25.ずっと私のターン!
正直、異常事態である。
今まで彼からの手紙を待ったことなどない。いつも勝手に送って来るし、返信すれば最短で返事をもらっていた。
しかし今回、手紙を送ってそろそろ三週間経とうとするのだが、グレイからの返事は未だない。
「まあ、王子様って忙しい職業だし、手紙を出す暇もないのかもね」
「ですね。もしかすると、色んな方からの手紙に紛れてしまってるかもしれませんし、もう一度出してみようと思います」
「そうね、それが良いわね」
二人は聖ルシアード学院を後にした。
◆
しかし、再度の手紙を送ってもやはりグレイからの返事はなかった。
「あーっ! モヤモヤするぅぅぅぅ! キィィィィィ!!」
スフィアはソファの上で抱いていたクッションをポカポカと殴る。
攻略キャラであるグレイが自分から離れてくれるなら、これ以上望ましいことはない。だというのに、スフィアの胸の中には、良く分からない気持ちがわだかまっていた。
すると、部屋のドアを控え目に開けたジークハルトが、隙間から顔を覗かせる。
「スウィーティ、どうしたんだい? 金糸雀のような麗しい声をあげて」
あの叫声が金糸雀に聞こえたのなら、ぜひ医者に診てもらってほしい。控え目に言っても金糸雀の断末魔だろう。麗しくはない。
しかし、彼の自分に対する極厚補正フィルターはいつもの事なので、取り合わない。
「別に……送った手紙の返事がないだけです」
「へえ、誰へのだい」
ジークハルトはスフィアの横へと腰を下ろし、「聞くよ」と微笑みを向けた。スフィアはクッションを抱き締め、暫く言い辛そうにしていたが、一人で考えていても埒があかないと口を開く。
「……グレイ様ですけど……」
「なるほどね」
意外にあっさりとしたジークハルトの反応に、スフィアは首を傾げた。てっきり「それは良かった!」と拍手喝采を送られるかと思っていたのだが。彼はにやにやと愉快そうに口端を上げ、何か考えているのか顎を何度も指で擦っていた。
「それで、スウィーティはどうするつもりなんだい。まさか、このままここで来ない手紙を思って悶々とする日々を過ごすのかい?」
「うっ! それは……」
何故か段々と腹が立ってきた。
――なんで私が悶々とした日々を過ごさないといけないのかしら。
失礼なのはどちらだ。
――っていうか、一方的に理由も言わず許嫁解消をしておいて、手紙も無視って失礼すぎじゃない!?
モヤモヤとしていた思いが、次第にフツフツと沸騰し始める。良く分からなかった気持ちに名前が付こうとしていた。
すっかり俯き、肩を小刻みに震わせるスフィアを、ジークハルトは横目に笑みを深くする。
「――っ兄様! 私、王宮へ行ってきます!」
「それでこそ僕の妹だ」
ソファから立ち上がって拳を握るスフィアに、ジークハルトは今度こそ嬉しそうに拍手した。
「あ、そうそう。銃はいるかい?」
「…………結構です」
◆
「――って事で失礼します、グレイ様!」
度々の王宮来訪で顔見知りになったグレイの執事を捕まえ、スフィアはグレイの執務室の扉を開けさせた。
予告無しのスフィアの登場に、グレイは手に持っていた羽根ペンを驚きに飛ばした。カツーンと音を立て、床の上に転がる。
「どっ、どうしてスフィアが!? 来るなんて報せは受けてないぞ!」
椅子から腰を半ば浮かせ、グレイは既に逃げ腰だ。
「あの、レイランド侯爵令嬢様から今日は殿下とお茶をすると伺ったのでお連れしたのですが……」
グレイの様子と、入り口で仁王立ちするスフィアとを見比べ、「まずかったですか」とあたふたする執事。
彼には悪いことをした。ごめんそれ嘘。
「グレイ様? いっっっっつもお茶に誘ってくださってましたよね」
スフィアは手紙の束を胸元から取り出し、見せつけるようにして扇形に開いた。
軽く見積もっても十枚はある。
それは、今までグレイから送られてきたお茶の誘いの手紙の数々。
「予定が合わずお受けできなかったこれらの分――」
ツカツカとヒールを鳴らし、スフィアはグレイの執務机へと近寄ると、バンッと叩き付けるようにして執務机へと置いた。
「――全て、今お受けいたしましょう」
グレイは口端を引きつらせた。
「時間はたっぷりとありますので、ひとまずはミルクティーをいただいても?」
にっこりと微笑み、てこでも動かないと執務机前にあったソファへと深く腰を据えたスフィアであった。




