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太陽の姫と黄金の魔女  作者: 桶屋惣八
第5章 同盟
77/354

訪問3

ちょっとエロい……です。

 マイラへと向かう途中、イゾルテの元にまた贈り物が届いてしまった。彼女の枕元にあったのは折りたたまれた白と黒の服であった。

「服か……これならお針子に作らせたことにすれば問題ないな」

安堵しつつその服を広げてみると、彼女はその正体を知って困ってしまった。

「これは……どう考えても私が持っていてはおかしいぞ……」

途方に暮れる彼女に控えの間から声がかかった。

「殿下、朝ですよ、起きてますか?」

「あー、えーと、まだ寝てるー」

「そうですか、分かりましたぁ……って、どんな寝言ですか!」

バーンと突入して来たエロイーザは、イゾルテが広げていた白黒の服{ミニスカメイド服}をばっちりと見てしまった。

「で、殿下……そ、その服は……私の新しい制服(注1)ですか!?」

「あー、そうなんだヨ、うん。お前の働きに報いようと思って持って来てたんだヨ、うん」

「で、殿下……!」

感激して目を潤ませるエロイーザを見て、イゾルテは目を逸らせた。

「早速着ていいですか?」

「ああ、好きにしてくれ」

イゾルテが許可すると、エロイーザはその場でいそいそと服を脱ぎ始めた。イゾルテは「せめて控えの間で着替えろよー」と呆れたが、背中を洗わせたりしているのでエロイーザの下着姿は見慣れていた。だから「その胸についた無駄な脂肪を半分私によこせ!」とか、そんなことは全然思わなかった。……ちょっとしか思わなかった。だが着替え終わったエロイーザを見てイゾルテは彼女から目が離せなくなっていた。

――なんて短いスカートなんだ。てっきりタイツかと思ったのは膝上まであるという訳のわからない靴下だし。太ももがむき出しだなんておかしいだろう! これでは顔も見れないではないか! ……太ももが気になって。


「どうですか、殿下。似合いますか?」

「ああ、よく似合っている」

気のない返事をしたイゾルテが足のあたりじっと見ていることに気付いたエロイーザは、振り返って足元を見た。そこにはくしゃくしゃに丸められた紙が転がっていた。

「あら、こんなところに書き損じが。殿下、散らかしちゃダメですよ」

そう言って彼女が身をかがめて紙くずを拾うと、背後でイゾルテが「ぶっ!」と吹き出す音が聞こえた。

「殿下、どうされました?」

「あー、いや、なんでもない。ただ思っただけだ、神は偉大なり、と」

「はあ?」

ブンブンと大げさに首を振ったイゾルテは、いつしか爛々と目を輝かせていた。

――不思議だ。エロイーザの下着姿など見慣れているはずなのに、スカートの下からパンツ(注2)が見えると……なんか興奮するなぁ!

その白いパンツが白黒の服{ミニスカメイド服}の下からから覗くと、ツートンカラーの統一感も素晴らしかった。まるでパンツまで制服なんじゃないだろうかと思えてくるほどであった。


 そこへ移動指揮車(自称)の外からノックが聞こえた。

「エロイーザさん、輜重隊から朝食を貰ってきましたよ。受け取ってもらえますか?」

アントニオの声に、エロイーザが控えの間に戻って行った。

「あ、馬鹿、そんな格好で……」

イゾルテが止めるのは間に合わず、エロイーザは移動指揮車(自称)のドアを開けてしまった。

「おはよう、アントニオ君。ご苦労様」

「……!」

 ガシャン!

「す、すいません!」

控えの間のドアが閉まっていたのでイゾルテには直接見えなかったが、二人の様子はありありと想像できた。アントニオがエロイーザの太ももに動揺してトレーを落としてしまったことも、彼が地面に落とした食器をしゃがんで拾いつつ、移動指揮車(自称)に乗ったエロイーザを物凄いローアングルからチラチラと見上げているであろうことも。そしてエロイーザはパンツを見られていることにも気付かずに「ごはんが勿体無いなぁ」と指を咥えてぼぉーっと突っ立っていることも。

 イライラしたイゾルテがバーンと控えの間に突入すると、果たしてそこには想像した通りの光景が広がっていた。

「アントニオ、エロイーザのパンツを覗くな! それは私の特権だ!」

「「ええっ!?」」

色々と反応に困るイゾルテの言葉を聞いて、ひとまずアントニオは立ち上がり、エロイーザはスカートを押さえてしゃがみこんだ。真っ赤になった二人の前に仁王立ちしたイゾルテは、ジト目になって高圧的にアントニオに命じた。

「代わりの朝食を取ってこい。罰としてお前は朝食抜きだ」

「は、はい。分かりました……」

コクコクと頷きながらもなかなか去って行かないアントニオを、イゾルテは掌でシッシと追い払ってドアを閉めた。

「エロイーザ、悪かった。前からお前はトロいと思っていたが、まさかここまで危機感がないとは思わなかった」

「うぇ~ん、ひどいです、姫様ぁ。わたしぃ、もうお嫁にいけましぇ~ん!」

「大丈夫だ、アントニオに責任を取らせよう」

「嫌ですぅ! 私はぁ、玉の輿狙いなんですぅー!」

「そんな事私にぶっちゃけるなよ! じゃあその服はお前にやるから、落としたい男の前で着ればいいだろ。父上と兄上以外なら自由に落としていいぞ」

「……落ちますかぁ?」

「ああ、アントニオは勿論、私ですら落ちかけたぞ。だがその格好をうっかり別の男に見られたら、そいつも落ちちゃうからな。今度はお前までどん底まで落とされることにもなるかもしれない、十分に気をつけろよ」

「……分かりましたぁ」


 べそをかきながらエロイーザが着替えている頃、どこか夢心地のアントニオは輜重隊に向ってフラフラと歩いていた。

「僕はもう、お腹いっぱいです……」

エロイーザのミニスカとパンチラ(パンモロ?)も凄かったが、イゾルテのすけすけネグリジェ姿も凄かった。パンツはもちろん丸見えだったし、ブラを着けていない胸はうっすらと桜色の何かまで透けて見え、それを思い出すだけで彼はもう……お腹がいっぱいだった。

「きっと、今朝のことは一生忘れないだろうなぁ……」

彼の歩いたあとにはポツポツと黒いシミが出来ていた。

「殿下って、本当に危機感がないよなぁ。うん、僕が守って差し上げないと!」

そう言って力を込めた拳を振り上げると、彼はくらりと目眩を感じた。出血過剰による貧血だった。



 数日後マイラに到着した一行は城壁の外に円陣を組んで野営の準備を始めた。街に入ったのは食料の買い出し部隊と書状を届けに行ったアントニオだけで、イゾルテ自身は城門を(くぐ)ろうとはしなかった。

「殿下、届けてきました」

「早かったな。返書は無しか」

「相談するから待ってくれと言ってましたけど」

「いつまで?」

「さあ?」

「なら知らん。明朝には出発だ」

「ええっ? そんな、あっさり?」

「助けて欲しいと言われても助ける気はない。助けさせて欲しいなどとは露ほども思わん。奴らにはただ危険だと教えただけだ」

随分と冷たいイゾルテの態度に、アントニオは戸惑った。

「随分と温度差がありますね」

「どうも気に食わんのだ。王が市民に殺されるという話はな」

「…………」

「当時の王がどういう男だったのかはよく分からん。農村を手放そうとしなかったのも、責任感ではなく欲の皮が突っ張ってただけかもしれない。だからこれは、単に個人的な感傷かもしれない」

吊るされたという最後の王に、彼女はルキウスの姿を重ねているのだと、彼は悟った。

「……皇帝陛下は、割りと市民たちに好かれていると思いますよ」

イゾルテは苦笑した。

「分かっているよ。だが、11年前はどうだっただろうか。もし打って出た父上が負けて帰ってきていたら? そしてドルクが父上の首を要求したら?」

「…………」

「戦場で死ぬのは仕方ないさ。でも守るべき国民の手で殺されるというのは……無念だろうな」

しんみりとした空気の中で、アントニオは悲壮な決意を固めた。

「……その時は、僕もお伴します」

だがイゾルテは寂しそうに微笑みながらゆっくりと首を振った。

「そんな事を言うな、アントニオ。お前まで道連れになることはない。お前は……盾になって私を逃がせ」

「ええぇぇ~!? せっかくいい話だったのに!」

「いい話じゃないか、自ら盾になってか弱い姫を逃すんだぞ。伝説になるかもしれない」

「別に僕は護衛じゃないんですけど……」

彼は力なく肩を落とした。

 イゾルテはそんな彼を見て笑いながらも、密かに後味の悪さを感じてもいた。

――生き残ったマイラの市民は私のことを魔女と罵るだろうな。

イゾルテの書いた書状も所詮はアリバイ作りに過ぎない。彼女はそれが無視されることを見越し、来年にはこの街が阿鼻叫喚の地獄と化すことを予期しつつも深入りしようとはしなかったのだ。アントニオに語った気持ちも嘘ではなかったが、彼女がプレイアダスの7都市に冷たいのは、彼らを囮にしてドルク軍を呼び寄せることが作戦の根幹でもあったからだ。物見高い彼女が都市に入ろうとしなかったのも、とてもではないが市民の顔を直視できなかったからだった。



 翌朝、結局返書も届かないまま一行はメロピーに向けて進路を西に取った。メロピーはマイラからディオニソス方面に伸びる街道上にあった。ただし、この街道はヘメタル街道ではなく、アルテムス王国時代に作られたレンガ敷きの物でしかなかったので半世紀以上放置されてひどい有様だった。

――キメイラでなければ、舌を噛みそうだな

この道を往く商人も多くはないだろう。食い詰めた農民が盗賊と化すこともこともあるという話だ。

 沿道の村々には驚かせないようにと伝令を走らせただけで訪問はしなかった。既に退去勧告自体は伝えられているはずだし、可能ならこの沿道を含む西部の人々にはディオニソス辺境諸侯領に逃げ込ませたかった。だから会談後に改めて伝令を走らせることになっているのだ。どこに逃げ込むにせよ故郷に近いに越したことはないだろう。

 それに、イゾルテは転んでもただでは起きるつもりはない。彼らが逃げ込めば辺境諸侯領の人々もハサールの脅威を実感し、その意識を東へ向けるだろう。そして共同作戦を通してプレセンティナとヘメタル同盟の力を見せつけるのだ。そうすれば、ディオニソス王国そのものをこの戦争に引きずり出すか、辺境諸侯を分離独立させて同盟に参加させることが出来るかもしれない。

――辺境諸侯がディオニソス王国に従属しているのは、ハサールを脅威に感じればこそだ。本来関係のないアプルン王国との戦いに駆り出されて、彼らは不満を感じているだろう。

アプルン戦線から辺境諸侯の兵が引き上げるのは確実だった。本国が脅威にさらされているのだ、王国側がそれを止めればその場で戦いに発展するだろう。そして更にディオニソス王国は辺境諸侯に援軍を要求される。

――恐らくディオニソス王国は十分な兵を出せない。西部戦線から辺境諸侯軍が脱落すれば、アプルンに対抗するため新たに兵を送らねばならないくらいだ。とても東部戦線に兵力を送る余裕などないんだろう。

そもそも東には辺境諸侯領があるのだから、ハサールの盾になってくれる。ディオニソス王国はハサールを直接的な脅威とは感じていないはずだ。

――だが、そうなれば辺境諸侯は(こぞ)ってヘメタル同盟に参加するだろう。そして彼らはそのまま反ディオニソスの急先鋒となる。その時になってはじめて、守ることの大切さを知れば良い。国を、人を、約束を。

同盟とアプルンに挟まれたディオニソス王国は三者択一を迫られるだろう。覇権主義を捨てて同盟の一員となるか、アプルンに大きな譲歩をしてでも停戦を結び、辺境諸侯と対峙するか。あるいは無謀な二正面作戦を行うか。

――その前にダングヴァルトを潜入させないといけないな。とはいえ、まずは辺境諸侯だ。危険を知るものは小心になるものだし、小心は彼らを敏感にするだろう、ホールイの王たちのように。メロピーにどれほど人が集まったかで彼らの器量が知れるな。



 一行がメロピーに到着すると、アントニオに書簡を持たせて市長に届けさせつつも、イゾルテ自身は議場に入った。ただしメロピーの人々と話す気がないのはマイラーと同じである。辺境諸侯の使いと会談するために、バルビエリ商会の伝手で借りきっていたのだ。

 だが議場で彼女を待っていたのはただの1人切りだった。イゾルテは悪い予感に慄然とした。

「……使者はあなた一人か? それとも私が来るのが早すぎたのかな?」

「違います、私は使者ではありません。代表です」

「代表?」

「私はベルマー子爵です。たまたま国元番でしたので、代表として(まかり)り越しました。あなたはイゾルテ殿下ですな?」

「失礼しました、子爵。プレセンティナ帝国、第二皇女イゾルテ・ペトルス・カエサル・パレオロゴスです。ところで国元番とは何です?」

「我々はアプルン戦線に貼り付けられて国元が留守になりがちでして。ですがそれぞれの領内のことはそれぞれの留守居に任せるにせよ、重大事には一致協力せざるを得ません。だから領主の誰かが常に居残って、東方の監視と有事際の臨時の総指揮官を務める――ということになっているんです。とりあえず他の領主達が帰ってくるまで」

「なるほど……寡聞にして知りませんでした」

「まあ、我々の間の非公式な約束事に過ぎませんし、外国の方には関係ありませんしね。国元番として外国の方と交渉をするのは、恐らく私が初めてのことでしょうなぁ」

「しかし、それではあなたに決定権はないんですね?」

「ええ、私が約束できることは我が子爵領の事と、私自身が他の諸侯へどういう意見を伝えるのか、ということだけです」

「そうですか……」

「足りませんか?」

「いえ、そもそも諸侯が国元におられぬのならどのみち時間はかかります。それにあなたを説得できなければ、他の方々を全て説得するのはとても無理でしょう。窓口がまとまっている分、私も話がしやすいです」


「頂いた書状によれば、ハサールとドルクが手を組んだとか。我々はドルクについて多くを知りませんが、あの排他的なハサール人が手を組むとは些か信じがたいですな」

「我々も驚いています。ですが北アフルーク経由でドルク宮廷から漏れ伝わる情報と、ハサール国内のスラム人から伝わる情報がそれを示しているのです。そしてドルクが絡む以上、彼らはハサールのような一過性の略奪に来る訳ではあり得ません。丸一年を移動に費やして旧アルテムス王国領の貧しい農民たちから略奪したところで、とても元が取れませんから」

「……なるほど、もっともですな。しかし70万とは……」

「ええ、大軍です。ですから皆さんの協力を頂きたいのです」

「しかし、我らの兵は根こそぎかき集めても20万にも及びません。それに武装も足りません。慌てて用意したところで、大半の兵には槍を持たせるのがやっとでしょう」

「私も戦場で戦って勝てるとは思っていません。我がプレセンティナ軍とホールイ3国、そしてあなた方の軍を合わせても無理でしょう。だからせめて、旧アルテムス王国領それ自体を武器として使うしかありません」

イゾルテの言葉を聞いて子爵は顔を強ばらせた。

「どういう意味です。まさか、犠牲にされると? 全土を焼かれるつもりなのか!?」

――さすがに戦い慣れているな、すぐに焦土作戦と分かったか。そしてそれを聞いて反感を覚えるのも、土地の者とともに生きている証だろう。

彼女は子爵に僅かばかり好感を持った。

「いえ、焼くのは東部のごく一部です。それ以外は――そもそも作付けをしません、説得が間に合いましたので」

「……何ですと?」

「プレセンティナとホールイ3国では、難民の受け入れ準備を始めました。旧アルテムス王国領に住まう農民、凡そ200万人を国外に退去させます」

「馬鹿な! 200万ですよ!? そんなことをしたら……」

「ええ、家などとても用意できませんから、彼等の多くは天幕暮らしとなるでしょう。ですが、プレセンティナは食料だけは何とか140万人分は確保します。ホールイ3国も難民の受け入れを約束してくださいました」

「140万……ホールイ3国も……?」

「はい。あなた方にも残りの難民、特に西部域の人々を受け入れて欲しいのです」

「…………」

子爵はそのスケールの大きさに目眩を感じていた。だが抗し得ぬほどの大軍を相手にする以上、焦土作戦が有効な作戦であることは確かだった。というよりそれ以外に有効な作戦などあるだろうか?

「なるほど、焦土戦を基本に据えるのは御尤もです。民を犠牲にしないという考えにも共感いたします。しかし、難民をいつまでも抱えてはいられませんよ? 旧アルテムス領の全ての農地で耕作を行わないということは、食料生産が少なくとも200万人分、おそらくは400万人分以上が丸々減少するということです。どうしたってこのメダストラ世界の食料需給に歪が生まれます。1年は何とかなっても、2年、3年と続けることは不可能ですよ」

「確かに仰るとおりです。ですが、何も難民を遊ばせておく必要もありません。彼らを労働力と捉えては如何ですか?」

「何ですと?」

「食料は供与すると約束しましたが、彼らとて働き者の農民たちです。暇なら賃金をもらって働こうとするでしょう。開墾とか、堤を作らせては如何です? 食料生産も増えますし、彼らが去った後にも財産として残ります。少なくとも私は、転んでもただで起きる気はありません」

「…………」

「それに、こちらからも攻勢をかけます」

「飢えたところを襲うと?」

「いえ、飢える前に引き返させます。ハサールで騒乱を起こすのです」

「……どうやって?」

「ハサール国内で虐げられているスラム人に武器と資金を提供します。アムゾン海は我らの裏庭、人脈も信頼も十分にあります。ハサール騎兵が留守にしている間に、スラム人を蜂起させるのです」

「…………」

子爵はその有効性を認めながらも、その後に起こる悲劇を想像して黙り込んだ。弱い者が強い者に利用されるのはこの世の常とはいえ、同じように他人に利用される立場の者としては、スラム人に同情せずにはいられなかったのだ。

「……異民族とはいえ、スラム人を捨て駒にするのですか?」

「ええっ? いやいや、ちゃんと勝たせる気ですよ。勿論、少なくない犠牲も出るでしょうけど、私自身が戦場に赴くつもりです」

「殿下が、自らですか……?」

「ええ、陸海の連携が必要ですし、義兄上は目を離すと危ないので……」

コルネリオが一人でベルケルに突進した時の記憶が、彼女にそう思わせていた。だが小柄な少女が戦場に行くと言い大の男のことを心配するのを見て、子爵は思わず笑い出した。

「はははは。いや、失礼。皇太子殿下とお会いしたことはありませんが、きっと殿下の事を同じように言われるでしょうなぁ」

「……私は危なっかしくて、信じるには値しないと?」

「それはどうでしょう。ですが、手を差し伸べたくはなりますな」

その言葉を聞いてイゾルテは目を輝かせた。

「では!?」

「約束できるのは、我が子爵領だけです。ですが、他の者達も説得してみましょう」

「それで、あのぅ、ついでにディオニソス王国にも協力を要請して頂けますか?」

イゾルテはもじもじとしながら上目遣いで子爵を見つめた。それはかなりのむちゃぶりだったが、どのみち援軍は要請するのだ。子爵は自信なさげに頷いた。

「……やるだけはやってみましょう。ですが、結果はお約束できませんよ」

「ありがとうございます! 子爵が国元番の時で良かった!」

彼女が子爵の手を取ってぶんぶんと振ると、子爵も少し頬を赤らめながら顔を綻ばせた。



 再びキメイラに乗っての帰り道、アントニオがポツリと呟いた。

「子爵は辺境諸侯を説得できるでしょうか?」

イゾルテは肩を竦めた。

「会ってもいないのに分かる訳ないだろう。でも、子爵はなかなかの人物だと思う。自分の得にならない戦争をやらされているだけあるな」

「割りと立派そうな人だとは僕も思いますけど、殿下が言ってる理由が分かりません」

イゾルテはいつもの様に悩んだ。これは質問か、それともツッコミなのか。だからいつもの様にギロリと睨んだ。……が、アントニオは既に視線を窓の外に向けていて、睨まれたことに全然気付かなかった。

――くっ、もしツッコミだったとしたら、真面目に答えたらバカみたいだぞ。

しかし、子供の質問を撥ねつけてしまってはその成長を妨げてしまう。ましてアントニオは、既に汚い大人たちの影響でその素直だった心を穢されつつあるのだ。だから彼女はせめて自分だけでも彼の健全な成長を手助けしてやろうと思い、丁寧に解説してやった。

「あー、つまりは、他人に扱き使われる苦労人ということだな。それにアプルンとの戦いでは、なるだけ損害の少ない戦いを心がけているだろう。つまりは貧乏性だな。さらには勝ってもたいして褒賞も貰えないから、戦い自体に夢も希望も抱いていないだろう。根暗な現実主義者だ」

彼女の鋭い分析に舌を巻いたのか、アントニオは得意げな彼女に視線を戻した。

「あのぅ……ほんとに褒めてます?」

注1 メイドがメイド服を着ていることは当然のことです。世界と時代を超えて普遍的なことです。

注2 ドロワーズではないようです。

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