33.お変わりないようで、姐さん!本当に!!
「えっと、この店の手前の路地を……左に入って、それで二軒目の……」
紙に記された地図を頼りに、目的の場所へと向かう。地図には弓矢のマークが描かれており、その上に赤で丸が付けてある。
「あった! これだわ」
スフィアが手元から視線を上げた先には、弓矢の絵が描かれた看板の店があった。
こんにちは、と控え目に挨拶をしながらドアを開ければ、いきなり内側からドアが勢いよく引っ張られる。
「待ってたよ、スフィア姫!」
開いたドアの向こうには、パンサスの海を思い出させる波打った黒髪と褐色肌が特徴的な女性が両手を広げて立っていた。
「ベレッタ姐さん!」
スフィアは嬉しさに表情を一気に明るくさせ、彼女の腕の中へと飛び込んだ。
忘れもしない。四年前、パンサスの一件で色々と暗躍してくれた彼女である。見上げれば、挑発的な金の猫目と視線が合い微笑まれた。思わず同じ女でもドキリとしてしまう妖艶な笑みだ。
「おやまあ、姫はすっかり大人の女になって……一段と綺麗になったねえ」
「姐さんはお変わりないようで。とても……」
スフィアの視線が、ベレッタの顔から目の前の胸に向けられる。たゆん、と揺れる豊満な胸部。
「……とても……お変わりないようで羨ま……美しいです」
自分の胸元に視線を下ろし、ケープの前を強く閉じたスフィア。こちらも大したお変わりはない。
スフィアがケープの胸元と一緒に口もキュッと結んでいると、ベレッタがスフィアの後から入ってきたガルツとブリックに気付いた。
「おや、そちらのお坊ちゃま方は?」
「私の友人と……まあ、彼氏ですわ」
二人はそれぞれに「ブリックです」「ガルツです」と、軽く会釈する。
彼らの頬が赤いような気がするのは、ベレッタの肉感的な肢体のせいだろう。彼女は相変わらず胸元が大きく開いた服を着ており、きっと思春期の男の子には目に毒なのだ。
「おや、姫の専属騎士かい! 彼氏とは姫も大人になったもんだ。ははっ! あんなに小さかった姫が、これはいよいよ本当にお姫様って風情だねえ」
今まで、彼氏という立場を認められる事がほぼなかったからか、大人に正面から認められ、ガルツは照れくさそうに頬を掻いていた。
「それじゃ、マスター。上、借りるよ」
ベレッタはカウンターの向こうにいた店主らしき壮年の男性に声を掛ると、店の奥にあった階段に足を掛けた。
スフィア達も彼女に付き従い二階へと昇り、廊下の突き当たりの部屋へと入る。
部屋には椅子やエプロンらしきものが乱雑に置かれており、日常的に使用されていることが窺えた。
スフィアが、辺りの様子を窺うようにキョロキョロとしていると、先に椅子に腰を下ろしたベレッタが苦笑と共に口を開く。
「相変わらずだねえ、姫は。ただのご令嬢にしとくにゃもったいないよ。だが、安心して良いよ。ここは飲み屋だから昼間は客も従業員も来ないから。それにここの店主は信用できるし」
「姐さんがそう言われるのなら安心ですわ」
「ははっ光栄だね」とベレッタが快活な笑い声をあげれば、そこでようやくスフィア達三人も適当な椅子へと座った。
「にしても、ロクシアン坊ちゃんから連絡が来たときはびっくりしたよ」
「だって……いつまで経ってもベレッタ姐さんったら、お手紙をくださらないんですもの。痺れを切らして、ついこちらから出してしまいましたわ」
唇を尖らせ、わざとらしく拗ね顔を作るスフィアに、ベレッタは小さく吹き出した。
「そりゃ悪かったねえ。でも、やっぱりアタシみたいなのが、貴族様と関わり過ぎちゃいけないと思ってさ。特に姫みたいな可愛らしい子とは、さ。変に流れ矢に当たられたって嫌だしね」
「あら、矢を放たれるような危ない事をなさってるんですか」
「アタシは罪な女だからねえ」
「でしたら私も罪な女ですよ。一緒に半島を燃やした仲ですし?」
「あっははは! じゃあ、アタシらお似合いの仲ってこった!」
うふふあははと女性陣が楽しそうに笑みを飛ばす一方、男性陣は顔を暗くして身を寄せ合う。
「……何やったんだよ、あの二人」
「半島を燃やすって何? 半島って可燃物だっけ? 規模がおかしすぎて恐怖なんだけど」
ライノフの件を知っている二人ではあったが、当時は『ライノフ家の隠し財産を燃やした』としか聞いておらず、まさか海賊相手に大立ち回りし、火薬を使って洞穴を火の海にしたとはつゆとも思わなかった。
しかし二人は顔を見合わせると、下手な詮索は身のためにならないと、先程の会話を記憶から消去した。世の中には知りすぎてはならないこともある。
「それで、赤髪の美女の噂だったかい」
「そうです。あの、今こうしてお願いをしてしまっている状況で言うのも何ですが、セヴィオまで来ていただいてご都合は大丈夫でしたか?」
「ああ、それは平気だよ。ここ数年は西と南を行ったり来たりしてるし、セヴィオに来るのも初めてってわけじゃないからね。ちょっと遊び場に戻ってきたって感じさ」
それなら良かった、とスフィアは安堵に胸を撫で下ろした。
「ああ、それで噂について調べられる分だけ調べたんだけどさ、まず、噂自体が間違ってたよ。姫達やロクシアン坊が聞いたのは『赤髪の美女がセヴィオの男達を誘惑して遊びまくってる』的なものだったんだろう?」
「ええ、それでその噂がなぜか王都側まで流れてきまして、特徴から私が疑われるはめに……」
「この赤髪の美女っての、娼館の娼婦だったのさ」
「ええ!? それじゃあ意味が全然変わってきますよね!?」
ブリックは椅子から立ち上がらんばかりに驚きの声を上げた。
「噂の確認から始めて良かったな」とガルツも、危機一髪と唸っている。
「では、私達に伝わるまでに、少しずつ噂の内容が変わったという事ですか?」
往々にしてあることだ。伝言ゲームですら間に二人も挟めば、最初と変わるのだから。
「おそらくはね」とベレッタは頷いたが、その表情はすっきりしない。
綺麗な額に皺を寄せ、目を眇めている。
「……アタシもそう思ったんだよ。だから元の噂ってのを調べたんだが、それがいっくら調べても出てこなくてねえ……」
「……え」




