20.ゴフッ!!
さすがは貴族オブ貴族の『ザ・貴族』が通うと言われる学院。
最初、スフィアが通うロンバルディア貴幼院を見た時も驚いたが、目の前の広がる景色はそれ以上だった。
また校内を行き交う生徒もやはり貴幼院生と比べるべくもなく、皆優雅で、挙措の一つ一つが洗練されていた。
「……すごい」
スフィアとリシュリーはほぅと息をつく。
その中で、廊下の奥――一際衆人の視線を集める令嬢がいることにスフィアは気付いた。
彼女が一歩踏み出せば、純白のワンピースの裾が軽やかになびき、大きくたわむように波打つ金の髪は揺れる。サファイアの如き輝きを持つ双眸は、切れ上がった瞳に涼しい色気を与え、見る者全てを虜にしていた。
「っぉぉおおおお姉様ぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
スフィアは赤い髪を振り乱しながらその金髪の令嬢――アルティナへと突進する。
抱擁など甘いものではない。刺客の如き鋭さのタックル。
「ひっ! スフィア、どうして!?」
アルティナが突進してくる赤い水星に気付くも時既に遅く、彼女の華奢な胴体には真っ赤なタコが絡みついていた。
「やったぁ! さっそくお姉様に会えるなんて、やっぱり私とお姉様は繋がってるんですね! 赤い糸で!!」
「お、落ち着きなさいスフィア、あなた病み上がりでしょう!? 大人しくなさいな! それに令嬢たるもの淑女であれですわ! あと、ちゃっかり髪の毛を私の小指に巻こうとしない!」
スフィアを無理矢理引き剥がし、アルティナが貴族令嬢とはを訥々と説く。
廊下の真ん中ではじまる美女二人による公開説教は、とても生徒達の目を惹いた。
「失礼します、アルティナ様。スフィアの学友でリシュリー=ブリュンヒルトと申します」
「ごきげんよう、リシュリー嬢。あら、ブリュンヒルトっていうと……騎士団統括相のブリュンヒルト侯爵の?」
「ご存じいただき光栄です」
説教の間に割って入るようにして、リシュリーは見事なカーテシーをきめる。
「彼女の突飛な行動に色々と言いたいこともあるかと思いますが……場所をかえませんか?」
そこでアルティナもスフィアも、周囲に人集りができていたことを知った。
「やだっ、もう……」と恥ずかしそうに顔を赤くしたアルティナを、スフィアは拝んだ。
「信仰できる」
◆
人の多い校内を出て、スフィア達は食堂横にあるテラスにいた。
昼食を終えたばかりの時間で、食堂に人は少なかった。ただ、貴幼院とは違ってカフェメニューも提供されているようで、ちらほらとスフィア達のようにお茶を飲む生徒もいる。
アルティナに奢ってもらった紅茶を飲みながら、辺りを窺うスフィア。
ただのミルクティーも、アルティナが驕ってくれたと思うと聖水のように美味しい。聖水の味など知りもしないが。
「お姉様、先程チャイムが聞こえた気がするんですが、授業はよろしいんですか?」
アルティナもだが、他の生徒達もこんなところで優雅にお茶をしていても良いのだろうか。しかしスフィアのキョロキョロと落ち着きない視線を差し置いて、アルティナは平然とカップを傾ける。
「ええ、私はこの時間に授業は入れてないもの。貴幼院と違って、聖ルシアード(うち)の授業は選択制をとっているのよ」
「へえ、自由で良いですね」
「それって、貴上院ならどこでもでしょうか?」
リシュリーが問いかける。
「さあ、私も全部かは分からないわ。けれど、選択制をとっている学院は多いと思うわよ」
前世大学生だったスフィアにとっては、選択制の授業スタイルは実に馴染みがある。
「貴幼院と違って、貴上院は各々の裁量に任された部分が多いから。自分の好きなものを学べる反面、少しでも怠れば卒業も危なくなるのよ」
「因みに、お姉様の成績は?」
「当然、上位はキープしてるわよ。ウェスターリ家の名に恥じぬよう精進するのも嗜みですもの」
アルティナはふふんと鼻を鳴らし、したり顔で髪を手で靡かせる。うん、フローラル。
するとリシュリーがスフィアに耳打ちする。
「スフィアが、何かにつけてよく『嗜みですから』って言うのも分かったわ。彼女の影響だったのね」
「えっ! 影響を受けてしまうほど誰よりも親密な関係に見えるんですか! 正解です!!」
「……アルティナ様に関わると途端にポンコツなのね、スフィアったら」
「それほどでも~」
いつも薄らと弧を描いているリシュリーの糸目が平行になった。
「それより、スフィア。もう体調は良いの?」
勝手に友人に親密だと吹聴されているとも知らず、アルティナがスフィアに気遣いの様子を見せる。
「はい! お姉様成分が満ちた空気を一日摂取できた事で無事回復しました!」
「人を成分で見ないでちょうだい」
リシュリーと違い、スフィアの珍返答などすっかりお手の物のアルティナ。
さして顔色を変えることもなく淡々とさばく。
「本当スフィアったらアルティナ様相手だと、全然違うのねえ」
ニヤニヤと、揶揄いに口をいやらしくつり上げるリシュリー。
「あら、スフィアは貴幼院ではどのような感じなの? やっぱり変なのでしょうけど」
「変って決めつけないでくださいよ~普通です普通。ただお姉様相手だと愛が溢れて止まらないだけです」
「そうですねえ、学院では彼女、常に臨戦態勢ですよ」
「臨戦態勢!? あなた達の学院はどこと戦ってるの!?」
それから三人は雑談に花を咲かせた。
時間はあっという間に過ぎ、カップの中身が空になる頃、ちょうど授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。
「あらあら、それじゃあ私は校内へと戻るわ。見学会楽しんでね」
じゃあ、と手を挙げてアルティナが席を立った時、彼女の背後に男が現れ肩を叩いた。アルティナが驚きにビクッと肩を跳ねさせる。
「ア、アイザック様!?」
「やあ、アルティナ。随分と可愛らしいレディ方を連れているね」
男――アイザックはアルティナ横から顔を出すと、人好きのしそうな笑みで挨拶をする。
「こんにちは、麗しのレディ方。僕はアイザック=レーンだよ」
「ゴフッ」と、スフィアの微笑んだ口から紅茶じゃないものが噴き出した。「スフィア!?」と隣でリシュリーが叫んでいたが、スフィアの耳には届かない。
やはり、彼は当然の如く攻略対象であった。




