講義
短いので3連投します。3連投その1
新年の行事が一段落するとローダスからムルス騎士団の幹部がやって来た。皇宮で歓迎の行事が行われた後、彼等は建設中のムルス神殿を視察し、リーヴィアたちが使っていた離宮でヘメタル同盟についての解説を受ける運びとなった。ついにイゾルテが教師デビューする日がやって来たのだ。彼女は尊敬する(正確には強制的に尊敬させられた)偉大なる嫁かず後家、あるいは永遠なる乙女であった彼女の家庭教師を思い出し、彼女の姿をマネて練習を繰り返していた。生徒役は珍しく乗り気なエロイーザだ。すぐにツッコミを入れたがるアントニオは無視して、二人は厳しいシミュレーションを繰り返してきたのだ。
そしてその朝目覚めた彼女の枕元には、まるで天意を示すかのように三角形っぽいとんがった眼鏡{ザマス眼鏡}(注1)が置かれていた。それは彼女にも眼鏡だと分かった。ただちょっと軽くてデザインが変わっていて、度が全く入っていないだけだ。彼女はゆったりした白いブラウスと紺色のタイトなロングスカートに身を包むと、キツ目の化粧を施し髪をアップに整え、試しにその眼鏡{ザマス眼鏡}を身につけてみた。鏡をキッと睨みつけてみると、その冷たくキリッとしたその眼差しに、彼女はゾクっと軽く震えた。それは彼女の記憶に刻み込まれた何かを激しく刺激したのだ。
「ふふふ、これで脳筋のムルス騎士たちも居眠りなど出来ないザマス!」
彼女は踵の硬い靴で大理石の床をカツカツと打ち鳴らしながら颯爽と廊下を歩き、かつてホールイ3国との会談を行った会議室(元は談話室)の扉をバーンと開け放った。驚いた騎士たちの注目が集まると、彼女はキリッと鋭い目を彼等に走らせた。
「私はイゾルテザマス。今日から皆さんにヘメタル同盟について講義をするザマス」
講和以来会っていない団長たちだけでなく、しょっちゅう顔を合わせている新神殿建立委員会の面々ですらぽかーんと口を開けて彼女を見つめた。
「……殿下、一体何のマネですか?」
代表してベルトランがそう言うと、彼女は片手で眼鏡のつるをくいっと押し上げて手に持った乗馬鞭をピシリと突きつけた。
「殿下ではないザマス、先生ザマス。分かりましたか、ド・ヴィルパン君」
「は、はあ」
「返事は『はい』ザマス!」
「はい、先生!」
「よろしいザマス」
イゾルテが満足気な微笑を浮かべると何とも言えない大人っぽい色気が漂い、服装だけでなく中身も2年前の彼女とは違うのだと団長たちに思わせた……が、実際には身長も体重も胸囲も全く成長していなかった。だが多くのムルス騎士達にとっては彼女のささやかな胸よりも、鋭い目つきと乗馬鞭と固そうな靴の踵の方が重要だった。
――こんな先生が家庭教師だったら、きっとムルス騎士団になんか入らなかっただろうなぁ……
彼等は鼻の下を伸ばしながらぞくぞくしていた。
「それと助手を紹介するザマス。エロイーザ、入って来るザマス!」
イゾルテの言葉に合わせて一人のメイドが扉を開けて入って来ると、ムルス騎士達は彼女の艶やかさに目を奪われた。というか、彼女の太ももの艶やかさに目を奪われた。彼女はいつぞやの白黒の服{ミニスカメイド服}を着ていたのだ。
「ちょっ、ちょっと待つザマス!」
イゾルテは慌てて彼女を廊下に押し出すと扉を閉めた。
「何て格好をしているんだ!」
「でも、この服は殿下が下さったんですよぉ? 狙った殿方を落とす時に使えってぇ」
「珍しくやる気になってると思ったら、そんな理由だったのか……。だとしても、二人っきりの時じゃなきゃダメだろ! あんなにムルス騎士が居るんだから、暴走したら近衛でも手を焼くぞ」
だがエロイーザは頬を膨らませた。
「でもぉ、二人っきりになる機会なんて無いじゃないですかぁ」
「……分かった、機会を作ってやるよ。誰が狙いなんだ?」
「もちろん、一番偉ぁ~い人ですぅ」
堂々と言い切ったエロイーザの言葉に、彼女が玉の輿狙いだということを思い出した。
「……だけど、団長はおっさんだぞ?」
「愛があれば年の差なんてぇ!」
「戦いで死んじゃうかもしれないぞ?」
「私が残された家を守りますぅ!」
「団長とは言っても……貧乏だぞ?」
「……着替えて仕事に戻りますね」
「あれーっ? 愛はどうした!?」
イゾルテの叫びが離宮の廊下に虚しく響いた。結局イゾルテは、やる気を失ったエロイーザの代わりにアントニオを助手にして講義を始めた。
「元老院総会は毎年12月に行なわれるザマス。そこで10人委員会の委員を選ぶザマス」
「先生、10人委員会の委員は何人なんですか?」
「……10人ザマス」(注1)
その言葉に騎士達は衝撃を受けた。
「たったの10人なのか……」
だが驚きたいのはそんな質問をされたイゾルテの方であった。
「同盟の条件として、加盟国には兵力を差し出してもらうザマス。その兵力は人口に応じて変わるザマス」
「先生、ローダスはどれくらい差し出すんですか?」
イゾルテははっとした。ローダスの人口はたかだか5000人ぽっちであるが、騎士団は半減したままなのだ。規定通り2%も供出しろと言ったら彼等の反感は覚悟しなくてはならないだろう。彼女は必死にフォローした。
「……100人くらいザマス。でもでも、その兵力の大半はローダスの防衛のために現地に配備するように配慮するザマス! プレセンティナにはその1/4の25人くらいで良いザマスぅ!」
彼女の予想通り騎士達は彼女の言葉に衝撃を受けた。
「たったの25人!? 厳しい選抜が予想されるなぁ」
「団長、もともとプレセンティナに派遣されて来ている俺達が優先ですよね?」
「馬鹿を言うな! ズルいぞ!」
「選考会が必要だな。だが、熱が入りすぎて何人が死ぬことになるだろうか……」
騎士達の物騒な会話に、イゾルテが慌てて割って入った。
「べ、別に25人以上出したって文句はないんだからね! ……ザマス!」
イゾルテがそう言うと騎士たちはほっと胸を撫で下ろした。
「何だ、先生も人が悪いなぁ。はっはっは」
「はっはっは、ザマス」
騎士たちの嬉しそうな笑い声に押されて、イゾルテの乾いた笑いはアントニオにしか聞こえなかった。
――先生ってこんなに大変な仕事だったのか……
注1 女教師もしくはPTAのおば様がかけてそうな角が尖った感じの眼鏡のことです。正式名称はフォックス型眼鏡だそうです。
注2 元ネタにしたヴェネチア共和国の10人委員会は、議会で選ばれる委員は10人ですが、元首とかを含んだ17人以上で会議をしたそうです。なので、あながちバカな質問でもないかも。ただしプレセンティナの10人委員会は君主に対する議会の代表という立場なので、選出された10人の委員だけで会議しています。




