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白薔薇の剣-最後の王女の物語-<番外編>  作者: 葵れい
【4周年アンケート企画御礼】
6/6

 最後の涙


 Youtubeに一本の動画をアップした。

 男が、剣術の型を1つずつ自ら録画してまとめたその動画は、一か月で視聴回数15回を記録した。

 わかりにくいのかと思い、男は改めて、今度は柔術も加えて戦いのイロハを動画にまとめた。その動画は、一か月で視聴回数5回となった。

 まぁこんな物かと諦めて、気まぐれに飼いネコの動画をアップしてみたら。

 今度は、3日で3000回の視聴を記録した。

 コメント欄も大盛況だった。かわいい、癒される、続編求むと、たくさんの言葉が寄せられた。

 そうか……そうなのか……と、男は思った。

 それから男は定期的にネコの動画をアップするようになった。

「グレン様、会合の時間が迫っておりますよ」

「ちょっと待ってくれ。これを編集してから」

 屋敷の者達は彼がやる事を詮索しない。

 ただ不思議な機械に囲まれる主を、不思議と思いながらも支えている。

 ――武大臣グレン・スコール。

 ハーランド王国最強と謳われる剣士である。




 ある日の事だった。

 王の元へ参った帰り、グレンは不意に小さな声に呼び止められた。

 その声はまるで、子猫のようにか細くて。いいや、それ以上に儚くて。

 妙に哀れと思いながら振り返った。

 回廊の先には、小さな少女が立っていた。純白のドレスを身にまとう、まるで人形のような少女だった。

 その少女の事をグレンはよく知っている。

「姫様、どうかされましたか?」

 元々大人しい少女が、最近ますます表情を失っている……理由はわかっている。母君が亡くなったから。

 ローゼン・リルカ・ハーランド。国の至宝とも呼ばれた美しき姫君。

 その至宝がこの世に残したたった一人の娘。

「グレン……お願いがあります」

 ドレスに負けない白き肌。陶器のような面差しに宿っている目が。

 その青の目に――グレンは息を呑んだ。

「私に剣術を教えて」

 少女の瞳はリルカ姫と同じ色を宿している。

 だが光は。眼差しは。

「……」

 ヴァロック・ウィル・ハーランド――この世でたった一人彼が認め、命を捧げると決めた男。

 嗚呼、とグレンは内心息を吐く。

「グレン、お願い……お願いです……」

 ――私に剣術を教えてください。

 2つの命が、この少女の中に。

 自分をまっすぐ見つめ、言っている。

 剣を握りたいと。

 ……そは、運命だと。




 抗えるものなら抗った。

 いいや、実際、何度も断った。

 少女に剣を持たせるわけにはいかない。同じ道を辿らせるわけにはいかないのだ。

 だが、時間の問題だった。

 ――並び立つ、2つの魂。白薔薇の剣に選ばれた2人の、たった一人の娘。

 才能が、呼んでいた。

 運命が、瞬いていた。

 引き寄せられたのは絶対的な何か。

 ああ、見たいと思った。見てみたいと思った。

 この少女がどこまで上り詰めるのかを。

 どこまでの光を放つのかと。

 皮肉にも思った……それは哀れと思ったからではない。

 グレン自身が……望んでしまった事。




 姫君、と名付けた動画をupしたのは年の暮れが迫る頃。

 一生懸命走る彼女を映した動画だった。

 再生回数は、最初はそれほど伸びなかった。

 次にアップしたのは、一番軽い練習用の剣を振る姿。

 ……少し、コメントが付いた。

 かわいい、一生懸命、頑張れ。

 ――でも、そんな言葉では語り切れないのだ。

 彼女が背負う物は、彼女が胸に刻んだ物は、そんな生易しいものでは。

 ……Youtubeの投稿はやめた。

 視聴者からは惜しまれた。だがやめた。

 誰にもわからぬ。誰にも見せられぬ。

 ……見せたくないと、そう思った。

 この目だけに焼き付ける。

 ひたすら懸命に走る彼女の姿を、映すのは自分の双眸だけでいいと――。

 


  ◇


「どうされましたか? 明日はお早いでしょう?」

「うん……」

 あれからいくつも季節が過ぎた。

「ちょっとね、グレンに会いたくて」

「何ですかな、城でフェリーナ殿が心配していますぞ」

「うん、大丈夫。……それは、大丈夫」

「……」

「明日から……ね」

「4年に1度の薔薇の大祭……今年もいよいよですな。城下の薔薇も間に合ったようです」

「……」

 姫の顔が浮かない。

 その理由に、グレンは心当たりがある。

 薔薇の御前試合――国を挙げての行事。勝ち残った者は薔薇の騎士の称号を得る事ができる。

 だが今年は例年とは違う。優勝者に与えられるのは、〝白薔薇の騎士〟の称号。

 〝白薔薇の騎士〟の称号を得る事ができるのは、この世で唯一、ハーランド王の資格を得る者だけ。

 ……この大会で勝ち残った者は、

「今夜はゆっくりされませ。フェリーナ殿にパンケーキでも焼いてもらって」

「うん……」

 ……姫と添う事になろう……。

「ねえ、グレン……一度だけ」

「……」

「一度だけ……打ち合ってはもらえないかしら?」

「……」

「ね、一度だけ……」

 打って、と。

 向かい合って、と。

 なぜかグレンは思った。

 ああ、これが最後になるかもしれないと。

「……怪我をされたら困ります」

「うん……でも、手加減しないで」

「無茶を言われる」

 ――手加減など、できるだろうか?

 この娘の腕前はよく知っている。

 どれだけの鍛錬を繰り返し、どれだけひたむきに剣術に向き合ってきたのか。

 並大抵ではないのだ。

 頑張ってきたなどと、そんな言葉では済まされないのだ。

 ……全部見てきた。この目が全部。

 彼女の生き様。

 彼女の魂。

 何を見つめ、何に怯え。

 そして、何を守りたいと思っているのか……思い続けてきたのか。

 ――運命が決まろうとしている。

 彼女はどこへ行く――? 打ち合いながらグレンは思った。

(彼女の剣は)

 切り開くために磨いてきた物。

 時が決めるだろう、〝白薔薇の騎士〟の行方を。国を挙げての戦いの行方を。

 彼女はそれをどんな想いで見つめるのか?

 ――勝敗を越えて。

「姫様」

 自分で掴んで。

 自分で刻んで。

 道は、自分自身で切り開けと。

 …………打ち合いの中、言いかけた言葉を呑み込んだ。

 呑み込んだ末、グレンはポツリと呟いた。

「……お綺麗になられた」

 彼女は苦笑をした。

 ドレスなど身にまとわずとも。

 髪を乱し、懸命に戦う姿こそ。

 ……国の至宝だと思った。

 汗が流れた。

 ……でもそれは涙だったかもしれない。

 グレンは笑った。

 碧い瞳が滲むように。

 ……オヴェリアの頬を流れたものは、……汗であったと、グレンは胸に刻み込んだ。




  ◇



 そして――。

 これは、少し先の物語である。




「グレン様、皆様がお待ちです」

「ああ、すぐに行く」

 そう言いながら、グレンはのんびりと紅茶を飲んでいる。その様子に兵士は少し飽きれた様子で息を吐いた。

「お急ぎください」

「わかってる」

 兵士が出て行ってもグレンは立ち上がらなかった。

 紅茶はそれほど好きではない。

 でも最近、努めて飲むようにしている……大事な時には必ず。

 そしてローズティ-の香りに向かって呟くのだ。

 二度とは会えぬ、大事な人の名を。

「……」

 カップが底をついた。さすがにもう行かなければならない。

 重い腰を上げた時、ふと、書斎の端に積んである機材が目に入った。

 昨日兵士が、以前グレンが住んでいた屋敷から幾つか残骸を回収したと言っていた事を思い出した。

 何の気なく返事をしていたが……足がそちらに向く。そっと手を伸ばした先に。

 ああ、と思った。懐かしい物を見つけた。

 昔持っていたビデオカメラだ。そう言えば、Youtubeに投稿していた事を思い出す。ネコの動画ばかり人気があったなと思って苦笑した。

 電源を……つくわけがないと思って入れると。

 画面が。

 過去の……自分が撮った幾つかの動画の中に紛れて。

 見知らぬ物が。

 映し出された映像は、焼ける前の屋敷の映像と。

「あ……」



 姫様――。



 画面の中で、姫が……微笑んでいる。

 グレン、と呟いている……。姫様だ。

 オヴェリア様だ。

 あの頃のままに。

 何事もなかった……あの頃のままで。

 ドレスなど身にまとっていなくても。美しく髪を結い上げてなどいなくても。

『グレン……』

 オヴェリアは、映像の中で、グレンに向かって笑った。

『ありがとう』

「――」

『ずっと、ありがとう』





 大好きよ。





 零れ落ちた物は拾い上げられない。

 でも、自分に託されたのは、拾い上げる事ではない。

 いつか、姫様に言おうと思った言葉が脳裏に蘇る。

 自分で築け、自分で歩け。

 ――道は自分で、切り開けと。

「……そうでしたな、姫様……」

 兵士が駆けてくる。

 グレンは服装を整える。

 行こう。そう呟いて。

 男は部屋を出る。

 



 もう二度と会えぬ姫君の。

 ……でも決して、消えぬ……笑顔。

 ハーランドの最後の希望。

 そして誇りだ……。

 永遠に変わらぬ。

 時代が変わろうと、世界が変わろうと。

 彼女が築いた物語と。

 彼女が描いた物は。

 この先の未来へ――永遠に続く。





 ――頬を流れ落ちたのは、彼が今生で流す、最後の涙となる。







 ――お題・グレンの私生活

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