第百四十八話
「暇だよー。暇だよージャン」
決戦間際とは思えない言葉。
「仕方無いだろ。これだけの軍勢を一度に動かすんだ。準備がいる」
彼は宿屋の机で何か書き物をしながら言う。
「特に俺達は先に着いた方なんだ。時間が出来るのも仕様が無い。士気を上げる目的もあるんだからしっかり休め」
そう彼は難しそうな顔で羽ペンを動かす。
「図書館に行くなら付き合うぞ。魔法を調べたいんだろ」
「いーよ。飽きた。それに教会図書館だけあって教会に都合の良い本しか置いてないんだもん」
三日坊主め。と彼は言った。
「はっきり言ってまだまだ時間はかかるからな」
絶望的な一言。
暇を求めてたのに、ありすぎると嫌になる不思議。
滅茶苦茶に戦った後の休日のなんと充実していたことか。
「外出とか出来ないのー? どっか行こうよ」
そうベッドに寝転び天井を見ながら言う。
「この時期ならできないこともないがな。申請して故郷に一旦戻る兵士もいるぐらいだ。言っとくがソルセルリーは無理だぞ。距離がありすぎる」
遠くに来たんだなあ。故郷が懐かしい。
そう感傷に浸っているとジャンの思い出した様な声が聴こえた。
「そう言えば近くに『不老不死の魔法使い』ってのがいたな」
私はがばっと跳ね起きる。
「あくまでこの地域に伝わる伝説だぞ。教会でも何度か調査すべきかどうか検討されたこともある」
教会もいろいろやってるんだな。
そんなの噂だと一笑にふしながら裏できっちり調査してる彼らを容易に想像できる。
「所が実に不思議なことなんだが。若手の調査員が進言する度にその案件は却下されるんだ。全く本当に不思議だよな」
彼が言いたいことを察した。
もう付き合いも長い。
教会が何か隠してるってことだよね。
「よし『旅行』にいこうよジャン!」
彼も頷く。私は急いで荷造りをはじめる。
教会に忠誠を誓うジャンらしくない行動。
きっと黒騎士になる以外にも妹さんを助ける方法を考えてたのかな。だからこの決戦間際の混乱に乗じて調査をしたいのかもしれない。でも、どの程度のレベルの機密かによってこの調査の危険度は全然違うとも思った。
教会にとっての最高機密なら戦争だろうがなんだろうが警戒を解くはずがない。知る前に殺されるか、知った後で殺されるかのどっちかだろう。
言った方が良いんだろうか?
でも私が思いつくような事だからもうとっくに考えてるのかな。
何か情報を知ってて勝算があるからこんな行動を取るんだろうか。
黒いローブを着た後で溜め息を吐く。
可愛くないな私。こんなうだうだ考えて。
男の人にしたらきっと嫌な女だろうな。
なんにも考えず笑顔でうんって頷いてあげたら良いんだ。
だけど愛されなくても。
どんなに嫌われても。
考えることだけは絶対止めたくないんだ。
それが生きるってことだと思うから。
私は黒いローブの上に汚れた外套を着た。




