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【書籍化】ごめんあそばせ、殿方様!~100人のイケメンとのフラグはすべて折らせていただきます~  作者: 巻村 螢
第三章 もしかして恋愛ルート突入ですか!?

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31.子分に許された返事は?

「――おいお前、今度は一体何したんだよ」


 登校してきたガルツは、スフィアの前の席に乱暴に腰を下ろすと、開口一番に重い声を漏らした。

 彼が何を言っているか、スフィアでもすぐに察しが付いた。


「失礼ですね。ひとが毎度何かやってるみたいに」

「毎度やってんだよ、お前は。六年の冬(ここ)にきてまで、まだ普通に過ごせねえのかよ……」


 はあ、とわざとらしく溜め息を吐くガルツ。


「で、あの噂は何なんだよ」

「ああ、ガルツも聞いたんだ。僕も聞いたよ。『赤髪の美女が男を取っ替え引っ替えしてる』って」


 噂に微妙に悪意が混じり始めている。


「おかしいですね。放っておけばすぐに消えると思っていたんですが……」


 例の赤髪の噂は、収まるどころかますますの広がりをみせていた。


「それで、まさかとは思うけど、噂の赤髪の美女って……スフィアじゃないよね」

「あら、ブリックは私がそんな節操のない事をする女だと思いまして?」


 隣のブリックに微笑みを向ければ、彼は急いで口に手で蓋をし、千切れんばかりに首を横に振っていた。


「でもやはり皆さん、私を想像してしまうようですね。はぁ……全ては私のこの美貌のせいですね。何かあったとしても、悪いのは私を放っておいてくれない皆さんの方ですのに」


 スフィアは頬に手を添え、憂いの息を吐く。

 儚げな雰囲気を漂わせているが、言っている事は剛力だ。


「えげつない開き直り方するよな」

「僕の神経も、それくらいの図太さがほしいもんだよ」


 ブリックの脇腹は肘で小突いておいた。




「にしても、変な噂が流れたもんだな。しかも西の……セ、セビ……?」

「セヴィオですよ」

「そう! そのセヴィオってここからはまあ離れてるのに、王都側にまで流れてくるなんてよ。つーか、やっぱり皆スフィアの事だって思ってる節あるよな。俺の彼女だっつーのに」

「彼氏の存在感が無さ過ぎるからじゃないですか?」

「スフィア、やめたげてよ。ガルツの神経は蜘蛛の糸並みだから」


 ずーんと頭を重くしてしまったガルツの背を、ブリックが優しく撫でていた。近頃すっかり立場が逆転しつつあるようだ。

 ガルツの慰め役に収まりつつあるブリックが、それでとスフィアに真面目な顔を向ける。


「それで、スフィアはどうするつもりなの」


 チラ、と教室内の様子に目配せするブリックに合せ、スフィアもぐるりと視線を巡らせる。噂の影響か、時折向けられる目にチラホラと猜疑がみえる。

 まあ、噂を本気でとらえているわけではないのだろうが、『火のないところに煙は立たないと言うし……』という心境なのだろう。


「確かに、スフィアの事を言っているとは限らないよ。僕達が勝手に、噂の特徴から一番身近なスフィアを連想しているだけだし。でも、僕達がスフィアって思っちゃうってことは、この噂を聞いたらスフィアの家族も……」

「今のところ、家族からは何も言われてないんですがね」


 ジークハルトからも噂の話は出ていない。

 彼の事だ。きっともう噂は耳にしているのだろう。

 それでも何も言ってこないということは、彼にとって取るに足りない噂と一蹴しているのか、はたまた自分で何とかしろという暗黙のメッセージなのか。


「現状、この噂で何か不利益を被ったということはないんですよね。でも、噂が消えるどころか広まっていること引っ掛かりますね」


 赤髪の美女という特徴だけで、万民がスフィアを連想するわけではない。

 しかし、ブリックが言うように近しい人を連想してしまうのであれば、貴族の間では勝手に『レイランド侯爵家のご令嬢』と結びつけられるだろう。

 スフィアも正餐会や舞踏会などで様々な貴族と会ってきたが、ただの一人として自分と同じ赤髪を持つ者を見つけられていないのだから。


「……レイランドの家名にまで泥を塗るような噂は許せません。あと、単純に私が不快です」


 すっかり机に突っ伏してしまっていたガルツが、むくりと顔を上げる。


「セヴィオ……ねぇ。一日、二日ってわけにゃいかねえしな」


 ガルツは、窓の外を向いて固そうな髪を乱暴に撫でた。


「そういえば、もうそろそろ冬休みだが……」


 彼のわざとらしい台詞に、思わずスフィアは「ふふ」と笑みを漏らす。

 隣のブリックも、ガルツが何を言おうとしているか分かったのだろう。口元を隠した手の下でニヤついている。


「お二人とも、私の子分でしたよね?」


 ガルツとブリックは顔を見合わせ、肩をすくめた。


「冬休み、どうせ暇でしょうし一緒に遊びませんか? セヴィオ領で」

「どーせ俺等に許させた答えは、『はい』と――」

「――『分かりました』だけでしょ」


 仕方なしとばかりの返事であったが、二人の口角は待ってましたとばかりに薄らと上がっている。


「はい、大変良く出来ました」


 スフィアは満面の笑みで頷いた。





        ◆




 

 さて、冬休みにセヴィオに行くことにしたのはいいのだが、その前に下準備はせねばなるまい。ちょうど、ロクシアンからも返信があったことだ。


「そういえば、先輩って五つ上だったわよね。だとすると……もう社交界に入って、立派に働いてるってことね」


 ふいに懐かしさが込み上げる。


「にしても、どうして西側の噂なんて知ってたのかしら? まあ、きっと相変わらずの交友関係の広さで、色々と聞くんでしょうけど」


 うっかりすると、令嬢達のお茶会に招待されていたりするかもしれない。想像しても案外としっくりくる絵面だ。


「どのみち、会ってみれば分かる話だわ」


 彼にはまた、色々とお願いしたいことがあるのだから。

 スフィアは引き出しから真っ新な便箋を取り出した。


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