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【書籍化】ごめんあそばせ、殿方様!~100人のイケメンとのフラグはすべて折らせていただきます~  作者: 巻村 螢
第三章 もしかして恋愛ルート突入ですか!?

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21.悪い女


 アルティナは、「もうっ、驚かさないでくださいまし」とアイザックの肩を可愛らしくポカポカと叩いている。


 ――おや?


 おやおやおや。

 アルティナの頬は赤く染まり、猫のように気の強そうな目尻が珍しく垂れている。これはもしかすると、もしかして……。


「アイザック様ったら、いつも私を困らせますのね。イジワルですわぁ」



 ――これってお姉様絶対惚れてますよねええええええええ!?


 上目遣いにアイザックにいじけた顔を向けるアルティナ。しかしもちろん不愉快といった様子はなく、目線が甘い。

 心なしか声音もオクターブ高くなっている気がする。

 かつてグライドやジークハルトに惚れていたときの彼女の様子も知っている。成長した分、あの頃よりあからさまな好意は出していないが、それでもやはり彼女の態度は分かりやすい。

 目が完全に恋する乙女なのだ。最高に可愛い。


 ――いややいや、そんな悠長なこと考えてる場合じゃないわ。


 それにしても、まさか既にアルティナが攻略キャラに惚れている状態で遭遇するとは。こんな事、十四年生きてきたが初めてだ。

 まさに、史上最悪のタイミング。


 ――もし、目の前でこの男が私に惚れたら、アルティナお姉様はすぐにでも悪女堕ちしそうだし、でも惚れなくても先にフラグは折っておきたいし、でもでもお姉様の想い人ならあまり邪険にしたくないし……っ!


 目の前には、恋愛モードの乙女アルティナという眼福な景色が広がっているというのに、全く集中できない。

 今、スフィアの頭の中では高速で、どうすればアルティナに影響を与えず、アイザックと自分のこれからの可能性を潰せるのかの計算が行われていた。


「スフィア! スフィア大丈夫!? さっき何か噴き出してたようだけど!?」


 リシュリーは微笑顔で固まっているスフィアの肩を揺すった。


「……え、えぇ大丈夫ですよ。噴き出したのは涙です」

「口から!?」


 心の涙だ。

 せっかくアルティナとも会えて和やかに、いかにもハッピースクールライフな時間を過ごしていたというのに。どうしてこのまま素直に終わらせてくれないのか。

 せめて別日にしてほしかった。

 三角関係とか一番誰も幸せにならない。


「くっ……! せめてタイマンで……っ」

「闘うの!? 誰と!?」


 先程からリシュリーが困惑いっぱいのツッコミを入れてくるが、今は返す余裕がない。現在進行形で世界と絶賛喧嘩中なのだから。


 ――そうよ……まだ詰んだわけじゃないわ。とりあえず、まずは現状把握よ。


 スフィアは、アルティナとアイザックの様子を注視した。

 何気なく会話しているが、やはりアルティナはどう見てもアイザックに想いを寄せている。

 対してアイザックは、普通に笑って受け答えをしている。好意的とも見えるが、学友に対する親しげな態度にも見える。


「どっちよ!」

「何が!?」


 突然のスフィアの悔しそうな叫びに、リシュリーがビクッと怯える。


 ――であれば、今考え得る状況は……。


 最良のパターンは、アイザックもアルティナに惚れていて既に両想いパターンだ。

 これならば、少し会った程度の自分に、彼の気持ちが急に向くこともないだろう。あわよくば、そのままアルティナとゴールインしてほしい。

 次に最悪のパターンだ。

 それは、アイザックがまだアルティナの好意に気付いておらず、アルティナの目の前で自分を口説くことだろう。


 ――まずは! 最悪のパターンを回避するのよ!


 とりあえずの方針が決まったところで、スフィアは休止モードだった身体をようやく起動させる。


「はじめまして、アイザック様。アルティナお姉様の妹でスフィア=レイランドと申します」

「え、アルティナって妹いたの? でも姓が……」


 複雑な家庭事情なのか、とアイザックがアルティナに同情の視線を向ける。


「気になさらないでください、アレな子なんです。ただの古い友人ですよ。レイランド侯爵家のご令嬢ですわ」


「ああ、北方の」とアイザックは手を打って頷いていた。


「では、隣のレディは?」

「リシュリー=ブリュンヒルトです。今日は見学会でこちらを訪ねております」


 スフィア達が挨拶を終えると、アイザックはよろしくと笑顔を返した。


「そうか見学会だったんだね。もうそんな時期とはすっかり忘れていたよ。通りでさっきから随分と校内が賑やかだなって思ってたんだ。にしても、二人共貴幼院生になのにとっても綺麗――」

「おおおお姉様! 授業のほうはよろしいんですか!? 早く行かないと遅れるのでは!?」


 この場ではただの社交辞令でも地雷になりかねない。

 スフィアはアイザックの言葉を遮って、アルティナに授業へ行くように促す。


「あら、そうだったわ。私ったらついアイザック様に会って……うっかりしてましたわ」

「おや、そうだったんだ。すまないね引き留めてしまって、アルティナ」

「い、いえ……っ、その、一緒にいたいと思ったのは私ですから、どうぞお気になさらず」


 ポッ、とアルティナの頬がまた赤く色付く。世界一可愛い。スクリーンショット機能が自分の目に搭載されてないのが悔やまれる。


「ははっ、光栄だね。でも、僕のために授業に遅れさせるわけにはいかないな。またゆっくり話そう」


 アイザックはアルティナの肩を掴むと反転させ、「行っておいで」と背をポンッと押した。


「そうだ、僕が彼女達の案内役を引き受けても良いかな?」

「確かに、誰か案内役がいた方が良いですわね。アイザック様なら安心してお任せできますし、よろしくお願いしますわ」

「行ってらっしゃいませ~お姉様~」

「ありがとうございました、アルティナ様」

「ぜひ我が校を楽しんでね」


 アルティナは特に勘ぐることもなく、アイザックにスフィア達をよろしくと任せると、小走りで校内へと駆けて行った。

 スフィアは、ふぅと人知れず安堵に息をつく。

 さて、最悪のパターンは回避できた。

 では、ここからだ。


「……リシュリー、あなたは私の友人ですよね」

「ええ、もちろんよ」

「でしたら、私と一緒に罪を被る覚悟はありますか?」

「やだぁん、スフィアったら熱烈!」


 まだアルティナの背を見送っているアイザックをよそに、スフィアとアルティナはこそこそと密談を交わす。

 タイムリミットは、アルティナが授業に縛られているこの時間。

 間違っても遭遇などできない。これから彼へ行う場面を目撃されれば、問答無用で悪女堕ちだ。


「スフィアのお願いなら何でも聞いちゃう。悪いことするの、だぁい好き」

「ふふ、頼もしい友人です」


 スフィアはリシュリーに耳打ちした。


「――手加減無用でお願いしますね」

「本当、スフィアって悪い(ひと)


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