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太陽の姫と黄金の魔女  作者: 桶屋惣八
第5章 同盟
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訪問2

ちょっとエロい……かなぁ?

 エウノメアー王国の王都エウポリアを発ったイゾルテたちの一行は、旧アルテムス王国の王都であったマイラに向けて北上していた。アエミリウスは交渉結果を持って本国に帰ったので、移動指揮車(自称)に乗っているのはイゾルテとアントニオとエロイーザの3人だけだった。夜になればアントニオは追い出されて兵士たちと一緒に天幕で眠るので、残るは女2人切りである。エロイーザはいそいそとメイド服を脱ぐとイゾルテに貰ったふかふかで肌触りのいい夜着に着替えた。そしてぴょんぴょんとジャンプしてメインルームのドアに近寄ると軽くノックして聞き耳を立てた。

「殿下ぁ、寝ちゃいましたかぁ? 寝ちゃいましたよねぇ? 私も寝ちゃいますよぉー」

イゾルテの反応がないことを確認すると、彼女はゆっくりと床に横たわった。

「おやすみなさーい」

彼女は芋虫のような夜着{寝袋}を着たままぐーぐーと寝静まった。たっぷり昼寝もしてたのに。



 翌朝イゾルテが起きると、枕元に白い奇妙な形の容器{リンスinシャンプー}が転がっていた。贈り物でよく見かける、木でも金属でもない不思議な感触の素材だったが、何よりも特徴的なのは管の付いた奇妙な形の緑のフタであった。

「何だ、この奇妙なフタは……? む? なんだか少し上下に動くな。おぉ、くるくるとも回るのか、ふむふむ」

イゾルテがその贈り物を弄り回していると、突然ぽんっとフタが飛び出した――かと思ったが、飛び出したのはフタの一部だけだった。

「むむむっ、ますます謎だ」

イゾルテが首を捻っていると、控えの間から声がかかった。

「殿下、どうされました? 入って良いですか?」

「ま、待て。ちょっと待ってろ!」

イゾルテはどこか隠せる場所は無いかと周りを見回したが、この移動指揮車には隠せる場所など何処にもなかった。

――クローゼットを控えの間に設置したのは失敗だった!

彼女は咄嗟にお風呂の扉を開けて容器{リンスinシャンプー}を放り込もうとしたが、フタが飛び出していることに気付いた。いつぞやのように中身が軽気{水素}だったりしたら大変である。彼女は慌ててフタを戻そうとした。

「あ、あれ? 何で戻らないんだ?」

「殿下、どうされたんですか? 殿下? 殿下!?」

「ええい、戻れ、戻れ、戻れぇ~」

彼女はフタを戻そうと何度も何度も押し戻した。その度に漏れるシュコシュコという音に空気入れ器{ハンドポンプ}を思い出しかけた時、その悲劇が起こった。

 ピュピュッ!

「きゃあああ!」

「殿下!? 入りますよ!」

エロイーザがメインルームに突入すると、彼女はそこでとんでもない光景を目撃してしまった。すけすけのネグリジェを着たイゾルテが、顔に白濁液をかけられて床にしゃがみこんでいたのである。

――『ちょっと待ってろ』って、終わるまで待たせろって姫様を脅したのね! 姫様を襲うなんてうらやま……許せないわ! 犯人はきっとお風呂の中ね!

「私の姫様を穢した曲者めぇ~! そこかぁ~!」

エロイーザが風呂に飛び込んだがそこには誰もいなかった。ただ奇妙な容器が転がっているだけだった。そしてその管の先からは白濁液が滴り落ちていた。

「あれ?」

きょとんとした彼女の後ろで、イゾルテがまだ悲鳴を上げ続けていた。

「目が、目がぁ~!」



 顔を洗った時にその感触と泡立ちから白濁液{リンスinシャンプー}が石鹸だと分かったイゾルテは、エロイーザには離宮の学者が作った新型石鹸の試作品だとごまかしておいた。白濁液{リンスinシャンプー}が髪にもかかっていたので、思い切って髪も洗おうと思い、それならついでにと湯船にお湯を張らせて朝風呂に入った。風呂を沸かしている間に出発時間になってしまったので、馬車に揺られながらの優雅な入浴である。更にエロイーザを呼んで背中も洗わせた。身体は昨晩洗ったばかりだったのだが……。

「エロイーザ、そういえば卵はあったか?」

「いえ、輜重隊……でしたっけ? その兵隊さんに聞いてみたんですけど、ありませんでした。すみません」

「だよなぁ、割れちゃうもんなぁ。うーん、香油だけで我慢するか。髪が乾いたら香油をつけて梳いてくれ」

「分かりましたぁ。じゃあ、もう上がりますか?」

「ああ、お前はもういいよ。私はしばらく湯船に入ってるから、正午になったら教えてくれ」

「しばらくって……正午までまだ4時間くらいありますけどぉ?」

「うん? だからそれまで入ってるつもりなんだけど?」

イゾルテの風呂好きはもはや病気だった。

「は、はあ、分かりましたぁ……」

「ああ、アントニオは指揮車に乗せるなよー」


 エロイーザが風呂から出て行くと湯船の脇の小窓を開いた。今は山の中なので行き交う人は少なかったが、居たとしても小窓からはイゾルテの顔くらいしか見えないはずだ。並走して窓の間近からジロジロと覗かない限り、まさか全裸で入浴しているとは分からないだろう。たまに目を丸くしている人がいたが、それはイゾルテに驚いたのではなくキメイラ自体に驚いていたのだろう。たぶん。

――しかし、なんでここに贈り物が届いたのかなぁ……?

離宮の寝室はもちろん、たまに泊まる後宮の自室(離宮に引っ越す前から使っている部屋)にも贈り物が届いたことはあった。イゾルテはあまり覚えていないが、10年前の籠城戦の時には尖塔にも届いたらしい。

――住んでいる期間が短いと駄目なのか? だったらここにも届かないよなぁ。逆に何ヶ月も乗っていたゲルトルート号には一度も届かなかったし、ひょっとして海の上が駄目なだけなのかな? でも、陸上でもミランダの離宮には届いたことが無いなぁ……

どういう基準で届いたり届かなかったりするのか、イゾルテには皆目見当がつかなかった。まさか移動指揮車(自称)に届くとは思っていなかったので、今朝はすっかり油断していた。

――本国に帰り着くまでにまた何か届いたとしたら、どうやってごまかそうかなぁ……

イゾルテは湯船に口まで沈めて、ぶくぶくしながら悩んでいた。



 一行はその日の午後には国境の山脈を越えて旧アルテムス王国領へと入っていた。荒廃してゴーストタウンどころか遺跡になりつつある町並みを見て、アントニオが脳天気な歓声を上げた。

「うわぁ、荒野ってかんじですねぇ」

 貧乏くさかったエウレーナー王国に比べても旧アルテムス王国は更に寂れていた。まず町が無かった。重厚な城壁を備える都市ほど大きくはなく、かといって農地に囲まれた農村と言う訳でもない、そんな町がだ。1つの農村では十分な需要がなく、だから幾つもの村からの依頼を受けて仕事をする商人や職人たちが暮らす町が1つもないのだ。崩れかかった土壁の跡が街道脇の草に埋もれ、かつてそこにそんな町があったのだろうと思わせるのみだった。

 旧アルテムス王国の首都マイラとエウレーナー王国の首都エウポリアはヘメタル時代から続く都市であった。だからそこには脇街道とはいえ、ヘメタル時代に作られた石造りの街道が延々と続いていた。へメタルが滅び、旧アルテムス王国が滅び、今は治める者すら居なくても、ヘメタル街道は今もまだ姿を変えることもなくそこにあり続けていた。


 街道沿いに幾つかのゴーストタウンを越えた先、脇街道との分岐点にルキウスの意を受けた(というか、その意を受けた官僚の意を受けた)商人がプレセンティナ騎兵を連れて待ち構えていた。イゾルテ達に先んじて派遣されていた者達だった。見覚えのある姿にイゾルテは笑いかけた。

「わざわざご苦労。ホールイ3国は難民の受け入れを全面的に認めてくれた。作戦全体の基本方針についても同意してくれたよ」

相手は恰幅も身なりも良い老人だった。ペルセポリスでも指折りの大商人、バルビエリ商会の主にしてダングヴァルトの父である。

「おおぉ~、さすがは殿下ですな。でも、どこまで譲歩されたんです?」

「何も。道を説き、彼等がそれを聞き入れただけだ。彼等は容易には得難い賢王たちだよ。投資先を探しているならホールイ3国だ。植民都市の自治と、周辺農地の免税特権も認めてくれた。これはまだ秘密だが、協力の礼だ。他には黙っていてくれよ」

「……黙っていますとも。少なくとも、我がバルビエリ商会が先んじて候補地を抑えるまでは! 過分な報酬ありがとうございます」

「それなら、その労働力となってくれる人々を一人でも多く逃してくれよ。そうすれば穀物相場も値上がりするぞ」

「まったく殿下には敵いませんな。商人のあしらい方をよくご存知だ」

「それはこちらのセリフだ。一見なんの得にもならなそうなこの件に、大店の主がわざわざ自分で乗り出して来られたのだからな」

「殿下のお声がかりとなればどこへでも、と言いたいところですが、不肖の息子が手元におればあいつに来させたでしょうな」

「すまないな、勝手に使わせてもらっている」

「本当ですか? あいつがフラフラ遊んでいるのではないかと心配していたんですよ。あれの兄からの手紙では、どうやら色街の女に入れ込んでいるようですし」

「 …… あいつの情報源はそんな所だったのか。まあ、一応仕事はしているみたいだし、手段までは問うまい」

「ああ、良かった。そう言って頂けてありがたい。これで安心して娼館の請求書を回せます」

イゾルテは絶句した。ダングヴァルトの話を持ちだしたのはイゾルテの真意を探ろうとしているのかと思ったのだが、実際には物凄く現金な話だった。娼館で女を買うための金を皇女に払わせようとは、何という親子だろうか。

「それが本題か! いいよ、払うよ、とりあえずな! ダングヴァルトめ、今度会ったら問い詰めてやる!」

「いやぁ、殿下が話の分かる方で良かった。私も働き甲斐があります」

「ああ、頼んだぞ。街道上の村々には私も訪ねよう」

「では、殿下はこの地図に描かれた23ヶ村を担当してください。先触れだけは出してありますから、警戒はされないと思います」

「ああ、分かった。ありがとう」



 商人達と別れたイゾルテ達一行は、更に街道を北へと進んだ。

「誰だったんですか?」

「ダングヴァルトの父親だ。手広く交易を行っているバルビエリ商会の主だよ」

「へぇ~、っていうか、ダングヴァルトさんって今殿下の指示で動いてるんですか? 陸軍をクビになったんじゃあありませんでしたっけ?」

「だからだよ。クビになって落ち込んでるところを拾い上げて工作員にしたんだ」

「こうさくいん? 職人さんですか?」

「あー、まあ、職人みたいなものだな。ちょっと特殊だけど」

「じゃあ離宮の研究棟に呼ぶんですか?」

「やめてくれぇ~。歩く迷惑みたいなやつだぞ。バネィティアに置いとくぐらいが丁度いいんだ」

「でも、目が届かないと悪さするんでしょう?」

「……目が届いても悪さをするだろうから、せめて遠くに置いておきたいんだよ」



 やがて彼等は最初の村に到着した。驚いたことに村の周りをびっしりと二重の柵で囲っていて、蟻や猫はともかく馬はとても通れそうになかった。といっても勿論農地まで囲っている訳ではないし、焼き討ちは防ぎようがないので、ひとまず侵入を防ぐだけのことである。それにこの柵を維持することそのものが彼等には大きな負担になっていることだろう。


 車列が止まったので窓から顔を出してみると、先導の騎兵が粗末な門の前で押し問答をしていた。微かに聞こえるのは馬車はダメだとかなんとか、そういうことらしい。

――まあ、これを初めて見たら恐いよなあ。

先駆けもキメイラのことは説明仕切れなかったのだろうから、村人が警戒するのは当然だった。イゾルテは丸兜{ヘルメット}を手に取ろうとして、これも見たら怖いよなぁと思い、面覆い{顔面サンバイザー}を手に取ろうとして、これも見たら警戒するよなぁと思い、リーヴィアからもらった淑女アイテム「日傘」を手にとった。

「ふふふっ、これを使えば私も一人前の淑女だな」

見ればアントニオが目を丸くしていた。

「どうだアントニオ、似合うか?」

アントニオはぶんぶんと力強く首をふった。もちろん横に。

「な、なんだと、私には似合わないというのか!?」

アントニオはぶんぶんと力強く首をふった。もちろん横に。

「服がダメです服が、軍服でヒラヒラの日傘はないですって。ブーツもダメです。凛々しさとか弱さと、どっちをアピール気なんです? ちぐはぐな所はとっても殿下らしいですけど」

イゾルテはアントニオを叩き出すと(胸甲入り)ドレスに着替えた。力強さはキメイラと兵士たちが散々アピールし尽くしているから、彼女自身は淑女を気取るべきだった。


 ドレス姿で日傘をさしたイゾルテがキメイラを降りると、未だに押し問答していた兵士も、武器を持って門の前に集まっていた村人たちも息を呑んだ。

「村の方々を脅かしては申し訳ありません、歩けば良い話ですわ」

「は、はあ、申し訳ありません、殿下」

イゾルテの淑女言葉に兵士が頬をひくつかせた。アントニオには彼の気持ちが良く分かった。彼は別にイゾルテを嫌っている訳でもないし文句を言いたい訳でもない、ただ無性にツッコミを入れたいのだ。

「馬車はここに置いておきます。中に入れて頂けますか?」

彼女が村人に声をかけると、コクコクと頷いて慌てて門を開けた。そして彼等の中から腰の曲がった老人が進み出た。

「ワシがこの村の長老ですじゃ。あなたが、えー、イゾルテ姫、でしたかな?」

「はい、そうです。プレセンティナ帝国、第二皇女イゾルテ・ペトルス・カエサル・パレオロゴスです。イゾルテと呼んでください」

そう言ってにっこりと微笑んだ彼女に、腰の曲がった老人から鼻水を垂らした小僧まで、全ての男が虜になった


――はずなのだけど、イゾルテの退去勧告は当然ながら激昂をもって迎えられた。

「では、村を捨てろとおっしゃるのですか……!?」

「申し訳ありません。ですが、敵は70万という大軍です。全タイトンを挙げてもこれを防ぐことは不可能なのです。ましてこの窮地に兵を挙げると約束してくれたのは、まだ我らプレセンティナとホールイ3国に過ぎません」

「アルテムス王国が滅びてから、我々は自分たちの手でこの村を守ってきた! 他国の兵士なんぞ邪魔なだけだ!」

「申し訳ありません。ですが、我が国だけでなくホールイ3国も受け入れの準備を整えています」

「知った事か! ここはワシらの村だ! ここを離れるときは死ぬ時だ! この気持が余所者に分かるものか!」

「分かります! 我々は何百年もドルクと戦ってきたのです! 私自身も兵や艦隊を率いてドルクと戦ってきました! それもこれも故国を守り、タイトンを守るため!」

イゾルテの叫びに、村人たちは押し黙った。

「ですが、此度ばかりはこの地を守りきれないのです。せめて、せめて、あなた方の命だけでも守らせて下さい。お願いします」

イゾルテは深く頭を下げた。


 村人の輪の中で黙って聞いていた村長が、静かに語りだした。

「姫さん、この国から王が消え役人も消えて五十余年、この者達は王国時代を知りませんのじゃ。突然表れた余所の国の姫さんを、簡単には信じらんのですじゃ。それにこのようなお話、往時を知るワシですらおいそれとは信じられんことですじゃ。

 守ってやると言って年貢を取って行った役人どもは、ワシらを守りはしませんじゃった。偉いはずの王様は町の衆に殺されて、無残に吊るされたそうですじゃ。

 だが姫様は頭を下げなされた。ワシらに頼むとおっしゃられた。守らせて欲しいと頼まれたのは、生まれて初めての事ですわい!」

長老は楽しそうにカッカと笑い出した。イゾルテもにこりと笑ったが、彼女は静かに首を振った。

「いいえ、皆さんも聞いたことがあるはずです。幼き日に、父に、母に、兄に、姉に、そう言われたことがあるはずです」

「…………」

「タイトンは1つの家族。我々は幼いあなた方を守りたいのです」

「ワシらが……幼いと?」

年若いイゾルテの言葉に、年経た農民たちは戸惑った。

「ええ、あなた方は幼子です。この戦いの後に生まれる、アルテムス共和国という幼い国です」

「アルテムス……共和国? ワシらに……国が?」

「ええ。ヘメタル同盟の名の下に、我々が守ります。共和国が建国され、独り立ちする日まで、我々に守らせて下さい」

再び頭を下げたイゾルテの手に、長老が手を差し伸べた。

「頭をお上げ下さい。ワシらは姫様のお言葉に従いますじゃ」

イゾルテは顔を跳ね上げた。

「本当ですか!?」

「綺麗な娘っ子に頼むと言われて、断れる男はこの村にはおらんですじゃ」

「ありがとう、長老さん!」

イゾルテはそういって長老に抱きついた。

「おほっ、これは役得ですじゃ」



 イゾルテの一行が村を去る時、長老は息子を伴に付けてくれた。次の村に口を聞いてくれるというのだ。彼等の決断を聞けば、次の村はよほど説得しやすいだろう。彼女はキメイラの屋根から身を乗り出し、村人たちの姿が見えなくなるまでぶんぶんと大きく腕を振って別れを惜しんでいた。

――僕らの言葉にはすぐに怒るのに、よくあんなにムチャクチャ言われて大人しくしてたよなぁ。

アントニオは会談の間に何度も怒りに駆られたが、それがイゾルテの邪魔になるという事が分かるほどには成長していた。だから顔を強ばらせながらも、ただ彼女の背中を見守っていたのだ。……いつ爆発するのかとハラハラしながら。だがてっきり演技で我慢していのだと思われていたイゾルテだが、梯子から降りて来た時には彼女の目が潤んでいた。そのうえはしたなくもズズっと洟をすすったりもしていた。

――ええぇ? 辛いもの食べた時と足の小指をぶつけた時しか泣かない殿下が、泣いているのか……!?

そんな事は決してないのだが、彼女に虐められて(セクハラされて)いるアントニオの目からはそう見えるのだ。梯子に爪先でもぶつけたのかと、思わず彼は彼女の足を見た。

 彼の不審げな態度に気づいたイゾルテは、照れ隠しに頭を掻きながら言い訳をした。

「国を失って生まれ育った土地まで棄てるのは辛いことだと思うんだ。他国に嫁ぐのとは訳が違うぞ、帰ることはおろか手紙を書くことすら出来ないんだ。それなのに外国人の私に笑って手を振ってくれたんだ、健気じゃないか」

「でも、殿下は彼等を助けに来たんですよ。それに彼等はすぐにここに帰って来れるんでしょう?」

「本当にそう思うか? 70万の敵を、籠城もせずに迎え撃って、それで勝てると本当に思うのか?」

「だって殿下が勝てると見越してるんでしょう? だったら勝てますよ」

「アントニオ……」

無条件で寄せる彼の信頼に、イゾルテは再び涙ぐんだ。

「でも、そう思えるのは確かに僕らだけですね。なるほど、だからあんなに態とらしく媚を売ったのか。さすが殿下、上手いこと騙くらかしましたね!」

「アントニオ……出ていけぇ!」

控えの間にアントニオを叩き出すと、イゾルテは着替えもせずにベッドに入ってふて寝した。



 次の村からもイゾルテは頭を下げ続けたが、次第に増える同行者達が彼女の代わりに熱く訴えてくれた。そのおかげで彼女は再び罵声を浴びることもなく、全ての村を滞り無く説得することが出来た。最後の村で村人たちと22人の同行者たちと別れると、一行はひとまずの目的地であるマイラへと向かった。

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