第百十七話
「ルシエ・セドゥさんのお宅はこちらですか」
そう彼が真鍮の呼び出し金具を叩く。
私はそのあいだ庭を眺める。手入れがいき届いてそう。
推測になっちゃうのは雪でほとんど見えないからだ。
でも小さな柵で区画してる辺り几帳面な性格なんだろう。
「どうぞ……」
そう小さく扉が開かれた。
艶のある紫の髪にびくっとなる。この髪の色にあんまりいい思い出がない。
でもすごい綺麗な人だと思った。
「魔法使いに美人が多いというクルスの意見もあながち……」
そう彼は小さくぶつぶつ言ってる。
ちょっとむかついた。いやかなり。
彼女は湯を沸かす。
見たところ魔法は使っていない。
冷却系の人なのかな?
「……というわけで領主のケイン様は貴方を召し抱えたいそうです」
これは前金です。そう彼は懐から小さな袋を出し机に置く。
「……あの街嫌いだから」
そう彼女はかすれた声で言う。
なんかいちいち大人の魅力があるなあ。
女の私でもどきどきする。
透明なカップの底に彼女はちいさな宝石みたいなものを入れる。
「何ですか。これ?」
「細かくした飴なの」
そう彼女は微笑む。
煌めいた緑や紫、黄色い飴のかけらに熱いハーブティーが注がれる。
透明なカップの中でそれが溶けて砂糖の潮流みたいなものが見えた。
「うわあ綺麗」
私は眼を近づけてそれを見る。
美人でお洒落で余裕感があって。
「私ルシエさんが気に入りましたよ」
「お前は人を判断するのが早すぎんだよ」
彼が隣でぶつぶつ言ってる間、私は部屋を眺めてみる。
難しそうな本。それに確か試験管って言うんだっけ。
いろんな形のそれがある。冷却器とかそんな単語も浮かんだがうる覚えだ。
「ルシエさんは魔法使いなんですよね。何系なんですか?」
言った後でまずいと思った。
系統の話なんて一般の人間が口にするのは不自然か。
「特殊系」
彼女はそう答え透明なカップに長い指をそっとつける。
するとその液体が沸騰しはじめる。色も薄紫に変色し粘度を帯びていく。
どろっとした泡も弾けた。
綺麗だったハーブティーは最後には別の何かになっていた。
「毒の魔法使いなの」
そう彼女は妖艶な瞳を輝かせ口角を上げる。




