29.新たな使用人?
「なるほど。突然訪ねて来られた理由は分かりました。仲直りが出来たようでなによりです」
しかし『なにより』と言うわりにアルティナは、屋敷の入り口で仁王立ちし、スフィアとグレイを中に入れようとしない。
「えっと、ご心配をお掛けしてしまったから立ち入り禁止とかです?」
そんなに心は狭くない、とアルティナはスフィアの額を指で弾く。
途端にスフィアはとろけたような笑顔になった。それを隣のグレイは冷めた目で窺っていた。
「今日は新しい使用人の面接があるの。私も一応確認しなければならないから、残念ながらお茶に招いている時間はないのよ」
それならば仕方ないと二人も納得する。
しかし、ただ報告だけして帰るのも味気ない。何か話題はないかとスフィアは記憶を探り、ある出来事を思い出す。
「あ、そうそう。お姉様、アイザック様とはその後どうなりました? お付き合いしましたか?」
直球の質問にアルティナの顔がボンッと赤くなった。可愛い。
「ななななな!? なぜアイザック様が今かかかか関係あるのかしらぁ!?」
「うわー、分かりやすいなアルティナは……」
「そこが萌えポイントですよ。おすすめです」
隙あらば売り込んでいくスフィアだが、彼女の下心などとうにお見通しだと、グレイはスフィアの額を指で弾いた。
たちまち鬼瓦のような顔になるスフィア。それを見てグレイは「ひどっ」と呟いていた。
「アイザック様は……以前のような朗らかさは薄れて、どこか陰を背負われるようになったわね」
「あ、アルティナお姉様はアッパラパーな方が良かったですか?」
「アッパラパーって、あなたね……」
しまった。彼女の好みから外れてしまったのか。
アルティナは、コホンと一つ咳払いした。
「いえ、その……憂いを帯びた彼も……その、とても色っぽくてますます……」
――愛いッ!!!!!!
視線を逸らし、ぽっと蝋燭に灯りがともるように頬を染めたアルティナは史上最高に可愛かった。
「ぜひお姉様の恋が成就しますように!」
「あれ? スフィアは俺とアルティナをくっつけたかったんじゃ……」
「臨機応変です」
「良く分からないが、弄ばれた感がすごい」
肩を落としたグレイの背中を軽く叩いてやった。ドンマイ。
すると会話に一区切り着いたところで、アルティナが「はいはい」と手を打った。
「先程も言いましたように、今日は時間がないんです。お二人の関係は分かりましたから、今日のところはもうお帰りください」
アルティナは二人をぐるりと反転させ、背中をグイグイと押した。
「あ! お姉様、使用人って若いですかお爺ちゃんですか!? できればお爺ちゃん希望です!」
「なぜ、あなたに使用人の年齢制限を受けなくてはならないのよ!」
――惚れっぽいからですよ!
長所と短所は表裏一体である。
アルティナは「青年よ!」との掛け声と一緒に、スフィアを馬車の中へと放り込んだ。さすが、スフィアの愛のタックルをピンヒールという不安定な足元で支え続けてきたご令嬢。見事な押し出しである。
「平民だけど、とても良い仕事をするそうよ。使用人が足りないってお父様がぼやいてたら、騎士団統括相が紹介してくださったんですって」
「騎士団統括相って、もしかしてブリュンヒルト侯爵……」
「ああ、そういえばそこのご令嬢はあなたの友人だったわね。彼女も利発そうだったし、そのお父様が勧めるのなら、きっと間違いはないでしょう」
少しリシュリーに嫉妬を覚える。何年も付き合っているのに、利発そうだなんて言われたためしがない。
「さあ、グレイ様も乗り込んでください。早く乗り込んで、スフィアが出てこないように蓋してください!」
「王子を蓋扱いとは酷いな」と、グレイはぼやくが、彼の扱いが酷いのは今に始まったことではない。グレイは粛々と歩を進め馬車へと乗り込む。
「あ、じゃあ、もう一つだけ! その使用人の名前は!?」
「エノリア、よっ!」
「よっ!」の掛け声と共に、アルティナはグレイを馬車へと押し込み、スフィアを奥に閉じ込めた。
ぎゅむっと押し潰された中で、スフィアは攻略キャラ辞典を高速で捲った。
――エノリア、エノリア…………は、ないわね。良かった!
スフィアは安心して席についた。
「全く、どうしてあなた達が来るとこんなに疲れるのかしら」
アルティナは、馬車の外で頭を押さえる。
するとグレイが、馬車の扉を閉めようと入り口の外に身を乗り出した。
「仕方ないさ、俺もスフィアも君の事が好きなんだから」
閉める寸前、グレイがアルティナの耳元で密かに囁いた言葉に、彼女の口はへの字になった。
アルティナは、扉越しでも聞こえるスフィアの愛の言葉を苦笑で流しつつ、馬車を見送った。門扉を出て行く馬車の背に、「また今度ね」と声を掛ける彼女の頬は、薄らと赤らんいた。
◆
家に帰ってみれば、懐かしの殿方から手紙が届いていた。
「あら、まあ」
彼の瞳を思わせるヴァイオレット色の封蝋が美しい、シンプルな封筒の手紙。
「ロクシアン先輩だわ」
――一体何の用かしら? お茶のお誘い……にしては唐突よね。
スフィアは首を傾げながら手紙を開いた。
「…………はぁ?」
しかし、手紙の内容を読んでも首の傾きは戻らなかった。
「『西のセヴィオに行ったことないよね?』――って、どういう事かしら?」




