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毒の魔法使い 編 おわり

「レオ様は痴呆が進んでるわけじゃないんです」

そうさっきの村の女の人が外で教えてくれる。

ちいさな雪が降って村は少し幻想的な物に見えた。


「ただ覚えてることが多すぎて記憶の強いものしか思い出せなくなってるんです」

私とジャンは頷く。

「何せ彼はもう四回も結婚してますし家族だっていましたから」


「四回も結婚するなんて最低な男ですね」

「250年も生きてるんだから良いだろ別に。それに本人の勝手だろ。その人達の事情なんて端から見たらわかんねーんだから……」


あ。どうぞ続けてくださいとジャンは彼女に促す。

彼女も頷く。

「愛する人が先にいなくなってしまうのが何よりつらいって彼は言ってました」


その言葉にちょっと切なくなってしまった。

彼女は耳にかかった髪をかきあげる。


「好きな人が老いていくのに。自分は若い時のまま。子供を産んでも子供が先に御爺さんになってしまう……。時の流れから外れた罰だって彼は言っていました」


「時の流れから外れる……」

その言葉を繰り返す。

「そして彼は人を愛するのを止めました。失うのがつらいからです」


雪が降る音が聴こえるくらい村は静かだった。

「こうも言ってました一番強く残る記憶は結局、悲しみだと。」

彼女は瞬きをする。


「そして自分は悲しみの累積の中で生きているのだと」


確かに嫌な記憶って強く残るもんな。

不老不死になるってそれが蓄積していくということなんだろか。

彼にとって悲しみはこの雪みたいなものなのかな。


ただし永遠に溶けない雪。それが心を埋め尽くしていくんだ。


彼女は暫く彼について教えてくれた。

それから話し終えると私達に礼をして自分が来た雪道を戻っていく。


「時の流れか……。うちの学長もそんなこと言ってたな」

「お前んとこの学長も不老不死なのか?」

私は首を横に振る。


「ううん。時の魔法使い。本当はジャンよりちょっと年上ぐらいなんだけど見た目は御爺ちゃんなの」

彼は意味がわからないといった顔をする。


「時を止めすぎたんだって」

そう彼と雪道を歩きながら話す。

「周りの時間は止まってても自分の時間だけ流れちゃうの」


私は笑ってつづける。

「といっても10秒くらいが限界らしいんだ。それに最強の魔法だと思うでしょ? 特殊系でもぶっちぎりに」


私はまた前を見る。白い世界は心を落ち着かせる。


「でもそんなことないんだって。制約があって時間を止めてる間は決して生物の命を奪えないんだってさ。物を動かすのもやたら重くなるって言ってた。だから知識を学ぶぐらいにしか使えなかったんだって」


ホントはどうだか怪しいもんだけどねー。他のことにも使ってたんじゃないかって気もするけど。そう私は意地悪に言って笑ってみる。


「……でも時の流れから外れちゃったら独りになっちゃうんだよね。どんなに強くても永遠の生命を手に入れても」

そう言うと白い息が風で流れる。


「そう考えるとさ。こうして私たちが老いてくことも素晴らしいことなんじゃないかって思うんだ。二人でさ。……こうして歩いていくのも」

そう白い道に足跡を残していく。


ジャンは無言のままだった。

綺麗ごとか。誰だって老けたくないし。

永遠の命を手に入れるなら手に入れたいという気持ちもある。


それが手に入らないから無理矢理そう思いたいだけなのかもしれない。


「……俺もそう思うよ」

そう彼が静かに呟いた。


「限られてるからこそ今を大切にできるんだと思う。この瞬間が素晴らしいものだと感じられるんだと思う。大事なことはどれだけ命を膨らませていけるかじゃない」


私は驚いて彼を見つめる。

「どんな心を持って生きていくかだと思う」


雪が散る音がする。

私は唇を噛みしめる。


雪を踏む音が耳に残っていく。私その音に合わせて雪を踏んでいく。

ずっとこうして。彼の隣を歩いて齢をとりたいと思うのはわがままかな。

そう雪の降る音を聴きながら思った。

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