34.マミアリアの謎
この町に赤髪の美女がいるのは間違いない。であれば、この街が噂の発生源なのも間違いないだろうに、噂が出てこないなどあるのだろうか。
ベレッタの調べ方が悪いということは考えられない。彼女の諜報能力の高さは、前回の件で折り紙付きだ。
「噂の娼婦は『マミアリア』って十八の子だよ。確かに姫と同じくらい明るい赤髪で、街を歩けば目を惹く子さ」
噂は間違っていたが、どうやら赤髪という女性の特徴は違っていなかったようだ。
「誰が噂を広めたのかは分からない。だけど、同館の女の子や男達から、彼女についての話は聞いておいたよ」
「さすが、姐さんです」
聞き込みの手間が省けた。
「男遊びっていうのはちょっと語弊があるけど、確かに彼女の仕事の仕方は派手らしくてね。もしかすると、同業者や客のやっかみを買ってからの噂かもしれないねえ。聞けば、ここ半年でセヴィオの娼館の数がぐんと増えて、女達は客の奪い合いにピリピリしてるらしいし」
ともすると、よく働き過ぎた女性の噂が歪んで伝わっただけ、というありがちな結末になりそうな話だった。
大した事なくて良かったと思いつつも、それが自分のイメージになってしまうのはやはり困る。
「ありきたりな勘違い噂話で良かったとは思いますが、しかしそれでも……えっと、マミアリアさんでしたっけ……彼女が仕事をする限り『赤髪が男遊び』という噂を流されては困りますね」
「せめて、赤髪がじゃなくて彼女本人の名前の噂が流れてれば、こんなに広まらなかっただろうにね」
「だろうな。普通は噂って広まっても隣領くらいのもんだろうし、それがこっち側まで広まったのは、赤髪の美女っつう、どっかの侯爵家令嬢を想起させるもんだったからだろうしな」
憂いの溜め息をついたスフィアに、ブリックとガルツも同じく眉間に憂色を乗せる。
北方守護のレイランド家は、同じ侯爵家界隈の中でも一目を置かれている。軍事力を有することができる貴族というのは、それだけ王家からの信認も厚いということだ。
そこのご令嬢が、遠くの他領で男遊びに興じているとなれば、これ程面白い話はない。
「彼女にお仕事辞めてください、なんて無責任なこと言えるはずもないですし……」
スフィアは腕を組んでうんうんと唸った。
根も葉もない噂だったら、噂を流した犯人を捜してしっかりと分からせてやるつもだった。
噂通り単純に男遊びが激しい女の子がいたら、身体の大切さと同時に乙女ゲーで培った恋愛ストーリーを話して聞かせ、恋の素晴らしさを開眼させてやるつもりだった。己は未開眼だというのに。
しかし、仕事が原因となるとまるっきり話が違ってくる。
「ひとまず、彼女に会いに行ってみましょうか」
営業の派手さが噂の原因なら、噂の事を話せば少しは行動を見直して貰えるかもしれない。
「じゃあ、アタシも同行させてもらうよ。きっと姫達だけじゃ、門前払いされるだろうしね」
「う、うわぁ~娼館かあ……どうしよう」
「どうもすんなよ」
怯むブリックの背をガルツが叩いてやっていた。
四人はやる事が決まったと、さっそく例の彼女がいるという娼館へと向かった。
◆
夜ほどではないが昼でも娼館に足を運ぶ客はおり、目的の娼館の扉も開いていた。
さすがに未成年が最初に入っても相手を驚かせるだけなので、当然先陣はベレッタに切ってもらった。
ベレッタが店主に話を付けてくれ、四人まとめて娼館の一部屋へと案内される。部屋は思った程狭くはなく、ベッドとソファ、それと小さな卓と椅子が二脚おかれている質素なものだった。ベレッタとスフィアが椅子に座り、ガルツとブリックは立って待つ。
そこへやって来たのが、スフィアと同じ髪色を持つ女性。
「こんにちは~、わたしを指名してくださってありが――」
ただし同じなのは髪色だけで、目の色も顔貌も何もかもが違った。
初めて自分以外の赤髪を見て、スフィア達が驚きと親近感を覚えたのも一瞬、現れた彼女は部屋に客らしき人物がいないと分かると、不機嫌に舌打ちをした。
「は? どういう状況よ、これ」
本当に髪色だけだな、とガルツがぼやいていた。
ベレッタが、マミアリアの時間を客として買っているから安心しろと伝えれば、マミアリアは渋々とだが、部屋の奥に置かれていたソファに腰を下ろした。
スフィアは自分も同じ赤髪だという事情は伏せ、王都側の貴族にまで噂が広まっていることを説明した。
「――という酷い噂が流れているようで、もう少し穏やかな営業というか、節度を守った接客と言いますか……出来ないものでしょうか? このままでは、間違われたご令嬢もあなたも良いことはありませんよ」
「無理ね」
マミアリアは間髪容れず、スフィアの控え目な提案を拒否した。
紅茶色の瞳に分厚い珊瑚色の唇。ベレッタ並みに豊満な肢体は、彼女が長い前髪を掻き上げるたびに、胸元に落ちる赤髪と一緒に揺れる。スフィアとは違った妖美さが宿る女性だ。
マミアリアは、居並ぶスフィア達一人一人に無言で目を向けていく。
「黒髪のお姉さんは違うだろうけど……そっちのお子様三人は良いところの子でしょ」
スフィアはベレッタと目配せして、瞼で頷く。
「はい。実は私達それぞれの家は、王都で店を構える商家でして」
「違う。商家の子じゃないわ」
下手に否定して平民と言うよりも、ちょっと良い家くらいで誤魔化そうと思ったのだが、思惑に反して、またもやマミアリアに即断されてしまう。
「舐めないでちょうだいよ。わたしはこの店のトップで、貴族のお客様もいるの。それこそ、王宮に上がるお偉い様とか……聞きたきゃ、名前でも挙げていこうかしら?」
ガルツとブリックは慌てて両手で耳を塞ぎ、青い顔して首を横に振った。まかり間違って、もし父親や知った者の名前が出てきては、堪ったものではないだろう。
しかし、その行動が決定的だった。
「やっぱり、貴族だったのね」
確信を得たマミアリアは、唇だけで微笑んだ。
「どんなに質素な服を着ようと、立ってるだけでお貴族様ってのは分かっちゃうのよ」
『お貴族様』と言った声には、どこか嘲りの色があった。
「大方、間違われたご令嬢の関係者ってとこかしら?」
当たらずとも遠からず。予想外に、彼女は頭の回る女性のようだ。
これ以上否定しても彼女の機嫌を損ねるだけだと判断し、ベレッタが口を開く。
「まあ、そんなところだよ。あんたの噂で貴族の方にも影響が出てんだ。少しばかり考えちゃくれないかい?」
「だから無理だって。わたしには夢があるの」
「アタシも褒められた生き方はしちゃいなけどさ、それでも寝仕事は綺麗にやんなきゃだよ。恨みを買うと自分の首を絞めるだけさ」
「いいの。そこらの奴等にいくら恨まれたって平気よ。どうせ、そいつ等の手の届かない場所にわたしは行くんだもの」
どこか旅に出るという事だろうか。その為の資金集めの為、このように無茶な営業をしているのか。
「でも、そう……。王都の方まで噂が届いているのね」
突然マミアリアは両手で顔を包み、相好を崩した。嬉しいとばかりの表情は、スフィア達四人に困惑を与える。
「あの人の言った通りにして良かったわ」
――あの人の言った通り?
彼女のポツリと呟いた言葉は、ギリギリスフィアの耳に届いた。
「とにかく、わたしは何と言われようと、金を積まれようと、これを辞める気はないわよ。無駄足お疲れ様」
スフィアが言葉の意味を問う暇もなく、マミアリアは話は終わりだとばかりに、部屋を出て行ってしまった。




