28.さあ行きますよ
「――というわけで、俺は君があ王宮に来るより前に知っていたわけ。どうだい、俺の気持ちは本物だろう!」
「……ぉ……ぁ」
にこやかに話し終えたグレイト対照的に、口をパクパクさせながら顔を青くするスフィア。
――アアァアアァアデルの件、見られてるじゃない! いやいやいや、その前に……!
「あの……グレイ様。王妃とはどういう事…………でしょうか? だって、グリーズ殿下がいますよね?」
「ああ、まあ色々とあってね……将来的には兄上の次に俺が王位をつくのが決定してるんだ!」
「知らんッ!!」
そんなキラキラした顔で言われても知らないものは知らない。確かにゲームだと、結ばれて断罪シーンを終えればハッピーエンドエンディングで、その後のストーリーはない。
知らないことがあっても不思議ではないが。
――それにしても、色々となんか……世界がズレてきてるわね……。
世界からの反撃もそうだし、もはや残っているのは、基本設定しかないのではと思える。
「そうですか。つまりは、アルティナお姉様が国母となられるのですね」
「どう飛躍した? 君の思考回路が知りたい」
スフィアの思考回路は、全て一度はアルティナを経由するようになっている。
それにしても、まさか『初回』を見られていたとは。
「通りでグレイ様は、私が手酷い扱いしても引かないわけですね」
「そうだね。最初からそういう女性だって思ってたから、多少の事では驚かないよ。それに過去には僕も君にたかる虫払いを手伝ったんだし、パンサスで起きた半島の火災の件も聞けばねえ……?」
加えて、パンサス――『レニ=ライノフ』の件まで知られているらしい。
勝ち誇ったような顔して、ニヤニヤとこちらを見ているのがまた腹立たしい。
「グレイ様が存外に理由を持って、私に好意を寄せて下さっていることは理解しました。ただのロリコン一目惚れ外見至上主義男かと思っておりましたが」
「改めて酷い評価を貰ってたんだな、俺。良かったよ、今回その評価が少しでも改められたのなら」
「ですが! 今回の件とそのお話とは別! 私が何より憤りを感じているのは――」
責め立てるように睨み上げるスフィアの視線に、グレイも固唾をのむ。
「アルティナお姉様にご心配をお掛けしたことです! お姉様の心労になるようなものは何人たりとも許しません! それが私自身であっても!」
「わ、わぁ……相変わらずアルティナへの愛が突き抜けてるな」
そのほんの一部でもいいから自分に向けてほしい、とグレイはぼやいた。残念ながら、アルティナに魂の隅々まで捧げているのだ。彼女の幸せを見届けるまでは、自分の事すら気にしている余裕はない。
夜中に額を撫でてくれたアルティナの手の感触を思い出し、スフィアは頬を緩めた。
――なんとしてでも、アルティナ様の悪役令嬢化回避よ!
世界も随分と変わってきたのだし、もしかするとこのままいけば、彼女の悪役令嬢化も防げるかもしれない。一緒に学院生活を楽しみ、彼女のデビュタントを祝い、誰かの隣で嬉しそうに微笑む姿を見るのも、夢でなくなってきた。
――最初は、キャラがストーリーに反して勝手に現れるっていう世界の反撃に驚いたものだけど、これはこれで、スクラップ&ビルドの新しい世界が作られてるって事で良いんじゃない?
ここまで頑張ってきた甲斐があったというものだ。
スフィアは、ソファから立ち上がるとグレイに手を差し出した。
「ん、教会へ行こうって?」
「違いますっ! 許嫁解消の件は不問とします」
「上からだなぁ」
と言いつつも、グレイは少しも嫌な顔をせずカラカラと笑って手を取る。
「黙らっしゃい。……不問としますが、お姉様へご心配をかけてしまったことへの謝罪はしっかりとして貰います! 私も含めて!」
「ちょこちょこ自虐含むよな」
「黙らっしゃい。善は急げです。行きますよ、お姉様の元へ! ご心配お掛けして申し訳ありません、私達はただの王族と貴族の関係に戻りましたと!」
飛び出さん勢いで駆け出したスフィアの腕がビーンと引っ張られ、踏み出した一歩目の足が元の場所に戻ってくる。
「あの、グレイ様も動いて下さらないと進めないのですが」
しかし、グレイは手を握ったまま一歩も動く気配がない。
「スフィア、許嫁解消は流してくれたみたいだけど、俺の気持ちまで流そうとしてないかな?」
握られた手がミシッと悲鳴を上げる。痛い。
「言っただろう? 他人から与えられた関係性なんかなくても、俺の気持ちは変わらないって……」
王子らしい爽やかな笑みの下――手元はミシミシと怒りを訴えていた。いたたたた。
しかし、痛み如きに屈するわけにはいかない。
「――っグレイ様には金髪碧眼がお似合いなんですよ!」
「そればっか!!」
「取り敢えず、話は聞きますから足も動かしてください!」
「話なんか聞かないだろう、君は! 君のは聞き流してるって言うんだ!」
二人はギャアギャアと騒ぎながらも、手を繋いだまま馬車に乗り込んだ。
王宮内ですれ違う使用人達が、『あれが喧嘩ップルというやつか』という生温い眼差しを向けていたのを二人は知らない。




