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【書籍化】ごめんあそばせ、殿方様!~100人のイケメンとのフラグはすべて折らせていただきます~  作者: 巻村 螢
第三章 もしかして恋愛ルート突入ですか!?

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19.これで長年の野望が叶います!

 貴幼院生は、望めば貴上院への進学が許されている。

 地域毎で割り振られていた貴幼院とは違い、貴上院は学院によって特色がある。したがって、毎年貴幼院六年生には、何を学びたいか、将来どのような職に就きたいかなどを見極める為に、貴上院見学会というものが催されている。

 各地に点在する貴幼院に対し、貴上院は王都とその近辺に集められている。

 おかげで、見学会の時期は普段よりも王都周辺が賑やかになるものだ。


「もうそんな時期なのねぇ」


 リシュリーは、手に取った書類をパラパラと捲って感慨深そうな声を漏らした。

 貴上院見学会は冬休み前に催される。

 冬休みがあければ、卒業まで数えるほどしか学院生活が残っていないのを考えると、リシュリーの声音にも頷ける。


「ちょっと貴上院の名簿が見たい。貸してくれ」


 ガルツはリシュリーに手を差し出し、受け取った書類を楽しくなさそうな顔で捲っていく。


「なんでそんな嫌そうな顔してるの、ガルツ? 色んな貴上院を見れるなんて楽しそうじゃない」


 横から一緒に書類を覗き込むブリックが、ガルツのへの字口に首を傾げた。


「近頃、見合いの手紙がいくつも家に来るんだよ」

「つまりガルツは、ラミ先輩のような家名狙いの女性が寄ってくるのが煩わしいんですね」

「確かに、見学会に行けばここぞとばかりに近付くお姉様方も多そうですね」


 スフィアとカドーレは「なるほど」と手を打った。

 当時貴幼院六年生だったラミであの執念深さだった事を思えば、大人の世界に近付き、より結婚が身近になったお姉様達は、スッポン以上の(こう)(ごう)(りょく)を見せるのだろう。


「断るのも面倒なんだよ。まあ、今は彼女がいるって言えるから少しはマシかもしれねえがよ」


 うんざりした溜め息をつきつつも、そう言ったガルツはどこか嬉しそうで、たちまちブリックの瞳から光が消える。


「交換視察に引き続き、贅沢な悩みで心配して損したよ」


 心なしかガルツを見る目に『怨』の字が見えた。


「スフィアがいるのに他の女を寄せ付けてる時点で、スフィアの彼氏には相応しくないわね。別れちゃいなさいよ、こんな家だけ男。私の方が絶対スフィアを幸せにできるわよ?」


 顎を上げて鼻で嗤うリシュリー。


「勝手な事言ってんじゃねぇよ、リシュリー! つか、今すぐスフィアから離れろ! 俺の女だぞ!」

「あらやだ。女同士の親交も許さないだなんて、なんて器の小さい男なのかしらぁ? ショットグラスの方がマシだわ」


 犬猿の仲というのはこういうのを言うのだろう。

 スフィアは、自分を巡って言い合いを激化させているを二人を放置して、ガルツが投げ出した書類を手に取った。


「すみませんカドーレ、貴上院の名簿とかってあります?」

「それだったら、最後に一覧を添付してますよ」


 言われたとおりに最後のページを見れば、ずらりと貴上院の名前が並んでいる。スフィアは上からズラズラと学院名を流し読む。


「ブリック、見学会で選べる貴上院に成績は関係無いんですよね?」

「そうだね。見学会の時点では好きな学院を見に行けたはずだよ。開放期間中であれば、複数の学院を見に行っても良いとされてるし。ね、カドーレ」

「自分に合った学院を見つけるというのが名目ですからね。他の学院と比較できるようにしてありますから、気になった学院があれば手当たり次第行くのもアリですよ」


 なるほど、とスフィアは二人の言葉に頷く。


「僕はきっと上位の方の貴上院は難しいだろうし、せっかくだからそっちを見に行ってみようかなあ」

「学内一位が何を言ってるんです。ブリックなら選び放題じゃないですか」

「あのね、スフィア。何事もタダでとはいかないんだよ……この世知辛い世の中では」


 伯爵家子息が言う台詞ではないだろう。ましてやまだ十三歳だと言うのに。

 肩に重々しい悲壮感を乗せ背中を丸めるブリックに、カドーレが気遣いの言葉を掛ける。


「確かに上位校ともなるとそれなりの上納金などが必要になりますが、成績優秀者の為に各校特待制度が設けられていたはずですよ。ほら、ブリックならそれを使えばいけますって!」


 いつも静かなカドーレが珍しく拳を握っていた。余程、ブリックの沼の底のような瞳に同情を覚えたのだろう。

 するとカドーレの言葉に希望を見出したのだろう。ブリックの丸まっていた背中は次第に伸び、目には金貨の如き輝きが戻る。


「だったら、無理だって諦めてた上位校ばっかり見に行くよ!」

「結局、やる事は変わらないんですね」


 どのみちブリックのやる事は変わらないようだ。


「分かってないね。こういうのは気持ちからだよ。ここでどんな学院生活を送ろうかって想像しながら見てまわるのが楽しいんじゃないか!」

「よく正反対の気持ちで見て回ろうとしてましたね」


 行けない学院を訪ねて、嫉妬と悲しみを倍増させてどうするつもりだったのか。

 スフィアの適宜ツッコミに、ブリックは「もう!」と頬を膨らませた。


「そう言うスフィアこそ、どこに行くつもりなの」

「私……ですか」


 スフィアは再び書類に視線を落とし、一つの学院の名前を見つめる。


「私は、『聖ルシアード』にします」


 見学会の話を聞いた瞬間、一番最初に浮かんだ学院。学院名を口にすれば、自ずと笑みが漏れた。


「聖ルシアードって、確かいかにもお貴族様の学院ってところだよね、カドーレ?」

「ええ。名だたる令息令嬢が通われてますね。学院も上位格です」

「あら、だったらスフィアにぴったりね! それじゃあ、私も見学会はスフィアと同じところに行こうっと」


 リシュリーがスフィアの背にのし掛かるようにして抱きついた。どうやらガルツとの犬猿の言い合いは終わったようだ。


「こらぁ、リシュリー! スフィアから離れろ!!」


 終わってなかったようだ。

 再び、スフィアのの背後でリシュリーとガルツの喧々囂々が始まる。

 しかし、スフィアの意識はもう生徒会室にはなかった。

 彼女は今、やっと長年の野望を叶えられるとあって、喜び輝く妄想の花畑へと意識を飛ばしていた。


 ――やっと! お姉様とのハッピースクールライフができるのね!


『聖ルシアード』――そこは、スフィアが愛して止まないアルティナが通う貴上院だった。





        ◆





 スフィアが自分の執務机で帰り支度をしていると、リシュリーが向かい側で机の下からひょっこりと顔を出す。

 他の三人は一足先に生徒会室を出てしまって、今は女子二人だけとなっていた。


「ねえ、スフィア……グレイ殿下と何かあった?」


 リシュリーの口から出た意外な人物の名に、スフィアは持ちかけていた鞄を、机の上で倒してしまった。

 何かあったと言わんばかりのスフィアの動揺は、リシュリーに片眉を上げさせる。


「どうして、ですか?」


 それでもスフィアは平然を装おうとする。


「だって、うちの別荘から帰るときのスフィアと殿下の様子、明らかにそれまでと違ったんだもの。わざとらしいくらいに二人とも目を合わさないし」

「…………」


 どう答えたものか。リシュリーもグレイが許嫁である事は知っている。しかし、わざわざ許嫁解消されたと言うのもどうなのか。

 言っても、無闇に心配を掛けるだけのような気がして、スフィアは無難な答えを述べる。


「大丈夫ですよ。ちょっと会う予定が、その……流れてしまっただけで」

「あらぁ、残念ね」

「ちゃんと日を改めるお手紙も出してるので、心配ないですよ」


 これは本当だった。

 グレイとは一度会って話さなければと思い、アルティナの家から帰ってすぐに手紙を出していた。きっと近日中に返信があるだろう。


「心配をお掛けしましたね。すみません、リシュリー」

「いいのよ。私が勝手に心配しただけだもの」


 立ち上がったリシュリーは既に手に鞄を持っており、先に扉へと歩を進める。


「あ……ねえ、スフィア。グレイ殿下から何か変な事とか聞いてない?」

「変な事……ですか? いつもあの方は変ですからねえ……」


 むしろ、彼がまともな発言をしている記憶がない。


「別に変だと思うような事は聞いてませんが」


 許嫁解消については、きっとリシュリーが言う変な事ではないだろう。


「どうしてです?」

「実は、ちょっとドジしたとこを殿下に見られちゃって。スフィアに、その私のドジを言われてたら恥ずかしいじゃない」


 振り向き、恥ずかしそうに舌先をちょっぴり覗かせたリシュリーに、スフィアは「まあ」と笑みをもらした。


「グレイ様に今度会ったら聞いてみましょうか。リシュリーの恥ずかしいドジには、私も興味がありますからね」

「えぇ!? ちょっとやめてよ! 恥ずかしいって言ってるのに、スフィアったら意地悪ぅ~!」

「ふふ、冗談ですよ」


 スフィアが隣に来るのを待ってから、リシュリーは再び扉へと向かった。


「でもね、スフィア。本当、何かあったら言ってね? 力になるから」

「ありがとうございます。良い友人を持てて嬉しいですよ」


 リシュリーの元々細い目は山なりになり、口元には深い笑みが刻まれる。


「私もよスフィア。あなたの……全部がほしいくらい大好きなんだから」



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