グレイとフラグが立ちそうになったら、皆が隠れている隙にローレイの元へ走って、眠いとか言って帰ってしまえば良い。
――これは、無事にフラグ回避出来る可能性が増してきたわ!
「そうだな。確かに、スフィア嬢に王宮を見せてあげたいが……流石に王宮で隠れんぼは、見つける前に遭難者が出そうだな」
「広すぎる」と、グライドは苦笑して躊躇の意思を見せる。
しかしそこへ、隠れんぼを後押しする意外な人物からの声がグライドへと掛けられた。
「グライド様、面白そうじゃありませんか? 隠れる場所が王宮全体では広すぎると仰るので有れば、範囲を限ってしまえば良いんですわ。例えば、この階だけとか……」
アルティナの言葉に、グライドが納得したように頷く。
「まあ、確かにな。そうしたら、ここ父上の私室がある王宮西のこのフロアだけにしようか! そうすれば部屋数も四つくらいだし、幼いスフィア嬢でも駆け回れる範囲だろう」
グライドは「よし!」と言って手を打つと、椅子から立ち上がり右腕を前に突き出した。
「さて、鬼を決めようか」
◆
スフィアには何が起こったのか分からなかった。
確かに隠れんぼだから何処に隠れるも自由だし、一人で隠れなければならないというルールも無い。
鬼になったグライドが数を数え始めた。百を数えきれば自動的にゲームスタートだ。
スフィアはとにかくすぐ逃げ出せる様に、ローレイの居る国王の私室に近い所で隠れ場所を探していた。
そうして入った、国王の私室と向かいになった部屋。
ソファの下や棚の陰など、隠れられる場所を探し歩き回っていると、突然カーテンの中から現れた手に掴まれ、引き込まれた。
「――ッ!?」
驚きに悲鳴を上げそうになったが、それもその引っ張り込んだ手の主によって塞がれる。口を押さえつける感触は、ひやりとしていて気持ちよかった。
狭く薄暗いカーテンの中、その距離の近さにスフィアは「もうどうなっても良い」と静かに目を閉じた。
「……あんた、何で目瞑ってんのよ」
――だって、神々し過ぎて。こんなに至近距離で見れません。
そう言おうと思ったものの、口はアルティナの手によって塞がれていた為、声は出なかった。気付いたアルティナがようやく手を離す。
そして彼女はスフィアのエメラルドの瞳をじっと見つめた。その表情は憮然としている。
「――ねぇ、あんた」
「どうぞ、名前でお呼び下さい――スフィア、と。アルティナお姉様」
アルティナの言葉に被せるようにして、スフィアはさり気なく自分の要望と希望を押し通す。
「……ッスフィア」
自身の名を呼ぶアルティナの声に、思わずうっとりと目を細めるスフィア。しかし次の瞬間その目は点になった。
「グライド様の事をどう思ってるの?」
「……ん?」
「グライド様が優しいからって、まさか惚れたんじゃないかって聞いてんの!」
アルティナは片眉を上げて焦ったように、スフィアに詰め寄る。
「グライド様は誰にだって優しいのよ! あんたにだけじゃないのよ!! 勘違いしないでよね!?」
――これは、つまり?
「あの、失礼ですが……もしかして、アルティナお姉様はグライド様の事が――」
そう控え目に尋ねれば、アルティナの顔は一瞬にして真っ赤になってしまった。成程。先程までの冷たい視線や素っ気ない態度はこういう事だったのか。
「べべっ、別に! あんたには関係ないわ!」
――とても可愛い。愛しい。尊い。控え目に言って神。
耳まで赤くして狼狽えるアルティナを、スフィアは温かな微笑で以て見守る。
「なに笑ってんのよ! と、取り敢えずグライド様に手を出したら承知しないわよ!?」
「ご安心を、アルティナお姉様。私、もう心に決めた方が居りますので」
花が咲き誇らんばかりの笑みでそう言うスフィアに、アルティナは拍子抜けしたのか「そう」と言って、詰め寄っていた身体を離した。
「それなら良いのよ、スフィア。ちょっと勘違いしちゃったの。ごめんなさいね」
安心したのか、目を細め穏やかな表情を見せるアルティナに、スフィアも安堵し同時に歓喜した。
――グライド様は攻略キャラじゃないし、それならもう目的達成したも同然じゃない!?
アルティナの思い人を取る可能性が無くなれば、攻略キャラのフラグを折る必要も無くなる。寄せられる好意は放っておけば良いだけだから。
それならば――!
「アルティナお姉様! 是非! 私とお友達になっていただけませんか!?」
アルティナは一瞬目を丸くしたが、肩を下げて息をつくと「いいわよ」と返事をした。
スフィアは歓喜に眉を八の字にし、口はその喜びの大きさを表すように大きな弧を描いていた。感激で声も出ないと言った様子だった。
「スフィアは私の邪魔をしない様だし、お友達くらいなってあげても構わないわよ」
視線を逸らし、アルティナは少し照れくさそうにすると、カーテンの中からさっさと出て行く。
「じゃあ、確認したい事も終わったし、私は別の場所に隠れるわ」
そうしてアルティナがドアに手を掛けた瞬間、ドアがひとりでに開いた。
「おう、アルティナ嬢か! 良いタイミングだな」
開いたドアの向こうから現れたグライドは、口角を上げると「見っけ」とアルティナの肩に触れた。
後ろから見ていても、アルティナが頬を緩めるのが分かった。
「おっ! ついでにスフィア嬢も見っけ」
うっかりカーテンから顔を出していた所を見つかってしまった。
その後三人でグレイを探し出し、一回目の隠れんぼは終了した。
「さて、それじゃあアルティナ嬢。百数えるんだぞ」
アルティナを鬼として二回目が始まる。
――さて、もうフラグとか気にする必要ないし、純粋に楽しもうかしら。
折角王宮に来たのだから他の部屋も見ようと、スフィアは廊下をうろうろして奥の部屋へと入って行った。
廊下には誰も居なくなる。
するとスフィアの入った部屋とは別の部屋の扉が、軋みをあげゆっくりと開いた。
そうして出てきた影は、静かにスフィアの入っていった部屋へと足を向けた。
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